10. 統一性のある変装を目指しましょう
翠はある程度自分の支度ができたため、千草に踊りを教わっているあざみの様子を見に行くことにした。面白いもの見たさである。
「やあ、どう?調子は?」
「何とかなりそうですよ」
千草は腕を組んでおすまし顔で立っている。
「先生の、おかげです……」
あざみはかなり疲れているようで、膝に手をつき、肩を上下させている。千草先生はかなりのスパルタらしい。この一週間程で、あざみの踊りを急ピッチで仕上げているのだから、厳しくもなるかと、翠は他人事のように考えた。
「その格好でいくのか?」
息がやや落ち着いてきたあざみは翠の格好をしげしげ眺めた。
「ダメ?」
翠は首を傾げた。いつもとあまり変わり映えのしない黒い格好をしている。具体的には、風和国とシャーロの国境にある北方民族を想起させる服の紋様、頭にはラビアーン風のターバンになぜか花柄の眼帯。というように、ちぐはぐとした印象を受ける。似合っているというわけではないが、似合っていないわけでもない。何ともビミョーなラインである。
「……もう少し明るい服の方がいいのではないか?」
服のセンスに自信がないあざみはとりあえず色について指摘した。ぱっと見、普段と大した差がない気がするとあざみは眉を寄せ、悩まし気に額に手を置いた。
「華やかさは踊り子さんに任せるよ。あざみさんはもう決めた?」
翠はサッと話を逸らした。黒い服の方がしっくりくるんだよなー、それに、今から着替えるのは面倒だ!と思っているため、服変えたら?的なアドバイスは耳に入れたくなかった。
「私がお選びしたものでよければ……」
千草は準備万端のようで、どこからか派手な服をすすっと出した。そして、鮮やかな黄色の裳に、花柄の赤い帯、ひらひらした裾、牡丹の簪、大ぶりな耳飾りなどを並べた。
「へぇ、よさげじゃん」
翠は訳知り顔で頷いた。
「そうでしょうとも」
千草は自信満々に頷いた。
「ところで、あなたは何を持っていくのですか?」
「いろいろ。三味線に三線、二胡、馬頭琴、ダニェン、トンコリなどなど以下略」
翠は楽器の名前を列記した。これらはちょっと仲のいい商人 (善寄り) に頼んで、用立てしてもらったのだ。もちろん、色をつけて礼をした。もちろん、経費である。
「……色々弾けるんですね」
千草は意外そうに眼鏡の奥の瞳を丸くした。
「教えてもらったんだ。近所にいたおねーさんとか、戦場にいたおにーさんにね」
「戦場で楽器を弾いてる余裕があったのか」
あざみは用意された服を身につけながら、話に参加した。
「まっ、ずっと戦いっぱなしってわけじゃない。隙間時間はあったよ」
「……時間ではない。心だ」
「何か弾いてると落ち着くんだ。だから、気晴らしになったよ、私はね……」
翠は色々な楽器を教えてくれた男を思い出した。戦場で呆気なく死んでしまった気のいい奴。故郷でも思い出していたのか、……月明かりが好きな男だった。
「私も何か弾けるようになりたいものだ」
あざみはそれなりに好奇心旺盛な性質のようだ。そして、どのようなことでも貪欲に習得したい熱意がある。翠にはない熱意だ。
「生憎、おねーさんとおにーさんは死んじゃったんだ。良ければ私が教えようか?」
にこにこと翠はあざみに笑いかけた。
「……いや、結構。あなたのことはどうも苦手だ」
うんこを投げられたことに起因する苦手が尾を引いているようだ。
「ははは、気が向いたら声掛けてね」
これには翠も笑うしかなかった。流石に悪かったかなと翠はやっと思い始めた。
「じゃあ、私はテキトーに弾いてるから、あざみさんもテキトーに踊ってね」
楽しみだなと翠は顎の下に手を置いた。
「他の二組は一定の成果を挙げたようですよ。紫苑殿達は内輪の催しに参加、第五師団団長達は倉庫の目星をつけたとのことです」
千草がつらつらと報告をまとめた。
「やるじゃん。私達いる?」
紫苑も元晴もえらい!すごい!と翠は素直に思ったが、我々三人の役目は何ぞや、やらなくてもいいのではないか?とサボロー精神が芽生えた。
「いる、多分」
あざみは目を瞑って言った。まるで、己に言い聞かせるようだった。
「情報集めでもしましょうか」
千草は手持ち無沙汰のようで、眼鏡をスチャッと上げた。
三人は目的がふわふわしたまま、隆利の息子・隆平の行きつけの酒場に向かった。
「ヒュー!ヒュー!」
酒場であざみが踊るたびに大いに盛り上がっている。千草の教えの甲斐もあって、お目当ての隆平も目を奪われているようだ。翠はあざみの様子を見ながらテキトーに三味線をかき鳴らしていた。しばらくすると、あざみは踊るのをやめて、隆平の隣でお酌を始めた。あざみは仕事であれば何でもやる人間らしく、上手くターゲットに取り入っているようだ。よかった、よかった。こちらは、そろそろ楽器を変えようかなと翠はトンコリを手に取った。
「それは何という楽器かな?」
一人の人間が翠のところに近づいてきた。短い茶髪の目鼻立ちが整った男だ。歳の頃は二十の半ば程、隆平と同じ年頃のようにみえる。紫苑には劣るが見目麗しい部類には入るだろう。この男は先程、隆平の傍にいた気がするため、恐らく、従者か何かだろう。
「トンコリですぜ」
翠はテキトーな口調で喋り始めた。
「この辺では見ないな」
「そーでしょーとも!風和の北の方でよく見られますよ。キレーな音色でしょ?」
「他には何が弾ける?」
男は翠の楽器の腕に興味があるようだ。
「三味線でも二胡でも何でも御座れ!でっせ」
その場のノリで話しているため、翠の口調はあやふやである。
「弾いてみろ」
「へえ、承りました!」
翠は言われるがまま、その他いろいろな楽器を弾いた。
「本当に珍しい楽器が弾けるんだな」
「へへへ」
翠は頭をかきながら照れ臭そうに笑った。顔では嬉しそうな表情を浮かべているが、心中はジト目であった。なぜなら、珍しいという言い方が翠のお好みではなかったからだ。この辺では見られないという意味の『珍しい』ではあると思うが、何やら違う意味が含有されているように感じるのだ。考えすぎだろうか。
「明日、さるお方の催しがあるのだが、それに出てほしい。金は弾む」
じゃらと男は金貨を見せつけた。翠はお金に食い付くふりをして、目を輝かせた。そして、明日の催しってことは紫苑が参加する奴だな、是非行きたいと腹の中で考えた。
「あっしでいいんですか?」
翠はあざみ扮する踊り子の様子を窺った。隆平とかなり親しげになっている。腕をべったべたに絡ませている。
「ああ、珍しい楽器をご所望なお姫様がいるんだ」
「満足していただけるように頑張りますぜ!」
あざみはいいやと翠は思った。あれだけ上手くやっている彼女ならば、自力ルートで何とかするだろう。
「ついてこい」
「え?今からですか?」
「逃げられたらたまったもんじゃない」
「ちょっと、待ってくだせぇ。せめて連れに一声掛けてからでも?」
「……わかった」
許可をもらうと、翠はささっと千草のところに行った。
「というわけで、連れて行かれるのであとはよろしく!」
かくかくしかじかと事の成り行きを翠は説明した。
「わかりました。健闘を祈ります」
「頑張るー」
そうして、翠はたくさんの楽器と共に連れて行かれた。
「というわけで翠殿は明日の葛家で行われる催しに参加するようです」
「抜け駆けか……?」
あざみは頭を抱えた。手柄を取られたという気持ちよりはどっか行っちゃった、呆然という思いの方が大きかった。
「私達はいかがしましょうか」
「……たしか、倉庫の方は見つかったんだよな。そっちに行こう」
「では、私は紫苑殿のところに行きますかね」
麻薬があるらしい倉庫の場所も押さえて、貴族に殴り込みにいけそうな感じになっている。先程の酒場であざみは隆平に媚を売っていたが、それを活用して何とかする必要はないなと千草は思った。隆平は無能というわけではないが、いいとこのボンボンの域を出ていない。現在において、あまり利用価値は無さそうだった。あざみも同様の考えのようだ。
「先生、これあげる」
「何ですか、これ」
「隆平様の愛の詩」
「うっわ……」
千草は柄にもなく顔を引き攣らせ、愛の詩を読まずに捨てた。




