11. まなこなまこまななまこ
翠は馬車に連れ込まれると、先程の男に前から匕首を首筋に当てられた。翠は何だと訝し気にひょいっと片眉を上げた。
「あなた、第七師団の方ですよね」
男はやけに確信を持った言い方をした。
「違います」
嘘が反射的に翠の口から出た。そして、曇りなき眼で相手を見つめた。
「私、戦争に参加していたんですよ。……参謀殿」
どうやら完全にとちったらしい。全てお見通しかと翠は降参気味に目を閉じた。彼は第七師団に所属していた人間か。いや、それならば、森之助や千草達が情報を掴んでいるはずだ。それに、戦争に参加という言い方から、第七師団にいたというわけではなさそうだ。では、第七師団と共に戦った第三師団にいたのか。それでも、同様に森之助達が何か知っているに違いない。一番考えられるのは、有志とは名ばかり、ほぼ徴兵されてきた即席の部隊にいたのかもしれない。何にせよ、翠の姿を戦場で目にしたとあれば、彼はきっと前線付近にいたのだろう。
「まさか、第七師団が我々を調査しているとは思いませんでした」
「……王命が下ったんでね」
彼の様子から、恐らく、他の師団との協力は露見していないようだ。第一、第五、第六、第七師団が足並み揃えて協力しているとは夢にも思わないだろう。私も思わないな、過剰戦力にも程があると翠はひとまず落ち着いた。
「あなたの名前を伺ってもいいかな?」
「蒼真と申します」
男は笑みを張り付けて名乗った。蒼真、聞き覚えのない名前である。直接の知り合いではなさそうだと翠は記憶の引き出しを探った。
「そう、蒼真さん。よろしく」
「緊張感がありませんね。状況はおわかりで?」
「もちろん、わかっているとも」
翠は危機感も無さそうに肩をすくめた。やたらめったら怯えても体力や気力の無駄遣い、そんなことをするくらいならば、素数でも数えて落ち着こう派である。実際には、翠は素数を数えることはなく、状況分析に勤しんでいる。だから、状況は誰よりもおわかりである。
「それで?私をどうする?」
「売ります」
人身売買かぁと翠は嫌な気持ちになった。人身売買に対して不快感を抱く善性が翠にはあった。
「ちなみにどこへ?」
「ラビアーンにいい客がいるんですよ」
「あそこは暑いらしいから嫌だな」
翠は暑さが苦手であった。
「では、シャーロの方にいたしましょうか?」
「寒いのも嫌だよ」
翠は寒さも得意ではなかった。
「にしても、私はあまり購買意欲がそそる商品ではない気がするんだが」
輝く美貌もなし、戦争帰りのそこそこに傷のある身体、極め付けに目が死んでるんだぞ!と翠は胸を張った。
「黒狼と嘘でも言えば、結構売れると思いますよ。強い女を屈服させる喜びは古今東西ですから」
「くっころねぇ、趣味じゃないや」
ふざけたことを言いながら、翠は首に当てられている匕首を改めて見た。あまり使い込まれていないが、よく研がれている。いつでも使えるようにしていたのだろう。準備のいい奴だ。そして、それほど高い代物ではない。着ている服もそうだ。彼に金がないというわけではないはず。三後屋は阿片のことを抜いても、それなりに儲けている。人間の第一印象は見た目であり、いい服を着ていれば、商売において好印象を抱かれるだろう。それにもかかわらず、なぜ、蒼真は質素な格好をしているのだろうか。隆平についてきただけだからか?いや、隆平はいいとこのボンボン丸出しな格好をしていた。お付きの者にもそれなりの格好をさせてもよいだろう。
翠は蒼真に対してちょっとした興味が芽生え始めた。訳ありだなというにおいを嗅ぎ付けたのだ。
これまでの断片的な情報をまとめると、一つ、翠を戦場で見たということ。このことから、恐らく、蒼真は前線にいた可能性が高い。商人の関係者は金を使って戦争に参加しないか、安全圏にいることが多かった。要は忖度である。危険な前線にいた可能性があるのであれば、何か事情がありそうだと翠は勘繰った。
二つ、蒼真の身なりが質素すぎること。商人の服装は羽振りの良さに連動している。あまり派手すぎるのもよろしくないかもしれないが、従者らしき人にみすぼらしいに片足突っ込んだ格好をさせているのは、印象が最悪である。
三後屋が蒼真に金を使わない理由があるのか。はたまた、彼を前線付近に行かせた事情があるのかもしれない。うん、興味があると翠は心の中で頷いた。
首に刃を向けられ、片方の目を眼帯で覆っているとはいえ、蒼真をボコって、逃げ切れる自信が翠にはあった。蒼真が隙だらけというわけではないが、翠の方が一枚上手なのだ。だが、それでは面白くない。どこぞに売られるのであれば、まだ猶予はある。このまま様子を見てみよう。翠は初めてこの捜査に乗り気になった。
「一応、第七師団の参謀なんだが、そこそこの地位の人間を売っても、問題にならないと思っているのかな?」
翠は蒼真との話を続けようと試みた。
「……所詮、平民でしょう。あの方がもみ消してくれますよ」
蒼真は嫌味ったらしく吐き捨てた。あの方はあれか、ナンチャラ家のナンタラっつーお貴族さんねと翠は把握した。ナンチャラとは、つまり、葛家当主・弓削のことである。翠は不要な情報は記憶の引き出しの奥にしまっているため、ちゃんと探さないとすぐには出てこないのだ。
「それもそーだね」
翠はテキトーに同調した。そして、どうやら彼は貴族に対して腹に一物あるらしい。特権階級に理由もなく、恨みを向ける一般人はありふれているため、不思議なことではない。しかし、何かあったのだなと翠は直感した。
「そういえば、私を戦場で見たなら、うちの団長も見た?」
「ええ」
「蒼真さんの目にはどう映った?」
「そうですねぇ……」
蒼真は少し考え込んでから、口を開いた。
「まさしく軍神という印象を受けました。どうしても目が惹きつけられてしまう抗いがたい魅力がありました」
団長と一度でも戦場で共に戦った人間は大抵蒼真と同様のことを話す。神様みたいに人を惹きつける力があって、共に戦えてよかった、一生の誇りだ口を揃えて言うのだ。また、あの方のために死ねるなら本望という人間も数知れずいた。
「わかるー」
微塵も共感していない様子がよくわかる棒読み加減で翠は言った。
「団長殿は温泉に滞在なさっているそうですね」
「そーなのよ、おかげで仕事がこっちに回ってくるってわけ。やんなっちゃうね。……蒼真さんは温泉とか行かないの?」
「……行く暇なんてありませんよ」
どうやら蒼真はお忙しい人のようだ。翠は三後屋は彼を優秀な人材として重宝しているのだろうと感じた。彼の身なりや様子から、報酬は金ではないのかもしれない。何か弱みでも握られているのか?と翠は予想した。
「蒼真さんは温泉行くなら一人派?」
翠は無駄話から情報を絞り出そうとした。
「……暴れられても困るので、正気でいられる程度に打ちますね」
世間話はもう終わりと告げように、慣れた手つきでブスッと翠の腕に何かを注入した。片手でやるとは結構なお手前である。
「……ほぼ事後報告じゃないか」
「暴れられても困るので」
大事なことなので二回繰り返しましたと言わんばかりに、蒼真は警戒心に満ちた笑顔を浮かべている。もしかしたら、温泉は一人で行く派?は聞いてほしくない質問だったのかもしれない。
「ははは、そうだね」
何を身体に入れられたかわからないが、これはあまりいい気分のものじゃないなと翠はげんなりした。
「変なことしたら、足しますからね」
「……ご忠告の程どうも」
そして、翠の思考は暗闇に包まれた。




