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26. もらえるものはもらっとけ、使い方は自分で考えろ

 佐知子の唯一の人が琴音とわかっても翠の日々に変わりはない。少しだけ心持ちに変化があっただけだ。佐知子に縁深い人かもしれないという思い入れが生じた。そして、佐知子の唯一の人を探すことが翠の暇つぶしにあてられていたが、今は唯一の人、琴音を知ること、支えることにかわった。ただそれだけである。また、翠は琴音に佐知子の死を告げることはなかった。できなかった。違ったらやだし、わざわざ言う事でもないし、気まずいし。それに、琴音は繊細な人なのだ。

 今日も今日とて、いつも通りに弓道場で弓の練習をしていると、扉がガラッと開いて紫苑がやってきた。

「こんにちは、紫苑様」

 翠はにこやかに挨拶した。もうこんばんはが近い空模様であるが、翠はこんにちはいつでも使えると思っている。

「その……、兄上は変なこと言わなかったか?」

「いいえ、そんなことはないですよ」

 それどころか、翠の方が失礼なことを言っていたかもしれない。

「それはよかった」

 紫苑はほっと胸を撫で下ろした。

「玉蘭様は明るい方ですね」

「……ああ、昔からそうなんだ。明るく、気風がいい」

 紫苑は誇らしそうに言った。どうやら自慢の兄らしい。

「今は各地の帰還兵の様子を見て回って、陛下にお伝えしている」

「はあ」

 各地を行脚とか言ってたなと思い返した。翠は意外と玉蘭の話を聞いていたのだ。

「それで各地の土産をくれるんだが……。これがなかなか趣深いものでね」

 紫苑は奥歯に物が挟まったような言い方をした。

「どんなものをくれるんですか?」

 清廉な紫苑が尊敬している兄の土産に微妙な表情をする。どんなものを渡しているのか翠は非常に気になった。

「全体的に派手なものが多いな……。紫色で名前付きの三味線、筋肉美を感じる木彫りの熊……」

 紫苑はつらつらと兄の土産を並べた。そのラインナップに翠は思い当たる節があった。

「……琴音様がやたら仏像を他人にあげているんですけど、何か関係あります?」

「……どのような仏像だ?もしや、意匠を凝らしているものか?」

 紫苑は眉間に皺を寄せた。

「意匠かは図りかねますが、やたら筋肉質だったり、金ぴかだったりしましたね」

 翠は晶に渡したムキムキな仏像、国王に贈っていた金ピカで年齢が彫られた仏像を思い返した。

「…………兄上が彫ったものかもしれない」

「そうですか」

 多種多様で異色な仏像の謎が解けた。恐らく、琴音はあんな仏像はいらなかったため、他の人に贈り物と称して押し付けていたに違いないと翠は決めつけた。

「玉蘭様はまだ都に?」

「いや、もう行ってしまった」

 少しだけ寂しそうな弟の顔が垣間見えた。

「それで、その、……兄上からだ」

「え?もう琴音様にはもらいましたよ」

 琴音には玉蘭から赤い宝石がついた首飾りが贈られていた。玉蘭が直々に選んだのではなく、成化宮にあったものだからだろう。どうやら趣味の良い品だったらしく、悪くないわねと琴音が喜んでいた。

「君に、その……感謝の印だそうだ」

「はぁ、どうも」

 翠は素直に受け取った。これも首飾りのようだ。黒い宝石が付いている。

「これは……?」

「黒翡翠だ」

 玉蘭に翡翠はみどりで嫌と言った意趣返しかなと翠は感じた。それは置いといて、翠は翡翠も緑色だけではないと新たな知見を得た。

「これなんですか?」

 琴音が付けている首飾りのようにチェーン状の物ではない。宝石に紐?布?が縫われているようにみえる。

「ソウタシエで作られた首飾りだ」

「そうたしぇ……?」

 翠は耳慣れない言葉を頑張って繰り返した。

「……ソウタシエは異国の伝統的な刺繍で、ソウタシエコードという紐状の物にパーツを縫い止める。軽くて使いやすいものだ」

「お詳しい」

 翠は紫苑の説明を理解することはできなかった。とりあえず、これがソウタシエなのだと認識した。黒翡翠と光沢のある灰色の紐状の布の組み合わせが誠に上品である。翠は厳かな雰囲気さえあるこの首飾りが自分に似合うか不安になってきた。

「これ私にですか?」

「ああ、そうだ」

「いつどこでつけるんですかね……」

 そして、そもそもつけるタイミングが翠には思いつかなかった。

「え?」

 紫苑がやや戸惑った顔をした。翠は普段アクセサリーはつけていないし、つけなければいけない場に出ることはない。しかも、玉蘭からとはいえ紫苑経由でもらったものを身に着けるとさすがにコトだ。持っているだけでもやっかまれかねないと翠は自己保身に走った。

「……文字通り、宝の持ち腐れになりそうなんで、いただけません」

 翠はすっと紫苑に首飾りを返した。誰か有効に使ってくれる人に渡すか、国庫にしまってくれと翠は思った。

「ああ……」

 紫苑は口元に手を当てて、翠から目をそらした。受け取ってもらえないことは想像していなかったようだ。翠はそういえば、紫苑も良家の坊ちゃんだったなと感じた。渡したものが突っ返される経験は少なかろう。

「玉蘭様に申し訳ないですけどね」

 玉蘭には宝石はいらないと言ったはずなんだがと翠は首を捻った。

「……何ならば受け取れる?」

 紫苑は翠にしっかり目を合わせ、険しい顔をしている。

「え?ええ、そうですね……。私にとって使い勝手がいいものはもらいやすいですよね」

 翠は自分もそう思って万人受けする答えを紫苑に伝えた。翠と紫苑達は育ってきた環境が違う。紫苑らのように高貴な人間には便利なものであっても、翠のような人間には不要で使いこなせないものは多い。逆も然りだ。これからは相手の立場に立って物を贈ってくれと紫苑と、そして何より玉蘭に念じた。

「そうか。心に留めておこう」

 紫苑は翠の言葉に素直に頷いた。真剣な瞳で突っ返された首飾りに目を落としている。次があればどうしようかと真面目な紫苑は考え込んでいるのだろう。翠は真っ直ぐで善い人だなと思った。






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