1. そんなことできない
なんやかんやで翠は戦争に行っていった。そして、王弟・遮那が師団長を務める第七師団に在籍している。
そして、第七師団参謀という地位を任命された。翠は自身を策略家ではないと思っているため、参謀的なことはできないと団長・遮那に伝えたこともあったが、いやあれは頭使えとかそーゆーんじゃないから、参謀の参は組織の三番手って意味だからとよく分からないことを言われた。たしかに、二番手は副とか付ければいいじゃんみたいなのはあるかもしれないが、三番手となると微妙だ。副々と付ければいいわけでもなし、三番手の役職は所によって変わっている。
まあ、何にせよ、とどのつまり、翠は軍部の出世コースにちゃっかり乗り上げていたのだ。翠は出世に興味のきの字もないので、まあ参謀でもいいやと謎の妥協をしている。参謀的なことは頼りにしている森之助の手を借りればいいと考えていた。彼は参謀補佐という役職で、ざっくり言うと翠の便利道具、もとい、右腕である。森之助は翠が戦場で出会った男で、あれやってこれやってというお願いを誰よりもテキパキこなしてくれるため、重宝しているのだ。
敵国シャーロの王が代替わりした隙を突いて、和平交渉に持ち込んだことをきっかけに、戦争は終結した。世に言う十三年戦争である。丸十三年やっていたからである。実に長い戦いだ。戦争終結後、第七師団は団長のせいで?おかげで?中々帰還できなかった。え~、まだ戦いたい!できないならここにいる!と温泉でゴロゴロ~ダラダラ~して早一年。さすがの翠も月を重ねるごとに、これ結構やばくない?と焦り、あの手この手で王宮に戻ることを団長に勧めたが、ダメだった。とりあえず、団員だけでも帰そうと、温泉に団長と副団長の武蔵とその他数人を置いて、翠は王宮に戻った。
あれやこれやで翠が王宮に来るのは、実におよそ三年ぶりである。なんだか懐かしいな~とは思えるほど、時は流れていた。
「やっと帰ってこれた……」
「そっすね」
森之助は相も変わらず飄々している翠にやや呆れているようだ。
「森さん、随分、めかし込んでいるね」
詳しいことはわからないが、いつものオールバックにびっしり気合い入っているなと翠は目を細めた。これから王様に会うためか、やや緊張気味だ。
「まあ一応ですよ」
森之助は身だしなみを整える程度ですよと照れ臭そうにそっぽ向いた。
「あなたは通常通り、黒い格好をしてんですけ」
「落ち着くんでね」
少しは華やかな格好すれば?という無言の圧を翠は華麗にスルーした。第七師団の服だよと団長にもらった黒い服を翠は身に付けていた。背にはお馬さんが駆ける姿が描かれている。他に、装飾品は身に着けていない。簡素という印象を受ける。だが、翠は最低限の身だしなみは整えているからいいだろうと思っている。少々無頓着なのだ。
「久しぶりだな、翠。戦争から戻っても大して変わらんな~」
三年経っても特に変わりはない王様は翠を覚えていたようだ。
「覚えてくださり光栄です。陛下もお変わりないようで」
にっこりと翠はお愛想笑いをした。
「急に征くからな。槙子も心配していたぞ」
「はあ……」
翠にも急に戦争に行ったという自覚はあった。が、心配とかされるのかと少し不思議な心地である。
「第七師団の格別な働き、褒美をとらそう。……して、第七師団長ならびに副団長はどうした?」
して、と言って王様は手早く本題に入った。実弟の件で、かなり頭を悩ませているようだ。
「まだ怪我が癒えていないようでして……」
でして……とさすがの翠も心底困った表情である。正直にうちの団長は温泉でのんびりしてまっせとは言えなかった。
「……では、あやつが帰って来るまでお前が第七師団長を務めよ」
「……え」
つまるところは、団長代理か。嫌だ~そんなことできない、やりたくないという顔を翠は全面に出したが、国王は意に介していないようだ。
「……かしこまりました」
嫌々というそぶりを申し訳なさげ程度に隠して、翠はにっこりと笑った。
「あんた、王様に会ったことあったんですか?どーりで緊張してないって思いましたよ」
「ははは、顔を覚えられるほどではないと思ってたけどね」
謁見が終わると、べらべらと二人はだらだらと歩いた。森之助は一山終えたぜと清々している。
「久しぶりだな……、翠」
後ろから男の声がした。くるっと振り返ると、よく見知った顔があった。
「お久しぶりです。紫苑様」
翠が紫苑に会うのは、あの日、鯛のお造りを食べた時以来である。
「様?」
森之助は訝しげに首を傾げた。
「……何?」
「いや、あんた、様とか使うんだなと思って……」
「必要があれば使うよ。あったり前じゃん」
なぜか翠は偉そうに胸を張った。森之助の前、つまりは第七師団において、誰かに様を使う機会はなかった。だんちょ~、ふくだんちょ~とゆるゆると呼んでいたのだ。
「もう必要ないのではないか?」
紫苑が整った眉を寄せた。
「はあ……、あなたが言うならそうなんでしょうね」
たしかに、この三年で翠は随分偉くなったので、様では仰々し過ぎるかもしれない。テキトーに、さん付けでいいか?と翠は思った。
「なぜ、あんたが梅家の若君とお知り合いで?」
森之助は二人の顔を不思議そうに見比べた。
「おや、紫苑さんをご存知なんだね、物知りだね」
翠は片眉をひょいと上げた。
「そりゃあ知っていますよ。梅家といやあ、この国で一、二を争う名家ですよね?」
森之助は少々興奮しているようだ。えー、あの有名な?という俗物テンションである。それに反比例するかのように、紫苑が真顔になっている。騒がしいと眉間に皺がより始めた。その不穏な空気にサッと気が付いた森之助がはっとした。
「申し訳ありません。失礼いたしました!」
森之助が腰を直角に曲げて謝意を伝えた。森之助は地元では名の知れた豪農の妾の子であるため、あの有名な〜みたいなテンションで絡まれることの不快さはよく知っていた。
「それで、紫苑さん。何かご用?」
翠は三年前と変わりのない紫苑を見上げた。
「陛下から褒美を預かっている」
「それはありがたい」
紫苑は翠と森之助に褒美の内訳を見せた。団員に飯、酒、金銭などなど、役職や働きに応じて細かく決められていた。
「俺には名馬って書いてある」
「よかったね」
森之助は馬が好きなので、とても喜んでいる。翠は自分のところを見る前に、嬉しそうにしている補佐に水を差すことにした。
「そういえば、森さん。やってほしいことがあるんだよ」
「……何です?」
思いの外、翠の真剣な声音に森之助から喜色満面ムードがサッと消えた。
「団長のとこに行ってほしい。言伝がある」
「……はぁ」
「あなたがいない間、翠が団長代理を国王陛下から命じられた。私にはそんなことできないので早く帰って来てほしい、と」
「なる早ですか?」
「早く行って、早く帰って来てほしい」
翠は含ませるように森之助に伝えた。
「承知いたしました」
森之助はささっと支度に向かった。森之助は馬が好きで、乗るのも上手い。早くと言えば、その通りにするだろう。翠は言ったことはちゃんとやる程度に森之助のことを信用していた。
「よいのか?休ませなくて」
「それは皮肉ですか?」
翠はニヤッと歯を見せて笑った。第七師団はこの一年ほど温泉でたっぷり休養していたのだ。おかげで、皆一様に肌が綺麗になっていた。
「いいや。……陛下は王弟殿下にしびれを切らしている」
「そりゃあ、そうでしょうね」
言うことの聞かない王家の人間、しかも弟。やきもきもするだろう。
「何かするかもしれないと訝しんでおられるよ……」
これは気をつけろという忠告だろうと翠は受け取った。どう気をつければいいかわからないが、せめて火が立たないように、火の粉が広がらないように、策を講じた方がいいのかなと翠はげんなりした。嗚呼、そんなことできない、本当に。
「それより、翠、ついてきてほしい」
「どこに?」
翠は不思議そうに首を傾げた。
「君の褒美のところへ案内しよう」
紫苑が穏やかな声で言った。団長のことを熟考しても仕方なしと翠は頭を切り替えて、紫苑についていった。
王宮を出てほどなくしたところに、それはあった。
「翠、あれを見てみろ」
「ええええええええええ!!!」
「今日からあれが君の家だ」
立派な屋敷がそこにあった。




