表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/69

12. 引き際が肝心

 翠はガバッと跳ね上げるようにして身体を起こした。最悪の目覚めである。嫌な夢を見たと翠は額の汗を拭ろうとした。しかし、後ろ手に縛られているようで、目的は果たせなかった。そこで、我に帰り、少し冷静になった翠はとりあえず状況整理をしようと鈍い頭を切り替えた。

 蒼真に第七師団の参謀だと見破られて、何か注入されて、気を失って、嫌な夢を見て、目覚める←イマココと順に記憶を辿った。身体の状態から、それほど時間は経過していないように思える。何よりだ。また、服はさほど変わっていない。頭の布や眼帯は外されているが、特に弄くり回されていないようだ。不幸中の幸いといえよう。体調は万全とはいえないが、身体はまだ動くと翠は手を握ったり、開いたりという動作を繰り返した。

「で、ここはどこだ……」

 頭の整理が落ち着いた翠は改めて辺りを見回した。鉄格子に囲まれた檻の中に閉じ込められている。

「ゆめのなか」

 お隣さんの檻から女の声が聞こえた。どうやら、お仲間がいたようだ。声のする方を見ると、女が身体をだらんと床に伏していた。あちらは縄などで拘束はされていないようだ。無造作に伸びた髪、何も映っていない瞳、青白く細い手、浮き上がった鎖骨、棒切れのような足。たしかに、何も縛らずとも逃走の心配はなさそうだ。

「そうなんだ」

 とりあえず、翠は何か知っていることはないか探ってみようと思った。わからないことは先達に聞くのが基本である。

「ふ・ふ・ふ・ふ」

 女は無意味な笑い声を上げている。

「お名前は?」

 それでも、何か問えば反応はあるだろうと翠はにこやかに女に向かって笑いかけた。

直美(なおみ)でございます。どうぞお見知りおきを」

 女、直美は身体をスッと起こして、座礼した。幾度も繰り返した動作のようで手慣れていた。

「直美さん、よろしく。私は翠」

 彼女は会話は何とかしてくれるようだ。よかったと翠は安心した。そして、手始めに蒼真のことを聞いてみることにした。ナンタラとゆー商人や貴族の情報を集めるべきなのかもしれないが、翠はてんで彼らに興味がないのだ。

「蒼真さんってご存知?」

「……しらない」

 これは知ってる奴だ!尋問で見た!と翠にはピンときた。直美はあからさまに目を逸らし、しまいには首を翠のいない方に傾けた。尋問でこの類のことをやる人間は大抵隠し事があるんだと翠はなぜか満足そうに頷いた。

「綺麗な人だったね」

 気を取り直して、翠は話を続けた。

「しらない」

 直美は再び身体を横にした。そして、そのまま意地を張ったように身動きをしなくなった。

「元気そうだったけど、ちょっと疲れているように見えたなぁ」

「しらない」

 固い声でしらないと直美は繰り返した。

「戦争に参加したって言ってたから当然か」

「しらない」

 ずっと同じ調子で返してくる相手に翠はめげずに会話を続けた。会話というより、一人遊び、壁打ちに近い形ではあった。

「あなたと少し似ているね」

「……似てない」

 直美はしらない以外の言葉を発した。たしかに似ているという感想は嘘であった。翠から見ても、直美と蒼真は目が二つ、口が一つ、耳が二つなところくらいしか共通点はないように感じた。

「あの子はもっと綺麗」

「……そう?」

「そう」

 直美は項垂れるように深く頷いた。

「蒼真さんとお知り合い?」

「………………」

 そして、直美は口も目も閉じて黙りこくった。答えてくれないモードに入ったかなと翠は一旦会話を諦めた。こーゆーのは引き際が大事なのだ。しつこいと嫌われる。

 彼女から得られた情報は、どうやら直美と蒼真は知り合いらしいということだ。直美は蒼真のことをあの子と指していたから、旧知の仲なのかもしれないと翠は思った。また、もっと綺麗という言葉には何やら冷めやらぬ熱が篭っている気がした。翠の母が父を思うように、佐知子が琴音を語るように、恍惚としていた。全くもってゾッとする、一種の悍ましさがあると翠は感じた。

 だが、これ以上考えても邪推の域になろう、あと失礼にもなりそうだと翠は違うことを考え出した。目下の課題はもちろん、どうやって、この檻から出るかということだ。翠は檻の扉につけられた錠前を観察した。あの程度ならば何とかなりそうだとチャチャッと算段がつくと、翠は袖口に隠していた薄い刃で手首の縄を切った。次に、靴に隠していた金具を取り出して、檻の鍵を開けた。準備した甲斐があったと翠は妙な用意周到さをみせた。

 ついでに、お隣さんの檻も開けることにした。直美は目を瞑っているうちに眠ってしまっていた。翠は彼女を起こさないように優しく抱えて、歩き始めた。ざっと見たところ、特に大きな外傷はない。どれくらい閉じ込められていたのかはしらないが、こんなところにいる割にはそこまで痩せ細っているわけでもなし、汚れ切っているわけでもなし。恐らく、誰かがここに人を寄越して、最低限は彼女の世話をしているのだろう。だが、細かいところまで見ると、直美の爪はボロボロで荒れ様が酷く、また、手のひらには鮮やかな発疹があった。

「よし、頑張ろう」

 翠は安全・安心に脱出しようと珍しく気を引き締めた。



 翠が脱走している最中、計画通り、紫苑は魅惑の未亡人姿で、葛家の催しに参加していた。

「オホホホ」

 紫苑こと嘉那子は少し緊張した面持ちも解れながら心底楽しんでいるという様子だ。葛家のもてなしや主人の弓削の心遣いに裏がなく、下心の有無も微塵も疑っていない、世間知らずの無垢な未亡人。そんな外面で紫苑は保名や千草達が来るまでテキトーに調子を合わせていた。正直、弓削の視線が気持ち悪いので、早く来てほしいと紫苑はげんなりしていた。

「そういえば、嘉那子さん。珍しい楽器が手に入ったのです。試しに弾いてみませんか?」

「あら……、素敵ですこと!」

 このタイミングで珍しい楽器が弾ける翠が登場すると予想していた紫苑は何かあったのか?と疑問に感じた。

「別室にあるのです。ついてきていただけますかな?」

「ええ、もちろん」

 違う部屋にいるのかと紫苑は様子を見に行こうと立ち上がろうとした。すると、微かだが、外で何やらワイワイ声が聞こえた。お酒を少し飲み過ぎたようですわと紫苑は時間稼ぎをしながら、外の様子を注意して聞いた。声の主からして、どうやら、千草達が来たようだ。ちなみに、紫苑はザルなので滅多に酔わない。

「葛家当主弓削殿、調査にご協力いただく」

 葛家の使用人の制止を振り切って、千草と保名が率いる兵が突入した。

「な、なに……貴様!私を誰だと思うている!」

「ご同行願います」

 などと、よくある流れをくどくどやりながら、葛家当主・弓削達は捕えられた。往生際の悪さは凄まじいものがあった。葛家に楯突くな!と偉ぶったかと思えば、相手が千草や保名とわかると、金ならある!と叫んでいた。

 葛家の屋敷を捜索すると、かなりの量の麻薬が発見された。恐らく、紫苑こと魅惑の未亡人を薬漬け、もしくはキメセクでもする気だったのだろう。これは後々の調べで判明したことだが、葛家当主・弓削はそうやって女で遊び、食い漁っていた。興味のある女を手当たり次第引っ掛けて、不用になればポイっ。そのサイクルを繰り返していたのだ。最悪の所業である。

「保名」

 紫苑は気になることがあったため、ひと段落ついた様子の保名に声を掛けた。

「見目麗しいな、紫苑よ」

 にこっと保名は緊迫感のない笑みを浮かべた。

「翠はいたか?」

「俺も聞こうと思っていた。ここにはいないようだぞ」

 千草やあざみ達から、翠はこの催しのために三後屋の人間に連れていかれたと聞いていた。しかし、翠はこの屋敷にはいない。

「どこへ……?」

 一体どういうことか。紫苑の背筋に冷や汗が伝った。最悪の状況が次から次へと頭を駆け巡った。翠は色んな意味で強いと解っていても、紫苑は心配をやめることはできなかった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ