29. 考えるのってめんどくさーい
翠は落ち葉掃きと休憩を兼ねて、銀杏を拾い集めた。もちろん、食べるためである。銀杏は潰れると何とも言えない鼻に残る臭いがするが、果肉のような柔らかい部分を取れば臭いは薄れ、結構おいしい。というわけで、翠は集めた銀杏の中から硬い種のようなものを取り出し、火にかけた。日持ちさせるためには、その他いろいろな工程を踏む必要があるが、翠は今食べたいという欲求しかないため、保存のことは考えていない。ちなみに、銀杏の食べ過ぎはよくないらしい。痙攣などの中毒症状を伴うことがあるようで、幼い子どもは食さない方がいいそうだ。『よいこの毒草図鑑』のコラムに載っていた。
「翠よ、元気かな」
「こんにちは~」
ぼーっと銀杏を食べていると、ふらりと保名がやって来た。
「食べます?」
翠は銀杏を差し出した。とりあえずこれで共犯ってことでよろしくという思いを乗っけた。
「いただこう」
それらを保名はにこりと受け取って、ふわりと腰掛けた。
「何か調べものですか?」
翠はなぜ保名がここにいるのだろうかと疑問を抱いた。紫苑と似たような理由だろうか。
「いやな、……ちと散歩だ」
「そうですかー」
ここは後宮内だよ、男は迂闊に入れないとこだよと翠は半笑いになった。紫苑達は八重の件について調べていると言っていた。そういえば、この前、池で槙子の女官死んでいたし、また探りを入れているのかもしれない。大変なことだと翠は銀杏を口に入れた。
「聞きたいことがあるのだが、今いいか?」
「ええ、何ですか」
槙子とか晶のこと聞かれても知らんよと翠は思った。
「紫苑の誕生日が近いのだ」
「……はぁ」
おっと予想外。だから何?みたいなことを保名は聞いてきた。
「付き合いが長いとな、誕生日に何を贈るかと迷うのだ。何かよい案はないかな?」
保名はにこりと目尻を上げた。
「いつも何を贈っているんですか?」
「いろいろだな……。あやつが興味を示したもの、俺がよいと思ったもの……」
意外とちゃんとしているじゃんと翠は少々驚いた。保名は何でこれを?みたいなもっと突拍子のない物を紫苑に贈っているのではないかと偏見を抱いていた。
「今回もそんな感じでいいんじゃないんですか」
「ふふふ、マンネリなのだ」
保名は謎に妖しげな笑みを浮かべた。一挙手一投足に含みがあるように見える。
「……食べ物とか、もしお好きならお酒とかどうですかね」
「酒か……」
紫苑はお酒が好きなようで保名は考え込んだ。
「何かおすすめの酒はあるかな」
「私は下戸ですので、よくわかりません」
酒屋に聞いてくれとお酒に縁のない翠は思った。どうやらお酒はいろいろな種類があるらしいのだ。知り合いのくじらが経営する飲み屋にも多種多様なものが置かれていた。
「梅酒でもどうですか、……梅家にあやかって」
そういえば、佐知子が家で梅酒を造っていたなと翠はふっと思い出した。今までお酒に興味がないため記憶の底に沈んでいた。
「うん、それにしようかな」
保名はぽんっと手を叩いて頷いた。
「で、他には何か?」
翠はこれから本題に入るのだろうと察した。本題の前に他愛のない話を前座として入れる。保名はそーゆー奴だ。
「そうだな……、はちすの御池の遺体の話でもしようか」
保名は薄っすら笑みを浮かべた。この人は笑みが標準装備なのだろう。
「……槙子様の女官でしたっけね」
風の噂では彼女、成瀬は自殺と判断されたらしい。
「君が一役買ったと聞いた」
「ただ引き上げただけですよ……」
だから特別知っていることはないよと翠は無関係な第三者を装った。
「ふふふ、その件について紫苑が妙に気にしていてね」
たしかに、不透明な部分が多いのも事実ではある。ただ、噂通り自殺と翠は見ている。死体は門外漢なのでただの勘にすぎないが、遺体に自殺ではないような決定的な違和感はなかった。また、流れのない池の中央に遺体が浮かんでいたため、なんやかんやで足を滑らせての事故というのは考えにくい。
「どこらへんにですか?」
翠は紫苑がどのように考えているのか気になった。
「池の中央で遺体が浮いていたこと」
一つと保名は人差し指を上げた。
「水深が真ん中に向かって深くなっていたんで、……死ぬために行ったんですかね」
池の深さの具合は潜ったからわかると翠は顎に手を置いた。
「もがき苦しんだ跡が見られたこと」
二つと中指を上げた。
「死のうと思っても途中で後悔することはありますよ。水死は結構苦しいらしいですから」
水死といった窒息の類はかなりのものらしい。……噂で聞いた。
「死んだ女官の自室には光り物がたくさんあったこと」
三つと薬指を上げた。
「使い忘れちゃったんですかね、もしくは誰かにあげたとか……」
共犯者の女官、加美子がいたなと翠はテキトーに答えた。
「槙子様は二人の横領に気づいていなかったこと」
四つと小指を上げた。
「自殺の理由は仲間割れか、……もしくは、違う人に気づかれでもしたんですかね」
紫苑はなぜ彼女は死んだのかということを気にしているようだ。遺体には押さえつけられた様子などもなく、恐らく自殺、共犯の加美子もそう証言したそうだ。自殺の理由は槙子や家族への罪悪感ではないだろう。その旨を記した遺書はない。槙子は二人の悪事を知らないため、罪の告白もしていない。また、部屋に残された手つかずの金銭・装飾品からは突発的な事由による自殺を感じさせる。この状況から考えると、翠の頭からは二つの可能性が見えた。自殺ではなく、加美子が殺した。要は仲間割れの可能性。もしくは、誰かに決定的な現場を押さえられ、自殺に追い込まれた可能性も考えられる。
「ふふふ、紫苑は誰に気づかれたのか、気にしている」
保名はのんびり扇を広げた。
「仲間割れの可能性はないんですか?」
「もう一人の子はね、死んでしまったよ」
「自殺ですか?」
「いいや……」
保名は意味ありげに首を振った。翠はこれ以上首を突っ込みたくないなーと思った。そういえば、加美子のことで一つ気になることがあると翠は口を開いた。
「……遺体を引き上げて、槙子様をお呼びしたんですよ」
「うん」
保名はそうだなと頷いた。どうやらその辺の詳細な状況もきちんと把握しているようだ。
「で、槙子様に付いてきた女官・加美子さんは死んだ成瀬さんの実家は金に困ってた、その心労で自殺したみたいに、槙子様を責めるような言い方してましたよ」
「ほぅ……」
恐らく保身のために加美子はそう言ったのだろう。だが、加美子のその発言で彼女自身に大きな得も損もない。成瀬が行方をくらましてから三日経ったと槙子は言っていた。その間に、なぜ、加美子は逃げなかったのだろうか。または、なぜ、成瀬や自分の部屋から手つかずの金銭等を売る・隠すなど証拠隠滅を図らなかったのか。なぜ、槙子を不用意に貶めるような発言をしたのか。それは、横領という秘密を知られた誰かに脅されていた可能性と関係があるのではないか。成瀬の実家が困窮していることも、槙子がそのことを知らなかったのも事実。加美子が上手くやれば、その誰かは槙子を自身の女官の管理ができていない無能な妃と貶めることができた。
「翠は誰だと思う?」
保名は艶然と笑って、黒幕を問うた。
「……そうですね」
槙子は違う。琴音も違うとする。晶、凛、優華、その他たくさん。槙子の品位を貶めようとしたことを考えると、晶が有力か。いや、凛も捨て難い。でも、優華やその他にとっても槙子は妬みの的だろう。後宮外の事情の可能性もあるわけだ。う~ん、わからんと翠は早々に匙をぶん投げた。
「紫苑様や保名様どうお考えで?」
「ふふふ、頭を悩ませている」
保名は混迷と扇を広げた。
「お仕事、大変ですね」
考えるのも大変だし、その考えの方向であっているのかもわからない。難儀なことだ。誰が加美子を殺したのかがわかればピュンッと解決できそうだが、保名の様子からはすぐには難しそうだ。
「そうなのだ、大っぴらに捜査もできんし……。ふふふ、だから、ちと休むくらいいいだろうに」
保名はつっと顔を上げた。その方向から紫苑が走ってきた。足が早い。
「保名、サボるな。……君も何をしている?」
紫苑は息を切らして、保名を責めた。ついでに、翠も咎められそうだ。
「銀杏食べているんですよ」
翠は至って普通に対応した。よくよく考えると、翠がサボっているからと言って紫苑に怒られる謂れはない。気付いてしまった……真理に。
「おひとつどうぞ、お誕生日が近いんですってね」
「あ、ああ……」
戸惑いの表情を紫苑は浮かべている。
「あれ?ガセつかまされました?」
翠はあれ嘘なのと保名の方をぶんッと見た。
「俺は嘘はついていないよ」
保名はむっと眉を寄せて心外と扇を広げた。
「なら、いいんですけど」
紫苑は渡された銀杏をじっと見つめている。
「銀杏お嫌いでした?」
「そんなことはない」
間髪入れずに紫苑は言った。よくわからない人だ。
「そーですか」
ならいいやと翠は不可解な紫苑を気にしないことにした。
「君はいつだ?」
「誕生日ですか?」
「ああ」
紫苑は強く頷いた。
「五月です」
「ふふふ、もう過ぎてしまったな」
保名はいたずらっ子のように笑いながら、紫苑を見遣った。
「保名様はいつですか?」
「俺は十一月だ」
「では、保名様にも銀杏をどうぞ」
ちょっと早いお誕生日の贈り物として翠は保名に銀杏をひょいと渡した。
「ありがたいことだ」
保名はにんまりと笑った。紫苑はちょっとムッとしている。翠は平和だなと穏やかな空を見上げた。見事な秋晴れである。
日本では自家製酒基本ダメ。




