3. 二番手はつらいよ
言われた通り、さっと行ってさっと帰ってきた森之助が翠の屋敷を訪れた。
「ただいま帰りました」
「おかえり」
翠はちんとんしゃんと三味線を弾いていた。
「弾けたんすね」
「……まあね」
「それ、紫苑様に教えてもらったんで?」
「え?いや、違うけど……」
翠は不思議そうに首を傾げた。どうして森之助がそんなことを言ったのか、よくわからないようだ。
「まあ、いいや。団長は何て?」
「ああ、はい。まだ帰らないとおっしゃっていました」
「そう……」
翠はキュッと悲しげに眉を顰めた。
「他には?」
「団長代理頑張って!大・爆・笑!!」
「拗ねてない?それ?」
素直に応援されている気がしないと翠は額に手を当てた。
「まあ、若干……」
「あーあ」
ちょっとよくないな、コレと翠は思った。拗ねて温泉でぐだぐだする団長の姿が目に浮かぶようだった。それにしても、王弟の身分で勝手気儘にしてよいと考えているのだろうか。立場が危ういぞ。
「槙子様にご挨拶に行こうか」
「寵妃の御方ですね」
「そう」
団長は槙子に姉上~とよく懐いてた。戦争でも姉上はね!楽しげに話していた。翠はどうにかできないかと挨拶がてら相談に行くことにした。
「お久しぶりです!翠です」
翠は安養宮を訪れ、元気に槙子と共にいた晶に挨拶した。噂によると、近頃、二人はそこそこに仲良くしているらしい。槙子の産んだ子達と晶の子もそれなりに親しくしているようだ。傍目から見ても、一触即発の緊張感は消えていた。
「久しぶりね、本当に……。紫苑殿がひどく心配していましたよ」
槙子は眉根を寄せ、えらく困った顔を浮かべた。紫苑はあまり表情を表に出す性格ではないため、そんなに言うほどか~と翠は心に留めた。
「ええ、わたくしたちも皆そうよ」
晶が翠を諭すようにしみじみと言った。
「そうですか」
翠ははぁと素知らぬ顔をした。
「そちらの方は?」
槙子が翠のそばにいる男に声をかけた。
「私の補佐の森之助です」
「よろしくお願いいたします」
森之助は少々緊張した様子で頭を下げた。
「そう、あまり無茶ぶりはしてはダメよ」
「ははは、そうですね」
翠は思ってもいないことを言った。森之助は何言ってんだかとややぶすっとした。
「あなた方は遮那のところにいるんでしたね」
「ええ、団長が中々帰らないもんで大変ですよ。何かいい案はありませんかね?」
いい話の流れだと思いながら、翠は本題に入った。
「……王宮では王弟殿下を危険視している動きもあるわ」
槙子は気まずそうな顔を浮かべた。彼女は我が身や周囲を守るために、政治介入はしないスタンスだ。事は槙子のおとりなしでは止められないところまで進行しいるようだ。それもそうかと翠は危機感を改めた。戦争では軍神と持て囃されるほど手柄を立てた英雄、そして、王の命令を聞かない王弟。危険要素しかない。
「……団長は野心家ではないと思いますけどねぇ」
団長は僕は一国の王なんて向いていない、お山の大将で十分さと笑っていた。そんな人が玉座を望み、国家転覆なんてことはしないだろう。だが、団長はその力は持っている。危険視されるのは当然だろう。そんなことはしませんよとアピールしてもらわないとと翠は思ったが、どうすればよいかわからなかった。団長の様子から、てこでも動かなそう、まだ戦いたい理由がありそうに思えた。
「随分、気に入ったのね」
「え?」
「遮那のことよ」
「ああ、まあ、そうですね……」
戦場での姿はまさしく軍神、自軍だけではなく、敵兵も目を奪われていた。人間離れした風もあったが、第七師団の仲間を護ろうという情に熱いところもあった。翠はそんなところが気に入っていた。
「今度、ゆっくりお話を聞かせてちょうだい」
「ええ、いつか。では、失礼いたします」
翠は安養宮をささっと後にした。
「あの、どういうご関係で?」
森之助が不思議そうに尋ねてきた。妙に、翠と妃達が親しげだったことに疑問を抱いたのだろう。
「ん?ああ、私ね、戦争行く前は後宮で妃の護衛をやっていたんだ」
「え、そうだったんですか」
「うん。言ってなかったっけ?」
隠してはいないから、どこかのタイミングで言った気もするなぁと翠は首を傾げた。
「どうだったかな……、ジョーダン、ジョーダン、フー、マイコーって流した気もしますね」
森之助は翠と比べるときちんとしているが、大概テキトーな奴である。
「どなたにお仕えしていたんですか?」
あの二人の内どちらかな、槙子の方かなと森之助は見当をつけた。
「もう亡くなってしまった方でね……」
「……そうですか」
森之助はたしかになと腑に落ちた。翠は途中でやっていることを投げ出すような人ではない。つまりは、護衛相手を置いて、戦争に行くような人ではないのだ。専らな事情があったのか、護衛する必要がなくなったか、そのどちらかでないと律儀な翠はやっている仕事を辞めはしないはずだ。
「梅家のお姫さんでね。美しい方だったよ」
そのお姫さんがいた梅ノ宮にも行くよと翠は歩きなれた道を歩いた。
「どうしました?」
梅ノ宮に着くと、翠は訝し気に建物を見ていた。
「いや……、壁も門も赤くはないなと思ってね……」
「はあ」
主は代わり、琴音の妹の鮎子がここにいるらしい。壁は白、門は黄色と随分様変わりしていた。
「あなたが翠ね……。噂は兼ねがね聞いているわ。紫苑兄さまに付きまとっているそうね!」
翠は梅ノ宮に入り、鮎子にご対面すると、挨拶もそこそこに罵倒された。鮎子は豊かな黒髪を派手に飾り付け、豪奢な衣服を身に付けている。琴音、紫苑と同系統の顔立ちだ。つまりは、どちらかと言えば、派手な容貌というわけでは、それを気にせず、これまた派手な服を着ていると、妙にチグハグした感じがするのだ。単刀直入に言うと、鮎子、服、似合ってない、だ。琴音は異様なほど赤で揃えていたが、なまじセンスがよいため、素晴らしく着こなしていた。センスは似ていない鮎子のそばに誰かアドバイザーみたいな人はいないのだろうか。
「……鮎子様は何やら勘違いなされているようですね。私はこの三年、戦争に行っていたんです。付き纏う暇なんてありません。そのような出まかせを信じてはなりませんよ」
「……わたくしが騙されていると言いたいの?」
鮎子は眦をきりりと上げた。
「なんてことを言うの!」
そばにいた利子が主の尻馬に乗り、翠を咎めた。何だろう、デジャヴだと翠は呆れた。そして、なぜ鮎子がこんなにも喧嘩腰なのか、納得した。絶対利子が紫苑が自分に靡かないのをこっちのせいにして、ないこと吹き込んでいるなと翠は推察した。おおよそ、正解である。減点ポイントは紫苑が利子に靡かない理由は自分に全く関係ないと思っている点だ。
「何とか言いなさい!翠!」
「呼び捨てか……?」
翠の隣にいる森之助が利子をギロッと睨んだ。
「森さん、いいから。利子さんはね、私の先輩だったんだ」
たしかに、今では、翠の方が地位が高いため、利子が気軽に呼び捨てすることは無礼にあたる。だが、翠は利子相手にやんややんやしたくなかったため、どうどうと森之助を諌めた。
「鮎子様は聡い方と聞いておりますからね、騙されるなんてことはないでしょう」
「ぬけぬけと……」
鮎子は翠の飄々とした態度に大層お気に召さないらしい。
「しかし、あなたはお姉様に似ていらっしゃる」
にっこりと翠は笑った。
「何が言いたいの?」
「……他意はありませんよ」
翠は意味深に笑い、二人は梅ノ宮を後にした。どうやら鮎子は姉に似ていると言われるのはお嫌いらしい。
鮎子は琴音に似た美貌を持ちながら、国王の御渡りは少ない。これは琴音の影響もあるかもしれない。素気無くされていた女性に似た人が甘えてすり寄ってきたら、王様からしてみれば正直ガン萎えだろう。それだけではなく、国王にとってはあまり魅力的ではない方のようだ。鮎子は後宮において、悔しい思いをしているのかもしれない。知らんけど。
「何ですか、あの人たち」
「ん?」
「あなたのことを悪く言って下に見てました」
森之助はぶーくさ言いながら歩いている。
「お貴族様にはよくあることなんだろう。私はね、こっちから波風立てんのは嫌いだよ」
だから、ちゃんちゃん、話は終わりと翠は心無い笑みを浮かべた。翠は平民を下に見る貴族は大嫌いだったが、同じ土俵に立って喧嘩する方がもっと嫌だった。
「前の梅家の妃の方、お綺麗だったんですね」
「え?」
「さっきの人に似てるんでしょう?」
翠は梅家の妃の護衛をしていた、その人は亡くなった、鮎子はお姉様に似ていると言った、という情報から、森之助は前の梅家の妃=鮎子の姉=翠の護衛していた妃と考えた。正解である。
「ははは、似てない、全然似ていない……」
翠はこめかみを手で押さえた。森之助の質問にご不満らしい。
「琴音様はもっと美しい方だよ」
あんなん劣化版さと翠は失礼なことを吐き捨てた。
「どんな方でしたか?」
「……何をしても許されるような美しい方だったよ」
懐かしそうに翠は目線を落とした。
「大事な方だったんですね」
「まあ、ね……」
大事というよりは、翠の手からするりと零れ落ちてしまった人である。何をどうすればよかったのか、翠にはわからないままだ。一生わからないままである。琴音は意図せず翠の心に一生物の傷をつけたのだ。




