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14. 一人で行くな、二人でお行き

「やあ」

 翠は椅子に座らされ、後ろ手で縛られている男に気安く話しかけた。

「まさか他の師団と連携しているとは……。思いもよりませんでしたよ」

 茶髪の男、蒼真はやられたなーと白々しい笑みを浮かべている。

「あなたの大事な人は治療を受けてるよ」

 翠は蒼真の演技には付き合わず、用件を伝えた。

「……何のことでしょうか」

 蒼真は眉をやや寄せて笑みを張り付けた。

「貴族の女好きには困ったもの?」

「…………っ」

 蒼真は言葉を詰まらせた。蒼真と直美の様子を見て、きっと二人はある程度の仲だった、しかし、戦争と貴族の横暴で引き裂かれたと翠は雑な予想を立てていた。何と翠の予想は蒼真の様子を見るに大筋は外していないようだ。

「まあ、あまり深掘りはしないよ」

 いいことなさそうだしと翠はあっけらかんと笑った。

「もう全てお分かりのようですね」

「いや、そんなマルっとお見通しはしてないさ」

 全てわかる万能人間ではないんだよと翠は片眉を上げた。多分、直美はあのナンタラという貴族に好きなよーにされて、いらなくなったから捨てられたんだろうくらいしかわからない。

「手荒な真似して申し訳ありませんでした」

「いいってことよ」

「何されたんですか?聞いてませんよ」

 翠の横にいた森之助がヒョイっと顔を出した。

「そんな手荒な真似されてないからね」

 翠は素知らぬ顔をした。

「具体的に何したんですか?」

 森之助は埒が開かないと蒼真に訊ねた。

「睡眠薬と質の悪い阿片を打ちました」

「後で、念の為医者行ってください」

 森之助はため息まじりに言った。

「もう医者はやってないよ」

 夜明け前だよと翠はふざけた。

「王宮の医者はずっと空いてますよ」

 彼らは年中無休、二十四時間戦っているのだ。交代制ではあると思うが、ブラックではないか?と翠は心配である。

「行きたくないなぁー」

「連行しますからね」

 あーあ、やだやだと言いながら、翠はその場にしゃがんだ。そして、蒼真に目線を合わせた。

「蒼真さん、一つ聞きたいことがあるんだよ」

「何でしょう」

「なぜ、私をあそこに連れて行ったの?」

 あそことはすなわち直美がいた倉庫、今はもう亡き倉庫のことだ。無惨に爆破されてしまった。

「何とかな~れと思いまして」

 蒼真はチャンスだと思ったのだ。戦争から帰ると、大事な人は貴族に犯され、雇い主の商人はそいつと手を組んでやがる。手の打ちようがない、歯痒く思っているところに翠が現れたのだった。第七師団は団長をはじめとして戦場で馬鹿みたいに強かった。あの人たちなら何とかしてくれると思った。全部ブッ壊してくれると願った。

「ははは、そう。何とかなった?」

「それはもう上々に」

 蒼真は片方の口角を上げて、ニヤリと笑った。

「そりゃ、よかった」

 翠も蒼真と同じような笑みを浮かべた。

「私も一つお聞きしても?」

 蒼真はふっと真剣な顔になった。

「ん?」

 翠は何?と安請け合いした。

「……あの人は治りますか?」

「さあ?」

 翠はにやにやと肩をすくめた。

「本人の気持ち次第もある。支えてくれる人がいれば変わるかもしれない」

 ふざけた調子の翠に森之助がフォローを入れた。

「……俺では支えになれない」

 蒼真は下を向いた。髪に隠れて表情は窺えない。

「言い切るね」

 翠は立って蒼真を見下ろした。

「いつまで経っても俺は弟分。大変な時に傍に居られなかった」

 


 ある日、蒼真は戦争に行ってくれないかと三後屋当主直々に頼まれた。戦場で人手不足らしく、三後屋も人を出さなければならなくなったらしい。それならばと蒼真は戦争に行く話を受けることにした。断れば他の人が行くことになるかもしれない。それは良心が咎めると思ったのだ。蒼真は元来、単純で純粋な一面が色濃かった。蒼真は戦争に行くことを決心すると、年上の幼馴染・直美の元に向かった。

「そうなの」

 戦争に行くかもしれないと伝えると、直美は心配そうに眉を寄せた。

「生きて帰ってきてね」

 当たり前だと馬鹿みたいに大きな声で蒼真は言った。そして、直美さんが好きなんだと蒼真は子供のような口調で伝えた。

「生きて帰ったら聞くわ」

 直美は蒼真をギュッと抱き締め、頭を撫でた。相変わらず子供扱いしているなと蒼真は不服に思った。そして、生きて帰ってきたら、もっとかっこよく言おうと決心した。

「いってらっしゃい」

 戦争へと出立する日、直美は笑って蒼真を送り出した。蒼真を励ますように笑っていた。だから、蒼真もいってきますと笑顔で出発した。絶対に生きて帰ると誓いながら。

 誓い通り、蒼真は戦争から生きて帰った。直美の家に向かうと彼女はそこにいなかった。何かあったのかと思い探すと、ひどい真実に行き当たった。聞くところによると、隆利が邪魔だった蒼真を戦争に行かせてすぐのこと、貴族の葛家の当主に直美は手籠にされたらしい。そして、病気に罹った直美は捨てられた。

 蒼真は必死の思いで直美の元に向かうと、直美はひどく傷ついていた。麻薬の影響もあってか、蒼真のことをわからなくなっていた。自分を通して傷つけた男を見出して怯えていた。あれは、堪えた。

 それから、蒼真は三後屋で働き続け、その給料を元に人を寄越して直美の世話をさせていた。自分で面倒を見る勇気はなかった。蒼真の瞼の裏には怯える直美の姿が焼きついていた。その情景を擦り切れるほど思い返し、その度に、俺では力になれないと無力感に打ちひしがれていた。



「今は大変な時じゃないの?」

 翠は何も考えていなさそうなのっぺりとした顔で物思いに耽っている蒼真を見た。

「……負い目に逃げて、為すべきことを為さない愚か者は一生後悔するよ」

「でも……」

 自分のことがわからなくなっているのは嫌だ。怯えられるのは嫌だ。蒼真は助けを乞うように翠を見上げた。

「森さん、連れて行って」

「はい」

 森之助は蒼真の縄を解いて、立ち上がらせた。翠はもういいかと思って部屋を出ようと背中を向けた。

「俺にどうしろって言うんですか?」

 蒼真は翠の背に向かって声を絞り出した。あの人に何と言えばいいかわからない。どんな顔をして会えばいいのかわからない。蒼真は暴れ出したかったが、森之助がすごい力で蒼真の動きを封じていた。

「自分で考えるといい。いいや……、二人で考えなよ」

 翠は振り向かずに背中で答えた。

 

 

 蒼真は問答無用で直美のいる部屋に連れて行かれた。彼女は寝台の上に横になっていた。どうしていいかわからず、入り口で足踏みしている蒼真に気がつくと、直美の顔がパッと明るくなった。

「直美、さん」

 蒼真は自分に気付いてくれたのかもしれないと思い、彼女の名を呼んだ。願うように、祈るように、縋るように、切実な声だった。

「おかえり」

 直美はあの時、蒼真が戦争に出立した日と同じように笑った。蒼真を励ますように、隣に寄り添うように。あの頃と変わらない笑みだった。

「……ただいま」

 蒼真の声は情けなく震えていた。そして、蒼真は直美に駆け寄った。

「生きて帰ってきたよ。だから、聞いてくれる?」

 蒼真は縋り付くように直美をかき抱いた。

「…………待ってた」

 直美は逡巡しながら、蒼真の目元を拭うと、観念するように言った。蒼真に会いたいのか、待っていたのか、直美にはわからなかった。だが、蒼真の顔を見れば決まりきったように答えは出ていた。

「あなたが好きです。大好き」

 単純で純粋な言葉。だが、それしか言いようがない。蒼真は直美を包み込むように告白した。

「善良で綺麗な子。……私の方が好きよ」

 直美は蒼真の頭を包み込むように抱き締めた。

 窓の隙間から僅かながらに朝日が差し込み、二人を照らしていた。








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