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7. 答えは出すものではなく探すもの

 紫苑と森之助は舞踏会の準備をしている。紫苑は内気な未亡人、森之助は心配性な従者という設定だ。紫苑は地味で流行に遅れている野暮ったい雰囲気がありつつ、人を惹きつける美しさがあるというコンセプトだ。これは非常に難解であるため、あーでもない、こーでもないと服や化粧の試行錯誤がされている。

「大変そうですね」

 森之助がひょいっと紫苑のいる部屋に顔を出した。森之助はいつもビチっと上げている前髪を下ろしていた。そして、舞踏会に参加する冴えない従者らしく、ちょっと良い服だが、着慣れていない風である。

「胴回りが窮屈だ……」

 ぎゅっとお腹の辺りを品の良い帯で締め付けられている。紫苑様、細いですねえ、もっと細くなれますよーと絞め……締められたのだ。紫苑は気を抜くと、グエッと品のない声が出そうになっている。だが、着慣れない服を着るのも面白いなとどこか楽しんでもいた。

「大変ですね」

 森之助は紫苑を上から下までジロジロ眺めた。髪以外はだいたいできているようだ。瑞雲の模様があしらわれた黒い裳、ささやかに身につけている指輪や首飾り、控えめな化粧。肩や首まわり、節くれだった手はさりげなく隠されている。背は高いが、大人しめなご婦人、よく見ると目ん玉が飛び出るほどの美しさがあると森之助は思った。コンセプト通りである。

「服はご自分で選んだんですか?」

「まあ……。どれがいいかと聞かれて、その中から選んだだけだ」

「よくお似合いですからね……」

 女装する服を自分で選ぶとは何ともはや……と森之助は遠い目になった。どこか翠を感じさせるのは気のせいか?と森之助は妙な勘繰りをした。

「君は……、その」

 紫苑は森之助と二人きりになったため、切り出しにくい話をしようと口を開いた。

「何でしょうか?うちの参謀のことですか?」

「……そうだな」

 話が早い、翠が重宝するわけだと紫苑は納得した。

「俺はあの人に惚れ込んでます。でも、それはあなたとは違う意味でしょう。だから、あなたが嫉妬なさっても見当違いですよ」

 森之助も翠の件に関して紫苑に言いたいことがあったようだ。俺は怪しいもんじゃありませんよ~、変なことは思わないでくださいね~と森之助はアピールした。

「……嫉妬はしていないと思う」

「俺が勘違いしていただけですか。失礼しました」

「いや、ただ、君にそう見えていたなら、……していたのかもしれない」

 紫苑は悩まし気に眉を寄せた。

「ご自分でもわからないなんて、大変ですね」

 森之助はははーん、こいつぁ、恋愛初心者だな?と推理した。事実である。紫苑は惚れられ専だったのだ。

「私はどう思っているのだろうな……」

 好意的には思っている。それはたしかだと紫苑は頭を整理した。では、その好意とはどのようなものか。

 恋情を抱いている?それはどうだろうか。今まで、恋心を抱いていた人を見たことはあるが、あのような狂熱はない、はずだ。

 友情を抱いている?親しみはあるが、友という言葉は的確ではないだろう。保名や元晴達とは違った感情を翠には抱いている。

 ただ、興味を抱いているだけか?面白いと思うことはあるが、翠のことをつい目で追ってしまうこの気持ちは好奇心の類からではないだろう。

 家族のように思っている?それは違う気がする。大切には思っている。失いたくはないとも思っている。だが、両親や兄と同様の感情は抱いてはいない。

 献身を捧げたいのだろうか?それは違う。我が身を捧げ、尽くしても、翠は嫌な顔をして離れていくだろう。もちろん、献身を捧げられたいわけでもない。

 我が物にしたいのか?それは、断じて違う。翠は物ではない。そして、翠は誰かの物になるような人間ではない。気づいたら、どこかに行ってしまうような不確かさがある。

 紫苑はささっと出来の良い頭を回したが、答えを出すことはできなかった。全てに該当しないような、するような、他の感情のような……と翠に対する好意の種類はよくわからなかった。今、たしかなことは、自分は翠の隣にいたいこと、それだけである。

「君は翠のことをどう思っている?」

「え?」

「他意はない。良ければ、参考までに聞かせてほしい」

「上手くは言えませんがね。俺は、……あの人の背中見ながら追っ掛けたいんです」

 森之助は言葉を選びながら、抽象的な表現をした。

「そうか……」

 森之助の瞳が爛々と輝いていた。眩しく輝く星を見ているかのようだ。彼には翠がそのように映っているのだろうと紫苑は思った。そして、たしかに自分は翠のことをそうは思っていないなと感じた。

「まっ、惚れている奴もいたと思いますよ」

 戦場で翠にほの字の奴も老若男女問わず色々いたなぁと森之助は思い返した。

「その話も詳しく聞きたいな」

「えぇと……、そうですね。別に直接想いを伝えて実った奴はいませんでしたけどね」

 そう森之助は前置きをして話し始めた。それから、だらだらべらべらと取り留めのない話が続いた。



「おー、圧巻だね」

 翠が準備中の紫苑を冷やかしに来た。その前には、保名や元晴らが訪れていた。

「邪魔しないでくださいね」

 うわー来たと森之助は趣深い顔をしている。前髪を下ろしていると、随分童顔だなあと翠は思った。

「紫苑さんは……、随分とまあ、お疲れのようで」

「顔に二、三枚皮が乗っている気がする……」

 椅子にダラっと座っている紫苑は珍しく覇気のない声を上げた。翠はここまでめかし込んだことはないので、きっと大変なんだろうなぁと想像した。

「本当に大変そうでしたよ」

「ああ。……森之助は身軽そうでいいな」

「まっ、俺はサポート役ですからね!何かあった時の保険すよ」

「いつでも頼りにしている」

「無茶振りはうちの参謀で慣れてますけど、程々にしてくださいね……」

「なんか仲良くなったねぇ、お二人さん」

 翠は微笑ましそうに二人のやりとりを眺めた。

「せっかくタッグ組みましたからね」

「ああ。森之助とでは上手く事が運びそうだ」

「嬉しいお言葉ですね、ドキドキしちゃう」

 森之助は胸に手を当てて、おどけた。初めて二人が会った時から、ちょっとぎこちない感じがしたような気がしたけれど、上手くやれているんだなと翠は安心した。

「そうだ。紫苑さん、髪やってもいいですか?」

「……できるのか?」

 翠の髪はいつも低めの位置で一つ結びしている飾り気のない髪形である。そのため、多様な髪の結び方をできるとは紫苑は考えていなかった。

「それなりに。テーマは大人しめな未亡人なんですか?」

「そうだ……、保名から聞いたのか」

「ええ、静寂が似合う未亡人に変身していたと微笑んでましたね」

「面白がっているんだよ……」

 はぁと紫苑はため息まじりに言った。

「で、どうしますか?折角の人前ってことで髪だけは流行に乗ろうとしますか?」

 最近の流行は髪をキリリと高く上げて、大きめな簪をアクセントにしている。段々、簪が大きくなる傾向にあった。

「両方やってみてくれないか?」

 紫苑は翠を見上げた。下から見上げられると、やや、甘えられているような感じがするなぁと翠は不思議な気持ちになった。まあ、暇なので、翠は流行に沿った髪型と至って平凡な、髪を結い上げて、シンプルな簪でまとめる無難な髪型、ついでに翠の趣味に走った緩く頭頂部で髪の半分ほどをお団子でまとめる天女のような髪型にセットした。三番目の髪型は時々琴音にセットしていたもので、紫苑にも似合うだろうと思ったのだ。

 結局、流行は追わない無難な髪型を紫苑は選択した。大きな簪と天女風はお気に召さなかったようだ。




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