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6. 心の壁は徐々に壊れるもの

 鳥に餌をやって、花に水をやって、琴音のちょい無茶な命令を聞いて、空いた時間に梅家のことを聞くというような日々を翠は過ごしていた。

 梅家についてわかったことは琴、三味線、踊りなど芸事に長けている家柄で、野心的な人は少ないことくらいだ。これはみんな梅家について聞くと、紫苑様は~という話しかしないため、集まりがびみょ~なのだ。おかげで紫苑情報は、梅家当主の次男坊、二十三歳、身長百八十五センチ、文武両道、兄が出家、文官のエリート、国王に重宝されている、モテモテなどかなり集まった。ちなみに、出家した長男については、二十九歳、十年程前に戦争から帰ってきたら出家、現在は各地を放浪中、兄弟仲は良好とのことらしい。佐知子が翠のいた街に来たのは七、八年前であるから、唯一の人と離れた時期はおよそ十年前。紫苑が十三歳、長男が十九歳くらいのころである。現在の情報では紫苑もなくはないが、長男の方が可能性は高い。また、梅家当主や琴音の父親もない話ではないし、全く違う人かもしれない。梅家の紋が入った指輪を持っている人を限定したいが、あまり知られていない話なのか、指輪のゆの字も聞きだせない。だからといって、琴音に探りを入れるのはちょっと難しそうなんだよなぁと翠はこれからどうしようかとぼーっと雑草抜きをしながら考えた。

「翠、紫苑様がおいでになったわ」

 すると、利子が後ろから翠に話しかけてきた。

「はぁ、お茶でも用意しますか?」

 聞き込みをしてわかったことだが、紫苑はみんなの憧れの的の一人らしい。身分も高くて何でもできて顔もいい。そら、偶像(アイドル)にもなるわなと翠は思った。

「……琴音様は追い返せとおっしゃってるわ。お願いね」

 門のところにいらっしゃるからと利子はやりたくない仕事を翠に押し付けた。さては利子も紫苑親衛隊の一人だなと翠は勘ぐった。

 雑草抜きという名のサボりタイムを引き上げて、翠は宮の門にいる紫苑のところに向かった。

「新入りか?」

「はい。ひと月ほど前、ここに配属されました」

「ひと月か……」

 紫苑はしげしげと翠を見た。ひと月も持つなんて珍しいじゃん?ってことかなと翠は感じた。

「琴音様にお目通し願いたい」

「申し訳ありませんが、ご気分が悪いそうで、お会いするのは難しいそうです」

 嘘ではない、機嫌が悪いのも気分が悪いうちだと翠はいけしゃあしゃあとした。

「今日はお元気だと伺った」

「そうですか。ですが、今はご気分が優れないようです」

 事前確認済みとは生真面目なことだが、こちらも仕事なんだ、帰ってくれと翠はつれない様子である。

「いつものように仮病で、だろう?」

「……いつも?」

「ああ」

 ははーん、琴音様は毎回会いたくないと駄々を捏ねているが、憧れの君、紫苑に押されてみんな宮に入れちゃっているのかと翠は合点がいった。

「入れてくれ」

 じとっと、紫苑は翠を見つめた。どのような人間でもつい言うことを聞いてしまいたくなる。冷たさと艶やかさを内包した、君の瞳は10000ボルト。

「申し訳ありません。お引き取りを……」

 なるほど顔圧勝負かと思った翠は負けじとにこっと愛想笑いをした。胡散臭さと底知れない怪しさを内包した、こちらの瞳も10000ボルト。お互い地元じゃ負け知らずの顔圧。二人ともこの顔で他人に言うことを聞かせていたのだ。どちらも一歩も引かず、見つめ合ったままそこそこの静寂が流れた。しかし、このままでは埒開かないと先に動いたのは紫苑であった。

「……琴音様のお父君から様子を見に行くよう言われているのだ。君はそれを断るというのか?」

 癪にさわる言い方だなと翠は思った。琴音の父親が偉いから命令を聞けと言っているのか、親が心配しているんだと情に訴えているのか、どちらかはわからないが、どっちにしてもなんかムカつくなーと翠は感じた。あと、そもそも履き違えてないか?紫苑が相手しているのは、ただの翠ではない、琴音様の言伝を預かってきた翠さんだぞと虎の威を借る狐となった。

「この宮の主人で陛下の妃であられる琴音様はあなたにお会いしたくないそうですよ」

 翠はさっきまで浮かべていた笑顔を引っ込めた。真面目で締まりのある顔するとそこそこ怖いと評判付きの表情をした。

「琴音様よりも優先される方は結構限られますよ、ね」

 親とはいえ臣下が国王の妃の一人よりも偉いのか?と翠は暗に問うた。それに気づいた紫苑はむっと眉間に皺を寄せ、気まずい顔した。

「ご理解いただけたようで何よりです。今日はお引き取りください」

「……わかった」

 ウェーイ勝った~とちょけたい気持ちを抑えて、翠は笑顔で紫苑の背中を見送った。そして、一応報告しとくかと思い、翠は琴音の元に行った。

「琴音様」

「なぁに?」

 琴音はいつにも増して機嫌が悪そうだ。そんなに紫苑が嫌なのかなと翠は思った。

「紫苑様にはお帰りいただきましたよ」

「ほんと……?」

「ええ、清めの塩でも撒きましょうか」

「よ、余計なことしないで」

 琴音は少しはにかんで翠の方を見た。

「あなた、紫苑目当てじゃないのね……」

「……ご満足いただけたようで何よりです」

 たしかに周り全員紫苑様優先は嫌だろうなと思ったが、琴音がなぜそんなにも嬉しそうなのか、翠にはいまいちわからなかった。それでも、まあ笑っているからいいやと翠は受け流した。

 それから、琴音の翠に対する分厚い壁がなくなったような気がした。


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