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42. 意思疎通は……

 それから、翠は琴音の傍にずっといた。琴音は翠以外誰も近づけさせなかった。元々、琴音はあまり誰も信頼していなかったが、信用すらもできなくなったようで、医官の診察さえ嫌がっていた。何か変なことをしてくるのではないかと警戒して怯えていた。翠は佐知子の看病の経験もあって、琴音の世話もそつなくこなしていた。

「翠、いる?」

「いますよ」

 琴音の目は包帯で覆われているため、翠がいるか心配になった時はこうして名前を呼んでいた。

「琴、弾いて」

「わかりました」

 翠は琴音の言うとおりに琴を弾いた。静かに琴と向き合って、琴音のためだけに弾いた。

「どうですか?前よりは上手くなりましたかね」

「………………」

「琴音様?」

「……ええ、前よりは、ね」

 様子が変だなと翠は不安になった。何か考え事をしているようだ。琴音は美しい顔に傷がついて、地の底まで落ち込んでいた。このような時に考え事をしても碌なことにならないと翠はしっていた。

「翠、……この包帯はいつか取らないといけないのよね」

「ええ、そうですね」

 翠は琴音の右手を握った。白く細い手だ。顔の包帯は清潔さを保つために定期的に交換している。他のことはたいてい何でも翠に任せている琴音はこれだけは医官にやらせた。絶対に、翠に包帯の下を見せようとしなかった。

「いつかは……、あなたにこの下を見られるのよね」

 琴音は左手で自分の顔に巻かれている包帯に触れた。今のところ、翠が琴音の世話をおおよそしている。恐らく、これからも翠が行うだろう。そうなると、琴音の傷が回復し、包帯が不要となれば、いつか、翠は包帯の下にある琴音の傷跡を目にすることになる。

「お嫌ですか?」

 翠は優しく琴音の手を握った。

「……嫌と言ったら?」

 率直に困るなぁと翠は思った。じゃあ、世話を他の人にやってもらうという答えも論外だろう。

「琴音様が大事なので、見ますよ」

 そして、翠もこの状態の琴音を誰かに任せたくはなかった。

「わたくしが嫌だと言っているのに?」

「ええ、あなたは何も変わってはいませんので……」

 翠は縋りつくように琴音の手を握り締めた。

「うそね……」

「変わってなんかいませんよ。あなたはお顔が変わったくらいで変われる方ではありません」

 顔に傷跡が残ったくらいで性格が変わるだろうか。たしかに、変わってしまうことの方が多いかもしれないが、琴音のわがままは、性格はそう簡単に変わるまい。翠はそう信じた。そう願った。

「何もわからないくせに……」

 琴音から珍しく気弱な声がした。

「わかるまでお傍にいますから……」

 翠は手をしかと握って、包帯のせいで何も見えていない琴音に優しく笑いかけた。

「フッ、フフフ……」

「琴音様?」

 琴音はどうしたことか、声を抑えて笑い出した。

「何でも……ないわ」

「本当ですか?」

「そうよ。あなたがあまりにも気に入らないこと言うから……、おかしかったの」

「はぁ……」

 そんなに変なことを言っただろうかと翠は片眉を上げた。だが、琴音はまあまあ満足そうにしているから、まあいっかと翠は安心した。

「それより、もう一回琴を弾いて」

 琴音は存外優しく、穏やかな声で言った。

「お耳汚しになりますが……」

「下手だったら止めて矯正するから大丈夫よ」

 琴音は艶然と口角を上げた。いつもの調子を取り戻したなと翠はそんな気がした。気弱な琴音はしっくりこない。いつも通り高飛車でいてほしかった。

「お手柔らかにお願いしまーす」

 それから、怪我が治るとともに、わがままで、でも、どこか憎めなくて、そんないつもの琴音に戻っていたような気がした。












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