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7. 語彙の引き出しが違う

 琴音にちょっと信頼してもらえたような気がして、翠は無茶振りはされないだろうと油断していた。

「翠、新年に賭弓(のりゆみ)があるの。ここの宮の代表で出てほしいの」

 油断は禁物であると翠は身をもって知った。

「の、のりゆみ?なんですか、それ」

「簡単に言うと、弓の腕試しよ。褒美もあるわ」

 琴音は決定事項かのように話している。翠はなんとか断ろうと思考を巡らしていた。

「私には荷が重いですよ」

「翠なら大丈夫よ」

 ヒェッ、信頼があるからこその無茶振りだ!と気づくと、翠は何となく断りづらくなってきた。

「教える人を手配しておいたわ。新年まで半年以上あるから、なんとかなさいね。私の体面がかかってるからみっともない成績はダメよ」

「はい……」

 というわけで、翠は弓の練習をすることになった。弓の練習をするのはいい、弓は養成所で初めて触ったが、なかなか面白いものだと翠は感じていた。まず、琴や三味線のように一人でも練習できるところがいい。的と自分しかいないような静かなところも気に入っている。賭弓とやらもやるしかないなと翠は腹を決めた。

 そういえば、教える人って誰に頼んだんだろう、養成所の鬼教官だったらやだなぁと思いながら、指定された道場に行った。鬼教官は典型的な熱血タイプで翠とは相性が悪かったのだ。

 言われた通りの弓道場に行くと、そこにはあの紫苑がいた。彼に会うのは琴音様の宮から追い払った以来であるため、少し気まずいなぁと翠は思った。

「翠と申します。ご指導のほどよろしくお願いいたします!!!」

 とりあえず、翠はこの前のことは勝手に水に流して明るく元気に挨拶した。仕切り直しだ。新しい出会いをここから始めればいい。初めて会った時、紫苑に騒がしいぞと言われたことも忘れてやろう。

「あ、ああ……、よろしく」

 紫苑は翠の勢いに気圧されているようだった。そして、ゴホンと一つ咳をして、紫苑は話を始めた。

「紫苑だ。琴音様から君を指導するよう頼まれた」

 念の為自己紹介から始めるのか、律儀な人だなと翠は少し驚いた。この王宮内であなたのことを知らない人はツチノコレベルですよと翠は思った。

「君は、弓はあまり芳しくないようだな」

「はぁ、まあ……」

 養成所の成績を見たのか……。まあ、いいや、準備の良いことだ。しかし、ちょっと弓の指導するだけでここまでちゃんとしているとは……、私だったら絶好のサボりタイムにしちゃうかもなと紫苑の生真面目さに感嘆した。

「道具は持っているのか?」

「かけはありますが……」

「矢は?」

 かけと矢は養成所で各自配られていた。だから、紫苑はその矢はどうした?と言いたいのだろう。

「その、ボロボロになってしまって」

「……そうか。ここにある矢は好きに使って構わない」

 紫苑はたかが三ヶ月で使い物にならなくなるわけがないだろうと眉を顰めたが、無いものは仕方なしとスルーした。そうだ、無いものは無いんだと翠はどうにもならないことで問い詰められなかったため、ホッとした。

「……私が教えるんだ、真面目にやるように」

「はい!」

 翠は元気よく返事した。とっても真面目に見えるように、そして、明るくやる気に満ち溢れているようにだ。しかし、残念なことに翠の見た目は真面目さややる気を訴えることには適していない。どう頑張っても不真面目そう、わざとっぽい印象を受ける。こういう時には損な顔である。

「少しやってみてくれ」

 翠はかけを右手につけ、自分の体に合った弓と矢を選んだ。高そうな弓と矢だなと少し仰々しい気持ちになった。翠は的前に立ち、足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、残心とスムーズに弓を引いた。ひと月ぶりにやったわりにはいい感触だった。

「……予想よりは上手いな。だが、独学でやっていただろう?」

「ええ、まぁ……」

 その通りだと翠は紫苑の慧眼さにドキッとした。

「癖が多すぎる」

 紫苑はため息混じりに言った。翠には呆れているように見えた。

「これから、毎日一時間はここに通うように。私は週に一度は必ず見に行く。いいな?」

「はい!よろしくお願いいたします」

 翠は頼まれたとは言え、紫苑がひじょ~に面倒見がよく、とっても真面目な人間だと感じた。ただ、堅物紫苑には指輪関連の探りを入れる隙もない。この点においてはがっかりだと翠は思った。

「もう一度やって見てくれ」

「はい」

「重心が左手に寄っている」

 左手の方に意識を回しすぎたらしいと翠は右手の方に注意を向けた。

「やりすぎだ。右手の方に体が寄った。何事も中庸だ」

「ちゅうよー……」

 わからない単語だ、あとで誰かに聞くかと翠は脳内メモに書き留めた。

「……過不足なく、調和がとれていることだ」

 わかりやすく説明してくれるとはありがたい。頼まれたことはきちんとやり、面倒見もいい。いいやつではないか、正直顔だけだと思っていたよと翠は紫苑に対してそこそこ失礼なことを思った。みんなの偶像(アイドル)も伊達ではない。身分、顔、能力だけではなく性格までいいとはすばらしいと心中で拍手喝采をしていた。

 翠は紫苑のことをまっさらで綺麗な男だという印象を受けた。




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