6. お互いに名前と顔は知ってるけど……くらいの方がしゃべりにくい
何はともあれ、翠は第六師団の協力を得ることができた。よかった、よかった。翠とあざみ達は第五師団庁舎に向かって、お話し合いをすることにした。
「ご協力ありがとう。では、よろしく頼む」
「こちらこそよろしく」
元晴とあざみは親がセッティングしたお見合いかよというくらいぎこちない雰囲気の元で握手を交わした。千草が生真面目な顔をして二人の様子を見守っている姿も、妙ちくりんだ。ぎすぎすしているというよりは関わり方がわからないのだろうと翠は感じた。追い追い慣れてほしいものである。
「あらあら、保名さん、お久しぶりですね」
「おお、久しいな。元気で何よりだ」
保名は変わらずにこりと泰然自若がよく似合う笑顔を見せている。元晴は第一師団の紫苑と保名にも声を掛けていたようだ。ちなみに、団長は紫苑、副団長が保名である。
「どうしたんですか?」
「第一師団も協力する、というわけだ。人手は多くて損はないだろう」
「足並みが乱れることもありますよ」
「まあ、そう言うな。我らも役に立つぞ。事務でも戦闘でも何でもござれ、だ」
万能と保名はにこりと笑いながら扇を広げた。
「そういや、第六の団長さんは?」
いないのかな?と思って、翠はあざみの方を見た。
「今出かけている」
「へえ、どこに?」
「ラビアーンだ」
「へぇ……」
ラビアーンは風和国と海を隔てて南側にある国だ。風和国とはそこそこ友好的な関係を築いている。ただ、あそことの国境付近は海賊やらマフィアやらが跋扈している。それの対策にでも行ったのかなと翠は想像した。まあ、今はどうでもいいことである。
「そういえば、翠。聞いたぞ」
ふと、紫苑が口を開いた。
「何をですか?」
「人に大便は投げるもんじゃない」
「はあ……、わかりましたよ」
情報が早いなぁと翠は辟易し、仕方なさそうに了承した。森之助はご注意を素直に受け取る翠の姿を新鮮そうに眺めていた。たいてい、うん、そうねぇと心にもない笑みを浮かべて終わりなのだ。
「翠に変な隙を与えるもんじゃないぞ。私はイモリの黒焼きの粉末を飲まされたことがある」
元晴はあざみに同情と幾許かの共感を持ったようだ。
「それを言うならば、私は毒蛇だな」
紫苑も同調してきた。
「俺はカブトムシの幼虫の踊り食い……。って、あんた何してんすか!とんだロクデナシじゃないですか?」
森之助もこのウェーブに乗ったが、嘘だろ、この人という気持ちが抑えきれなかった。
「しらんかった?」
翠は悪びれもせず、平然としている。イモリやら蛇やらカブトムシやらを食べること自体はもちろん悪ではない。しかし、相手の了承を得ずに食べさせることは最悪ではないだろうか。
「……しってましたけどね。でも、こんなに被害者の皆さんがいるなんて……」
森之助は仕方なさそうにため息を吐いた。というか、この人、後宮女官の時にやってたの?紫苑や元晴相手に?結構な身分差だったんじゃないの?やばい、やばばばいと事実関係を整理して、森之助は恐れ慄いた。
「まあ、過ぎたことだよ。それより、情報交換といこうか」
翠は都合の悪い風向きをビシビシ感じたため、きびきびと仕切り始めた。
「三後屋と葛家が協力し、三後屋は王都の港で他の仕入れに紛れて、麻薬を取引している」
「葛家は鈴蘭家に近い家ですが、莫大な財産を持っていることから、現在でも、未だ大きな影響力を持っています」
千草とあざみの二人がこんこんと話している。元晴は傍でうんうん頷いている。
どうやら、王都で力のある商人の三後屋さんと鈴蘭家に近いめっちゃ金持ちの葛家が手を組んでいるらしい。目論見としては、三後屋さんは麻薬で一儲けと貴族への勢力拡大、葛家は鈴蘭家の没落で、影響力に翳りがあるため、それを防ぐことだろうと二人は話している。
「四師団が協力すれば、難なくいけそうだね」
翠は安易な考えを示した。
「そうですが、もう少し調べを進めたいですね」
千草が眼鏡をくいっと上げた。
「調べるって?コツコツ張り込み?それとも……、一芝居打つ?」
翠は面白そうに笑った。
「それも悪くないな」
元晴が翠の冗談を間に受けた。
「ならば、この面々でいこう」
あざみも元晴の生真面目さに乗った。調査は少数精鋭でやりたいという考えなのだろうが、精鋭すぎやしないか?と翠は周りの面々を見渡した。とりあえず、翠はさすがに誰かが別の案を出すだろうと様子を見た。
「商人側と貴族側に分かれて接触を試みようか……」
紫苑がちょっと具体的な方法を示した。マジでやる気かよと翠は顎に手を置いた。
「貴族の方は舞踏会に参加でどうかな?」
葛家主催なものが近々行われるらしいぞと保名が楽しそうに笑った。面白がってんなぁと翠は片眉を上げた。
「変装しましょうよ。さすがに身分偽ると所作でバレると思いますけど……」
森之助も計画にノリノリのようだ。どこかわくわくしている。調査、潜入、変装。みんなこの手のことが好きなのか、もしくは暇なのだろう。どちらにせよ、平和だなぁと翠は暢気に微笑んだ。
「彼は女好きらしいですよ」
千草が補足情報を示した。
「では、誰かが麗しく変装してみたら?」
翠はこのまま話が進むんだなと理解したため、全力で楽しむことにした。
「……なぜ、私を見る?」
翠を筆頭にみんな紫苑の方をじーっと見つめた。考えていることは皆同じ。麗しの紫苑様の女装姿が見たい(興味本位) である。
「では、紫苑さんが麗しの貴婦人に変身してパーティーに潜入。このメンツだと森さんが一番顔バレしてないだろうから、サポートね」
「承りましたー」
「待て、私は……」
さすがに女装は抵抗あるし、この身長だぞと紫苑は言いたいことがたくさんあるように翠の方を見た。
「大丈夫だ、問題ない」
翠は親指をグッと上げた。何とか勢いで押すことにした。翠は問題ないと心底思っている。紫苑の美しさならばいけるいけると信じていた。紫苑はグッと押し黙った。
「私はちょっと珍し目な楽器を弾く大道芸人的な感じでフラフラしようかな」
貴族側、商人側の双方に上手いこと近づけるかもしれないと翠は考えた。手に入れたい楽器を経費で落とせるチャンスでは?という算段と、いろんな楽器弾きたい、うだうだしたいという気持ちも無きにしも非ずであった。
「似合いそう」
「天職」
口々に称賛の声が上がった。ありがとうと翠はにこにこした。
「もっさんはちと胡散臭い商人で、三後屋に接触でどうだ?無論、俺も手伝う」
保名が名案と自慢気に扇を広げた。
「何か胡散臭い二人だね」
「悪どい」
口々に称賛の声が上がった。元晴と保名は幸か不幸か、愛嬌に乏しいというか、怪しげというか、あまり信用できなさそうな顔の造形をしていた。翠は細く鋭い目元が原因だとみている。
「あざみさんはどうする?」
「ならば、貴族側にいくか……」
あざみは顎に手を置き、もんもんと悩んだ。
「私と組む?踊り子とかどう?」
踊り子ならばバッチリ化粧しても不自然ではないため、変装しやすいのではないかと考えたのだ。
「よいと思います。私が裏方に回りますね」
千草がさりげなくサポートの席に潜り込んだ。
「踊れるだろうか……」
「私がお教えしますよ」
千草がこれもサポートの役割ですと眼鏡をスチャッと上げた。
「それはいいね、私も教わろうかな。どじょうすくいくらいしかできる気がしないんだ」
翠は照れ臭そうに頬をかいた。ちなみに、どじょうすくいはくじらの飲み屋で仕込まれた芸の一つである。
「わかった。千草殿、いや、先生、ご教授願う」
立派な踊り子になるとあざみは奮い立った。
というわけで、紫苑・森之助、元晴・保名、翠・あざみ・千草の三手に分かれることになった。




