25. 灯台下暗し
次の日、そーゆーわけで、翠は玉蘭と共に成化宮にやって来た。後宮内でも奥の方に位置している。さすがの翠もこんなところまで足を延ばしたことはなかった。
「そういえば、ここは誰の宮ですか?」
随分ごっつい錠前が付いているなと翠は違和感を感じた。誰も使っていないからとしてもやり過ぎだ。
「ここは陛下の父上、つまりは先の国王陛下が幼少期を過ごされていた宮だ」
「へえ……。それにしては随分堅牢ですね」
錠前もそうだが、分厚く圧迫感のある扉に忍び返し付きの塀が続いている。外からだけではなく内側からも出にくそうだ。
「うん、だって、先王はここに母君によって閉じ込められてたからな」
「はあ、それはそれは……」
王家の親子事情には深入りしたくないなと思った。そして、翠はかちゃかちゃと錠前と向き合い始めた。時間はかかるが、どうにかできそうだ。最悪、壊せば何とかなって開くは開くだろう。
「母君は先々代の女王陛下であられて、御子息の先王のことは王の器ではないと考えてここに閉じ込めていたらしい」
「そうですか」
ややこしいなと翠は片眉を上げた。先々代の女王とやらはたしか宦官制度の撤廃、女性の武官登用などを行った人だと養成所で聞いた気がする。
「先王はこの成化宮で世話係一人と他数人で過ごされていたようだ。母君の女王陛下が急死した後、跡継ぎは先王しかおらず、この宮からお出になられて王の位についた」
玉蘭は朗々と話を続けている。
「へえー」
翠は鍵と向き合いながら雑に相槌を打った。
「そして、先王はご自分の世話係であられた春日様を妃に迎え、深ーく寵愛した」
「それはそれは……」
なんともはやと翠は話を流した。
「春日様と先王の年の差はおよそ二十歳。子供は一人男児を授かったが、夭折してしまった。それから、春日様は嫉妬に狂い、他の妃に子どもができる度あの手この手で殺させていたと噂されている。それでも、先王の愛が消えることはなかったそうだ」
「はあ……」
真偽はともかく、その頃の後宮はさぞ大変だったのだろうと翠は感じた。
「春日様が御病気で亡くなった後、先王も後を追うようにして身罷られた。今の国王陛下や王弟殿下は春日様の目から隠されて育てられたのだ」
「ほほー」
翠はあまり興味深くない話だと思った。王家のドロドロ譚は翠の興味対象ではない。
「もう少し興味ある感じの反応してよ!!」
玉蘭はむすぅとむくれた。
「……さっきからだいぶややこしいんですよ」
「聞いてないだけでしょ!」
「聞いてましたよ。要は年の差純愛物語ですよね」
どんな困難にあっても愛し合うことを忘れなった二人、うん、純愛だ。周囲や国への迷惑を度外視すれば美談へと様変わりするだろう。
「ん?まあそうかな?」
玉蘭はこてと首を傾げた。
「では、玉蘭様はどういう解釈なさっているんですか?」
「……春日様は年若い国王を誑し込んだ悪女というのが一般的だよ」
「そうですか……」
どうやら玉蘭は自分の考えを言う気はないらしい。政治家に向いてそうだと翠は思った。
「それで、何で私にそんな話をされたんですか?」
「退屈だから」
玉蘭は当たり前のように言った。単にそれだけで他意はないらしい。いや、早く鍵を開けろという嫌味かもしれない。
「そうですか。なら、私はあなたがなぜ坊主頭にしたのかの方が興味がありますよ」
「そう?」
玉蘭は照れ臭そうにつるつる頭を撫でた。
「十年前、今の国王陛下に代替わりした時の混乱に乗じてね、隣国のシャーロが攻めてきたじゃん。それが契機となって戦争が始まった。……私もそれに参加していたのだ」
シャーロはここ風和国と北に隣り合っている国だ。今もその戦争は断続的に続いている。玉蘭は戦争が始まりたての激しく争っていた時に参加していたのだろう。
「その戦争で多くの友人を亡くしてね……。世を儚んで心機一転出家することにした。それからは行脚と称して各地を回っている」
「へぇー」
戦争に嫌気がさしての出家は予想通りかと少々驚いた。翠はこんなに陽気なのに世を儚むのかと失礼なことを考えている。変に考え込んでしまうところは紫苑と似ているのかもしれないと翠は総括した。
「……やっぱこれも興味ないよね!」
玉蘭は雑な相槌をしている翠をじとっと睨みつけた。
「ありますよ。私の父もその戦争で死にましたから」
「そうか……」
翠の言葉を聞いて玉蘭は一気に真剣な面持ちになった。翠はやっぱり紫苑によく似ているなと感じた。
「ちなみにどこで?」
「貴霊山と聞いています」
「激戦地だね……。いつか墓参りに行かせてくれ」
「ははは、小指一本しかあそこにはありませんよ」
「…………」
玉蘭は何とも言えない顔で押し黙った。貴霊山は指折りの激戦地で戦死した兵士の遺体はその場で弔うか、野晒しにするしかなかったそうだ。あまりの過酷さに生き残れば幸運、骨のひとかけらでも戻ってきたら僥倖と言われている。
「軽口ですよ、玉蘭様。……鍵、開きました」
「……ああ、ありがとう!」
玉蘭は気まずさを吹き飛ばすように大きな声で感謝した。
「片付けというよりも、もしかして何か探し物ですか?」
曰くつきの宮、ただの片づけとは翠には思えなかった。
「いいや、特にはない。ただ、春日様は無類の宝石好きだったそうだから、もしかしたらここにもあるかもしれない、あったら国庫に貯めこむって陛下に言われただけ」
「なるほど」
めっけもんがないかなというわけかと翠は思った。
「で~、翠チャン、何でも言うことを聞くと言ったね、何がいい?」
緊張した面持ちで翠に玉蘭は問うた。
「宝石はいりませんよ、一つ聞きたいことがあるんです」
「何かな?」
玉蘭は翠にニコニコと微笑みかけた。
「梅家の指輪についてお聞きしたいことがあります」
「指輪?なんで知ってんの?」
予想外のことを聞かれたようで玉蘭はやや狼狽えた。
「別にいいでしょう。玉蘭様はお持ちですか?」
「……ああ、首にかけている。親指に着けるのは邪魔だからね」
「親指?」
翠はてっきり人差し指、薬指、小指あたりにつけるものだと思っていた。どうやら違ったらしい。
「そう!親指だから使いづらくてね。梅家の証だけれども、次第に形だけになったよ。もうほとんど身に着けることはなくなったね」
「それは誰かにあげることはあるんですか?」
「昔は唯一の人にあげていたらしいよ」
「唯一の人……」
翠はひょいと片眉を上げた。
「その名残でね、……陛下の妃になると梅家の催しに出なくなるってわけで、いらなくなるからさ、それで、想い人にあげるなんて話があるかなぁ~」
「そうですか……」
親指につけるとなれば佐知子が持っていた指輪は大きさからみて女物の可能性が高い。そして、梅家で陛下の妃になった人とすれば、答えは一つだ。佐知子が翠のいた街に姿を見せたのは七、八年前で、唯一の人と別れた時期はそれよりも少し前のはず。あの人も九年前に後宮に入ったらしいため、時期も一致する。他にも思い当たることはある。佐知子は琴が好きと言っていた。あの人も琴の名手らしい。たしかに、何をしても許されるくらいに美しい人でもある。あの指輪の持ち主、佐知子の唯一の人は、想像の域は出ないが、恐らく、琴音なのだろう。
「んん~?どうした?もしや、紫苑のをもらったりした~?」
じっと黙り込んだ翠に玉蘭は声を掛けた。
「もらってませんよ。何でそんな話になるんですか」
翠ははっと驚いてしまい、思ったよりも強い口調になった。
「今のは拙僧が気ぶり過ぎました。失敬失敬」
玉蘭は翠の態度を意に介さず、ニコニコ笑った。
「片付け、頑張ってくださいね」
翠は頭の中を整理したい、一人になって考えをまとめたいと思った。
「手伝ってよ!い・け・ず!!」
玉蘭は用は終わったと言わんばかりに去ろうとした翠に対して、ひどいよ!と地団駄を踏んだ。
「……何でもします?」
ややドン引きしながら翠はため息をついた。
「するするー」
お気軽そうに玉蘭は言った。
「では、赤い宝石があったら琴音様に差し上げてくださいね」
「あ、うん」
玉蘭は肩透かしを食らったような反応をした。
「いけないんですか?」
「いいけれどさぁ、自分がもらうとかじゃないんだね」
「宝石とかよくわかりませんから。そういうのは価値がわかる人が持ってた方がいいんですよ」
価値のわからない人間が一般的に価値があるとされているものを集める様子は滑稽で愚かで物悲しいと翠は思っている。
「はははっ!翠チャンは翡翠とか似合うと思うよ」
玉蘭は嫌味の無い笑顔を見せた。
「みどり色は嫌いなんですよねー」
「へぇ!紫苑に伝えておこうか」
「必要ないでしょう」
なぜここで紫苑の名前が出るのかと翠は心底疑問に感じた。
「わからんよぉ~、あるかもよぉ~」
玉蘭はにょろにょろと異様な動きをした。翠はこれが紫苑の兄かと何とも言えない気持ちになった。
親指と他の指の太さがそんなに違うのかは置いといてほしい。




