小話2. 玉蘭と紫苑~二人は仲良し~
紫苑が仕事が終わって家に帰ると、陽気な兄が出迎えてくれた。
「おかえり!これお土産!」
「ありがとう……」
兄は鹿を丸呑みにしている蛇の置物を渡してきた。実に反応に困る。
「それで、成化宮の鍵は開きましたか?」
紫苑はお土産の感想を言わずに話を変えた。
「ああ、翠チャンが開けてくれたよ」
「……よかったですね」
その呼び方が彼女の癇に障っているのだろうなと紫苑は思った。
「それで、一つ頼みたいことがあるんだ」
「何ですか?」
「翠チャンに琴音様に装飾品を見繕ってくれと頼まれたんだ」
何でも一つ言うことを聞くという約定は琴音様のために使ったのかと紫苑は拍子抜けした。もっと突拍子のないことをしやしないかとひやひやしていたのだ。
「この中から見立ててほしい」
兄は紫苑に装飾品を見せた。宝石がジャラジャラ、ゴテゴテしているものが多い。
「これでどうでしょう」
紫苑は尖晶石の首飾りを手に取った。ここまで赤く、大きいものは珍しい。そして、周囲を彩るダイヤモンドとの組み合わせが白眉であり、琴音の好みに合うだろうと考えた。
「うん、いいね。じゃあ、次は翠チャンが気に入りそうなもの!」
「え?」
一瞬、冷水をかけられたように紫苑ははっとした。もしも、兄が翠を気に入ったらどうしようと子どものような嫉妬心が顔を出した。
「世話になったからな。礼だ、他意はないよ……。だから、そんなに怖い顔はするな」
兄は紫苑を宥めるように頭を撫でた。
「怖い顔はしてない……と思う」
紫苑は兄の中ではいつでも自分は幼い弟なのだろうと感じ、気まずさから目を逸らした。
「いいから、選んであげなさい」
兄は弟を諭すように、優しい笑みを浮かべている。きっと、翠に何かしたいと無意識に思っていることが見透かされているのだろう。兄のこういうところにはかなわない。
兄が戦争から帰って、出家すると言い出した時もそうだ。梅家の当主として父の跡を継ぐだろうと信じていたあの頃。自分は兄を支えるんだとあやふやな未来を描いていた少年時代。兄は十九歳で戦争に行き、その二年後に帰ってきた。何も変わっていない、明るく、優しいままの兄。ただ、出家して各地の帰還兵や残された遺族に寄り添うと決めていた。それが死んだ戦友へ弔いだと譲らなかった。父や母、そして弟である紫苑が何を言っても意志を曲げなかった。
「兄上……、私を置いていくのですか?」
「いーや、時々ここに帰るさ!陛下にも各地の様子を報告するように言われている」
兄は安心させるために不安そうな紫苑の頭を撫でた。
「でも……」
「いいかい、紫苑」
兄は弟を諭すように、優しい笑みを浮かべた。
「別にお前が梅家を継がなければいけないわけではないんだ。ほら、はとことかいるし!」
兄は紫苑の肩にポンと手を置いた。紫苑は意識の隅に追いやっていた気持ちを見透かされたと唇をキュッと結んだ。紫苑は梅家当主になりたくはない。他にふさわしい人がいるだろう。なるべき人がなるべきだ。それは自分ではないと考えている。
「違う形ではあるが、私もお前もこの国を支えるんだ!」
いつも遠くを見据えている大きな人だとニカッと明るく笑っている兄をぼんやり見つめた。
紫苑は国の役に立とうと思ったこともない。そんな大きなことは少年の時分にも、そして、今もわからないままだ。目の前のことをひとつひとつ心を込めてこなせばいつかわかる日が、みえる日が来るのだろうかという惑いが心の底に沈殿している。
「紫苑!どれとどれで悩んでいるんだ?」
物思いに耽っていた紫苑に兄が大きな声で呼びかけた。
「……ええと、そうですね」
紫苑は一瞬ビクッとした後、改めて装飾品の集まりに目を移した。
「そーいえば、翠チャン、緑色は嫌いって言ってたよ!」
「へぇ……」
初めて聞いたと紫苑はムッと眉を寄せた。
「はははっ、そんなに仲良い子なんだね」
「…………そうですね」
居心地が悪そうに紫苑は目を伏せた。
「兄上、これにします」
紫苑は意を決して黒翡翠の首飾りを手に取った。いつも着ている黒系統ならば嫌いな色ではないだろう。そして、このソウタシエで作られた首飾りは、黒翡翠と薄墨色の生地の組み合わせがいい。見るものを静かに圧倒させるような気迫、無関心に覆われたあたたかい心、かすかにある矜恃を彷彿とさせる。
「そうか。では、よろしくな!」
「え?」
「兄上はね、明日にはもう出立しようと思っているから!翠チャンによろしく!」
兄はご飯にしようと紫苑の手を引っ張った。今日は鱧のお造りと天ぷらにしゃぶしゃぶらしい。父と母は兄が帰って来ると決まって兄の好物を食卓に並べるのだ。
後日談については、紫苑は翠に首飾りを受け取ってもらえなくてフツーに落ち込んでいた。保名がどうしたと真面目に心配し、両親が今日は紫苑さんの好きな物を食べましょうと言い出すくらいには。




