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4. 身分の差なんてしょーもな

 翠は屋敷で犬と戯れていた。この犬達は紫苑が飼っていたらしい。近頃、やっと懐いてきたなぁと撫で回していると、王様に呼び出された。天国から地獄へと落とされたような心地である。

「お呼びでしょうか」

 翠は身なりをさっと整えて、国王の元に出向いた。

「おお、来たか」

 国王は持っていた書類を置いた。精力的に公務に勤しんでいるようだ。噂によると、日が昇る頃から夜が更ける頃までやっているらしい。それが本当かどうかは知らないが、バリバリ仕事をしているのは真実だ。元気な御方だと翠は感心している。

「頼みたいことがある!翠第七師団長代理」

 ごっつい名称である。お願いだからせめて参謀と呼んでほしいものだ。そういえば、紫苑の兄・玉蘭は第七師団の副団長を務めていたこともあったと聞いたなと翠は思い出した。何かの奥の手に使いたいなぁとぼんやり心に留めた。

「最近、貴族の間で麻薬が流行っていてなぁ。何とかしてくれ」

「はあ……」

 何と抽象的な命令だ。翠はだっるとやる気のない返事が口から漏れ出た。

「元気がないな」

「はい!!!!!!!!!」

 翠は腹から声を出した。まるで、戦場で檄を飛ばすかのような音量だ。部屋中に響き渡っている。

「……まあ、いいだろう」

 王様はうるさっみたいな反応をした。お前が元気ないって言ったんだろうがよと翠は機嫌の悪い心を押し込めて、では失礼いたしますと退出した。



 翠は第七師団の庁舎に戻って、森之助に王命を伝えた。

「なんかー、王様に呼ばれて、貴族の間でおクスリが流行ってんだって言われてー」

「え、それを何とかしろってことですか?」

「そう」

 面倒だなと二人の気持ちが一つになった。何でこんな仕事が回ってきたのだろうと考えている。

 これは第七師団のびみょ~な立ち位置にある。第一から第六までの師団はそれぞれ役割を担っている。行政とか財政とか貴族担当とか平民担当などに概ね分かれている。だが、第七師団は違う。現国王が即位して間もなく、弟に役職を就かせるために創設された師団なのだ。今までは、王弟・遮那が師団を率いて、戦場で暴れ回る、それが仕事だったが、戦争は終わってしまった。よって、これからは、仕事内容は王様次第ということになりそうだ。今後も、こんな感じのたっるそうなのが回されるのだろう。だっる。

「とりあえず、第五師団に行きましょうか」

 森之助はやるしかないと仕事に取り掛かった。切り替えの早い奴である。第五師団は貴族の治安維持を担当している。貴族で麻薬が流行していることも当然ご存知のはずだ。というか、彼らの仕事のはずだ。二人はのそのそと第五師団の庁舎に向かった。

「やあ、もっさん。久しぶりだね!」

 翠は元晴(もとはる)の姿があったため、気軽に声をかけた。

「……もっさん?」

 森之助は驚きのあまり口が開けっぴろげになっている。

「翠、久しぶりだな!肝を冷やしたぞ」

「はあ」

 何がと翠は不思議そうだ。そして、森之助の様子は全く気にしていない。

「紫苑がおっかないほど心配していたのだ!……もうこんなことはしない方がよい」

「わかったよ……」

 会う人会う人に紫苑がどうだって話をされるなぁと翠は思った。

「それより、奥方はお元気?」

「ああ、子供が生まれてなぁ……、是非見に来てほしい」

「機会があればね」

 微笑ましいやりとりが目の前で繰り広げられている。森之助はポツンと置いてかれていた。

「あの、お知り合いですか?」

 森之助はやっと聞きたいことを聞けた。

「うん。……あれ言ってなかったけ?」

「絶対聞いてない!!!!」

 子供のように森之助は叫んだ。

「まあ、いろいろあったんだ。それより、協力してほしいことがある。第五師団長殿」

 森之助へのフォローもおざなりに翠は元晴との話を進めた。

「ん?なんだ?」

「なんか、貴族の間で麻薬が流行ってんのを王様が何とかしろって命令されてさ」

「あれか……」

 元晴は顎に手を当て、珍しくちょっと難しげな顔をした。第五師団で手が余るから、第七師団に回ってきたのかと翠はうんざりした。

「ならば、第六師団との協力を持ってこれたら、ご協力しますよ」

 横槍を入れたのは副団長の千草(ちぐさ)である。緑がかった青色の髪を首元で束ね、眼鏡をかけている。元晴とは対照的に理知的な感じがする。

「ん、第六?」

 たしか、第六師団は平民の治安維持を担当している。翠はそれくらいのことは頭に入っていた。まあ、それくらいの大枠しか頭に入っていないのだが。

「翠殿、あの件は商人も手を貸しているのですよ」

 千草は細い指で眼鏡をくいっと上げた。随分、様になっている。

「つまり、貴族と平民が手と手を取り合って悪巧みね……、ははは」

 貴族と平民は生まれながらに身分が違う。いわば、貴族は特権身分という奴だ。だが、ここ百年、風和国にとっては最近、平民も貴族がやっていた仕事に携わるようになった。翠のように出世している者も珍しくはない。表立った嫌がらせは減ったが、多くの貴族は平民の台頭を疎ましく思っている。それが、この麻薬の一件ではどうだ。利益があるとは言え、身分の垣根も越え、協力し合っているらしい。何たる美談だ、はははと翠はおかしくなった。

「で、第六師団が商人側の調査をしていると。あなた方で何とかできなかったの?」

「ああ……」

 二つの師団が協力していれば、こんな仕事しなくて済んだのになぁと翠はやや顔を険しくした。それに対して、元晴は不甲斐なさそうにしている。

「第六の副団長に協力してほしければ、私に刀で勝てと言われて、な」

「負けたの?もっさんが?」

 うっそ!と翠はオーバーに驚いてみせた。

「ルール無用には弱くてなぁ」

 元晴はルールのある一対一がお好みである。ルール無用専門ではない。たしかになぁと翠は一度対戦したとこのある身で思った。元晴は正々堂々の方がモチベーションが上がるタイプなのだ。ちなみに、元晴は正々堂々、第六の副団長に立ち向かったら、顎を殴られ、昏倒して負けてしまった。第五は弱いという声と第六は卑怯という声が拮抗している。

「わかった。森さん、とりあえず、行ってみようか」

 翠はやれやれと第六師団の庁舎に向かった。



 というわけで、てくてく歩いて行くと、噂の第六師団副団長あざみが出迎えてくれた。

「って感じで、ご協力賜りたいんだが」

 かくかくしかじかと翠は要点だけかいつまんで説明した。

「お聞きになったかもしれないが、私に刀で勝ってからだな」

「ああ、そう」

 これが副団長あざみさんかあと翠は興味深そうに眺めた。濃茶色の短髪がよく似合う凛々しい女性である。身長は翠の方拳一つほど高い。

「どうする?臆するか?黒狼(こくろう)殿?」

 あざみはニヤニヤと挑発気な笑みを浮かべた。

「いいや。やって損はないだろうよ。ルール無用だったかな?」

 翠は挑発をテキトーにかわした。

「ああ、ならば、明日の八時に」

「いや、九時にしてくれ。八時はまだお眠の時間だ!」

 翠は八時と聞くとすぐさま変更を求めた。

「わかった。……九時な」

 約束を取り付けると、あざみはざっざっとどこかに行った。せっかちそうな人である。

「それで、……森さんよ。黒狼って何さ」

「あなたのことです」

「そりゃあ、さすがに知ってるけどさぁ、何で狼なの?黒はわかるよ、いっつも黒着てるからさ」

 そんくらいの自覚はあるさと翠は胸を張った。

「巷では狼のように冷たく、狡猾ってことらしいですよ」

「そんな人間じゃないだけどなぁ……」

 なんかビミョーなんだよなぁと翠は首を傾げた。

「まあ、いいじゃないですか」

 と、異名もない森之助はどーでもよさそーに言った。戦場での呼び名に翠は何を求めているのだろうか。森之助から見る翠は冷たい・狡猾という要素は当てはまるような、的外れなような感じである。そもそも、翠という人間は掴みにくい飄々とした雰囲気の持ち主なのだ。そんな一面もあるような、ないようなと不思議な人である。

 ただ、森之助が恐ろしいと感じるのは、翠は戦闘時と平常時の違いがほぼないことだ。どこでもだいたいあのテンションである。人を殺している時も、殺されそうな時も、策を練っている時も、温泉でゴロゴロしている時も、だ。極稀に、瞬きの間だけゾッとするほどの冷たい目を見せる時がある。森之助的にはどんなときでも平常時と同じなことが一等恐ろしいが、あの冷たい目を見た時には狼という呼び名に合点がいったものだ。

 


 ちなみに、第七師団長遮那は軍神(ぐんしん)風和(ふうわ)狂気(きょうき)、副団長武蔵は鬼人(きじん)という異名を持つ。それらについて、翠はたしかに団長はやっばいし、恐ろしい、味方だから心強いが、敵だったら絶対やだね。副団長は薙刀で敵兵をなぎ倒す姿はまさしく鬼って感じ、人ってつけているのは温情じゃないの?と異論はないようだ。





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