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34. 琴の音

 待ちに待ったお琴発表会!翠は豪華な時に着て行く用の琴音からもらった服を身につけて、琴音や利子と共に催しの会場へ向かった。そこには赤く葉が色づいていて秋を感じさせる庭園があった。その庭を眺めるように、槙子、晶、優華が和やかそ~に座っている。他の妃もいるようだが、妊娠中の凛の姿は見えない。産み月が近いと噂があったなと翠は思い返した。大事を取って休みなのだろう。無理はするものではない。そして、その代わりとは言っては何だが、国王陛下が御参加していた。

「琴音様に来ていただけて嬉しいですわ!」

 優華は心底嬉しそうに琴音に笑いかけた。花が舞うような可憐さである。

「朕もあなたの琴を聞くのは初めてだ。名手と聞いている」

 王様も聞いたことないんだと翠は驚いた。

「恐れ多いですわ」

 にこりと琴音は笑みを張り付けた。

「皆様お揃いのようなので始めましょう」

 ではと主催者の優華が明るくゆるっと宣言した。そして、琴の方向にすすっと向かった。この催しでは、一人ずつ得意な曲を弾いていくらしい。一番手は優華のようだ。彼女の音は柔らかで聴く者を包み込むような感じがする。

 次いで、晶の番である。選曲から弾き方まで力強さが際立っていた。落ち着きのある堂々とした振る舞いは葵家は武だけではないぞという意気込みを感じる。

 それから、槙子が琴を弾いた。翠の前で弾いた時よりもはるかに上手になっていた。紫苑のスパルタと槙子の努力が実を結んだようである。

 そして、最後に琴音の番になった。いよいよである。皆がどんなもんかと不躾な興味で見ている中、琴音は静かに琴を鳴らした。翠は目を見開いた。聴きたいなぁと軽々しく思っていいレベルではなかった。目も耳も離せない。佐知子は唯一の人について語るときに熱に浮かされた少女のような顔をしていたが、その一端を解った気がした。庭の紅葉の赤は彼女のためにあるような錯覚を覚えた。本当にそんな上手いの?と馬鹿にしていた奴までも皆、琴の音に聞き惚れている。演奏が終わると拍手喝采の嵐。琴音はそれを少し鬱陶しそうにしていた。

「陛下、いかがでしたか」

 場が落ち着くと、優華が陛下にお尋ねした。

「琴音、初めて聞いたが美しい!さすが梅家と言わざるを得ないな……。朕も槙子に倣ってあなたに琴を教わろうかな」

「御冗談を」

 絶対嫌の副音声付きで琴音はにっこりと笑った。

「槙子、琴は不得手と聞いていたが、謙遜だったようだな」

「いいえ、とんでもありません。ただ、紫苑殿の教えがよかっただけですわ」

 淑やかに槙子は答えた。琴が弾けないようと混乱していた人と同一人物とは思えない。

「晶、あなたの琴は変わらず力強い。朕の不安や心配が吹き飛ぶようだ」

「もったいないお言葉です」

 晶は堂々と答えた。

「優華、あなたの琴も初めて聞いたが、とても優しい調べだな。琴は人柄が出るとはよく言ったものだ」

「ありがとうございます!」

 嬉しそうに優華は微笑んだ。そして、そうだと何か思い付いたように口を開けた。

「陛下!わたくし、もっといろんな方の演奏をお聞きしたいですわ」

「ほう……、何か考えでもあるのかな?」

「妃以外の方の琴も聞いてみたいのです」

 優華は目を輝かせて言った。これは女官の奏でる琴が聞きたい、掘り出し物があるかもよということなのだろうか。

「そして、琴を弾いた方は次に弾く方を指名するというのはいかがでしょうか?」

「……面白そうだな」

 国王はニヤリと口角を上げた。嫌すぎ~と翠は他人事のように思った。琴を弾く⇒誰か指名するのエンドレスループを優華は提案したのだ。まあ、下手したら憂鬱な空気になりそうだが、優華も主催者なのだ。ちゃんと段取りというか、次は誰がやるといわば八百長のように決まっているのだろう、筋書きがあるはずだと翠は楽観視した。

「まずはわたくしの美登から!お願いね」

 優華は自分の護衛の美登に琴を弾かせた。たしか、美登は平民ではなく貴族の出だったはずと翠は朧げな記憶を引き出した。だから、当然一般的な楽器である琴は弾けるのだろう。翠は美登の演奏を良くも悪くも普通だなと感じた。これは琴音の後だから凡庸に聞こえるのだろう。かわいそーなことだと翠は他人事のように思った。

「次は誰だ?」

 国王が面白そうに美登に問いかけた。次の人は大変だなと翠は他人事のように思った。

「琴音様の翠を指名いたします」

 翠って誰かな~大変だな~と翠は背中に冷や汗をかきながら絶望した。他人事が我が事になった瞬間である。翠は嫌だ嫌すぎるうんぎゃあーと暴れ回りたくなった。聞いてないんだが、こういうのって事前に琴弾けますか?指名してもいいですか?って確認するもんじゃないのと翠は驚愕した。

「翠、あなた大丈夫なの」

 珍しく心配そうに琴音は翠の様子を窺った。断じて大丈夫ではない。だが、断れる雰囲気でもない。琴音のとこの人ならできるよねという空気感がじわじわと伝わる。できないと言えば翠も、そして、琴音すらも恥をかきかねない。やるしかないと翠は腹を括った。

「お耳汚しになりますが……」

 もったいぶるよりはマシと意を決して翠は琴をさっと弾いた。できるだけ短く、弾きなれた曲を翠は選んだ。一年以上ぶりに弾いたが、それほど悪くはない。指はまあまあ動く。ありがとう、佐知子、本当にありがとうと翠はかつてないほどの感謝を捧げた。

「あなた……」

 無事弾き終わると、琴音は目を丸くして翠を見つめてきた。翠が琴を弾けたことに驚いているようだ。

「さすが琴音の護衛だな……。それで、お前は誰を指名する?」

 国王が口角を上げた。もしや、次に琴を誰に弾かせるのか、いわば生贄を誰にするのかな~みたいな嫌な楽しみ方を見出していないかと翠は腹立たしく思った。

「恐れながら陛下にお願いしたく存じます。この素晴らしい催しをしめくくっていただきたいのです」

 翠は国王に向かって深々と顔を下げた。

「いいだろう!」

 国王は意気揚々と琴を弾いた。何事もなく終わってよかったなーと翠はほっと息を吐いた。それにしても、優華はどういうつもりで次の人指名制を提案したのだろうか。何か考えがあったのか、思い付きか、はたまた、誰かにこの方法はどうですかねと提案されたのかもしれない。また、翠が琴を弾けると確実に知っているのは槙子のみ。彼女から翠って琴が弾けるらしいよとでも聞いて美登は翠を指名したのか、それとも、平民の翠は弾けないと思っていたから…………。

 翠は面倒になったので考えるのをやめた。














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