36. 大掃除を年一でやるよりも中掃除を隔月とかみたいにやった方がよくない?
年の瀬が近づき、少し早いが琴音の宮では大掃除をすることになった。翠はあの箪笥動かして、この机をあっちにやってと力仕事を担当することが多かった。普段掃除をしない家具の裏や隙間から大量のほこりや、こんなものあったっけという見覚えのない物も出てきた。女官は限られた人数しかいないため、みんなバタバタしている。琴音も服や装飾品の整理整頓が大変そうだ。ちなみに、翠の部屋は大掃除をする必要はさしてない。意外にも思われるかもしれないが、なんと翠は常日頃から部屋を綺麗にしているのだ。これは、翠が綺麗好きというよりも部屋に物が少ないことが起因している。身軽な奴なのだ。
翠が机を外に出しに行くと、少し離れたところで、利子があれもやろう、これもやろうと変に乗り気になって、他の女官にいろいろと指示を出していた。翠はそんなにやらなくていいんじゃないの~と思っている。そのため、机をそっと置くと、そそくさ~と琴音の花壇の方に逃げ込んだ。何をしているのと聞かれたら、庭掃除とか雑草抜きと伝えて、忙しぶればいい。結局、掃除なんてどんなに綺麗にしても、いつかは汚れてしまう不毛な作業なのだ。ある程度やればそれで終わりでいいだろう。
翠はぼけーと庭を眺めた。冬でも花が咲いている。いくつか花ごと落ちているな、これは椿と琴音が言っていたなとのほほんとした。この大掃除の時間にさすがの琴音も琴を弾けとは言うまい。
「翠」
「はいっ、何でしょうか」
琴音に声を掛けられ、翠は一瞬肩をビクつかせた。
「これあげるわ」
どうやら、翠がサボっているとは思っていないようだ。よかったと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます」
翠はとりあえず受け取った。これは首飾りのようだ。細いチェーンの先に緑色の宝石が付いている。琴音が緑色の物を持っているなんて珍しいなと翠は思った。大掃除をしていたら、見覚えのないものでもでてきたのだろうか。よくある話だ。翠はしげしげと首飾りを眺めていたが、琴音からさっさと身につけなさいという圧を感じ、ちゃっと首にかけた。
「まあ……、悪くないわね」
琴音は満足そうに去った。琴音の悪くないは他の人のとてもよい・素晴らしいと同義である。それでも、翠は緑色が好きではないので、あまり見えないように首飾りを服の中に入れた。
一区切りもつき、時間になったので、翠は弓道場に行った。まだ五時だというのに暗い。日が暮れるのが早くなったものだ。いつものように練習をしていると、ガラッと扉から音が鳴った。
「紫苑様、こんにちは」
こんにちはを日が暮れても翠は使用した。こんにちはヘビーユーザーである。近頃、槙子に琴を教えていたり、いろいろ調べていたりと忙しかったようで、弓道場に紫苑が現れるのはちょっと久しぶりだ。
「弓の調子は良さそうだな」
紫苑が落ち着いた声で言った。やや疲れを滲ませている。大変なことだ。
「そうですね……、琴音様に発破をかけられたんですよ」
「そうか」
「優華様のところには負けるなって……、はははは」
翠の口から乾いた笑い声が出た。優華様のところ=美登のことだ。翠にとって美登はあまり関わりたくない相手、端的に言うと、だるいし、めんどくせー、である。
「そうだな……。私もこれだけ目をかけた人間が誰かに屈するのは見たくない、実力ならばまだしも、な……」
紫苑が珍しく好戦的な表情を見せた。紫色の瞳に熱が宿っている。
「が、がんばりまーす」
翠は改めて頑張ろうと思った。そして、紫苑がそういえばと徐に口を開いた。
「君は琴が弾けたんだな。陛下や槙子様が褒めていたよ」
「琴音様には下手だから琴の練習をやれと言われちゃいましたよ」
「それは大変だ……、ん?琴音様から教えてもらって弾けたわけではないのか?」
紫苑が眉を顰めて、顎の下に手を置いた。あの催しの時の演奏が下手だから練習をしろと言われたといいうことは琴音も翠の琴の腕を知らなかったのかと紫苑は疑問に思ったようだ。
「ええ、近所に琴を教えてくれるお姉さんがいただけですよ」
佐知子のことである。翠にとっては概ねそのような存在だった。
「琴音様の教えを受けたわけでもありませんし、……私が琴を弾けると知っていた人はほとんどいないと思いますよ」
翠が琴を弾けると知っていたのは槙子くらいだ。それも、どの程度かわからない、曖昧な認識であろう。
「随分……、優華様の護衛に妬まれているな」
紫苑は誰が翠を指名したのか知っているようだ。恐らく、美登は翠が琴を弾けないと思って、あの時、指名したのだ。
「はははは」
翠はとりあえずの相槌で声を上げて笑った。翠も琴音も恥をかかされていない、被害は皆無。だから、翠にとってはもうどうでもよいこと、終わったことだった。
時間になったので、翠は弓の練習を終えた。そして、弓を引く前に外した首飾りを再び付け直した。首回りに何かあると弓を引く際に少々危険があるのだ。練習のたびに外すのも面倒だから何か大事な時用にしようと翠は思った。
「……それは?」
紫苑は翠が何か首につけているのが気になったようだ。
「先程、琴音様にいただいたものです」
翠が改めて首飾りをまじまじと見ると、不思議なことに宝石の部分が赤くなっていた。気付かなかった。
「これは見事だ……」
紫苑がほぉっと感嘆した。
「いただいた時は緑色だったんですけどね……」
摩訶不思議と翠は首を捻った。
「これは金緑石の変種だ。光によって色を変える。太陽の下では緑色に、蝋燭の下では赤になる」
「へえ、そうなんですか」
相変わらず、紫苑は物知りだと翠は感心した。それにしても、琴音は随分と面白いものをくれたらしい。
「こういうのが好きなのか?」
紫苑はなぜか翠の様子をじっと窺った。
「いや……、別に。綺麗だなとは思いますけどね」
翠は答えにくいなと戸惑った。服・装飾品の類は余程似合ってないものでなければ別にいいと翠は思っている。そのため、この分野の好みについて聞かれると、歯切れが悪くなるのだ。
「紫苑様はこーゆーのお好きですか?」
翠は会話術の鉄板・聞き返すを使った。
「まあ……、うん、よいと思う」
紫苑は渋面を浮かべて答えた。翠の知らない内に紫苑のご機嫌が斜めになっていた。まあいっか、紫苑ほどの人ならば自分で立て直すだろうと翠は放置した。本来、人の顔色を窺う、機嫌を取るということは翠の柄じゃないのだ。
金緑石の変種で緑や赤に色を変えるのはアレキサンドライト。




