22. 何でも口に入れるのはよくない!
最近、宮にいると琴音の無茶振りが降りかかるため、翠は外に出てふらふら散歩をすることにした。さすがに国王や優華相手に無茶振りをかますのは勘弁である。
「何をしているんだ?」
ぼーっと歩いていると、紫苑が声を掛けてきた。何をしているとは翠の台詞である。なぜ紫苑がここにいるのだろうか。
「こんにちは、紫苑様。見回りしているだけですよ」
翠は何ともない顔でにこやかに対応した。弓を教えてもらって早三ヶ月ほど、紫苑の対応にも慣れてきた。ただ真面目なだけなので、あまり気張らず話せばいいのだ。
「また蛇でもいたのか?」
「いいえ。ただ、この前、変な男達がいたんで見とこうかなと思いまして」
「変な?」
「木に吊るされていたり、亀の甲羅みたいに縄で縛られてたりと本当に変わった人達でした」
これは利子が翠を傷つけようと手を回した男四人衆のことを指している。ただし、木に吊るす・亀甲縛りなどは翠がやったことだ。
「面妖な……」
紫苑は思わず開いた口に手を当てた。
「それで紫苑様は何をしているんですか?」
「八重様が琴音様に毒を盛ろうとしていたことがあっただろう」
「ああ、はい」
そんなこともあったなと翠は遠い目になった。
「その毒が八重様の宮から発見されなくてね……」
「はあ、まだそれが後宮のどこかにあるかもしれないんですか」
「ああ、可能性に過ぎないが……」
琴音への毒で使い切った可能性もあるが、後宮のどこかに隠されていたら一大事である。紫苑は大々的に探したいのかもしれないが、根拠がないと王宮にガサ入れなんて不可能だ。特に後宮は閉鎖的な空間である。その毒が確実にあるとわからなければ捜索は難しいだろう。
「恐らく鳥兜なんだ。見なかったか?」
「……トリカブト?」
「毒草でたいていこれくらいの丈で……」
紫苑はこれくらいと自分の股下辺りに手をおいた。足が長い。
「生憎植物には疎いんです」
よくわからないなと翠は紫苑の説明を話半分で聞いた。
「そういえば、八重様は琴音様が死んだら後宮で大きな顔できると思っていたみたいですけど、実際そうなんですか?」
八重の女官・奏は琴音が死ねば後宮で八重様の影響力が増すみたいなことを言っていたなと翠は思い返した。
「琴音様の妹が入内するだろうからな……」
やっぱりそうよなと翠は頷いた。元晴から琴音には妹がいるよと聞いた時から疑問だった。琴音の後釜がいるにもかかわらず、八重に危険を冒す程の得はあるのだろうかと。八重のことはよく知らないが、自分の都合の良いことを信じそうに見受けられた。雲でも掴まされたかな。まあ、どうでもいいと翠は八重のことを頭の引き出しの奥底にしまった。
「そもそも、琴音様のあまり寵愛を競わない姿勢は梅家に影響はないんですか?」
国王の寵愛を得て、跡継ぎたる男児を授かる。すると、妃の親戚は次期国王の外戚として権力を振るうことができる。琴音の国王を邪険にする態度は梅家の権勢に影響を及ぼしていると言えるだろう。
「ないな……。そもそも、基本的に我が家は芸事を中心に王家を支えている。それもあって、政治や権力に関心がある人間は少ない」
少ないね……、皆無ではないようだ。紫苑は要職についているが、政治に関心が強いようにはみえない。別の誰か、例えば娘を後宮に入れる父親は権力に興味があるのだろうか。翠は疑問が生じたが、あまり踏み込みたくはないので、違うことを聞いた。
「他の家にも専門みたいなのがあるんですか?」
「ああ、葵家は武、鈴蘭家は財政を担っている」
「そうですか」
後宮の様子を見ると、梅家、葵家、鈴蘭家は肩を並べている名門らしい。梅家だけ芸事でびみょ~と少し思ったが、一国の文化を担っていると考えれば、話は変わってくるなと翠は思い直した。楽器や調度品の価値は梅家が判断し、立ち居振る舞いや行儀作法、服装や髪型の流行すべても梅家に倣えなのだろう。政治権力は握れなくとも絶大な影響力を保持しているに違いない。
「……ということは紫苑様も琴とか弾けるんですか?」
「ああ、当然梅家たる者、芸事は一通りできる。……琴に関して言えば名に違わず琴音様が一番の名手だ」
「へえ、そうですか」
琴音が琴を弾いているところは見たことがない。翠は聞いてみたいと興味を抱いた。
紫苑とおしゃべりしながら歩いていると、半日陰のところに生えている青紫色の小さな花が目に入った。
「これ綺麗ですね」
手頃な大きさだったため、翠は口に入れ、飲み込んだ。キュートアグレッションに近い衝動である。
「ちょっと待て。それはもしかして……」
紫苑が焦ったように翠が食べた植物を観察し出した。
「なんですか?」
あの花は可愛らしい見た目に反して激マズだった。苦いというか口の中が痛い気がする。
「吐き出せ!」
「え?」
ひどく慌てている紫苑の様子に翠は戸惑いを隠せなかった。
「それは恐らく鳥兜だ」
八重が琴音に盛った毒だったなと翠は思い返した。
「やばいんですか」
「やばいから毒殺に用いられるんだ!」
呑気な翠に対して、紫苑は珍しく大声を上げた。紫苑は居ても立っても居られない様子で翠を姫抱きにして医務室に運んだ。
「どうしたんですか??」
尋常ではない様子の二人組が来たため、医官はぎょっとしている。それもそうだろう。いつも冷静沈着な紫苑がぐったりした女を抱えて駆け込んできたのだ。誰だって驚く。
「痺れ眩暈悪寒動悸がします」
翠は口だけはいつも通り達者である。顔色は最悪だが……。
「十分程前にこの花を口に入れてしまった」
紫苑は手巾で包んだ青紫色の花を医官に見せた。
「これは……鳥兜だね。胃洗浄だね」
胃洗浄、要は水を飲ませて吐かせることを繰り返して、胃の中の鳥兜を出させるのだ。鳥兜に有効な解毒薬はない。
「非人道的な扱いを受けました」
翠は生気の無い顔をして寝台に横になっている。憎まれ口を叩く元気はどこから捻出しているのだろうか。
「緊急時だからね。仕方ないね。しばらく安静にしてね」
医官は胃から鳥兜を取り出せたので、ひとまずは安心と汗を拭った。
「もう、大丈夫です」
翠はゆっくり身体を起こした。
「休んでくれ」
紫苑は眉を顰めながら翠に声を掛けた。
「大丈夫ですよ、紫苑様。だいじょうぶです」
翠は根拠も言わず、ただ大丈夫と繰り返しながら、立ち上がろうとした。
「琴音様……?」
医務室の出口を見ると琴音の姿が目に入った。翠は一瞬幻覚ではないかと思った。
「何があったの?」
琴音が常とは違う様子で医務室に入ったきた。なぜここに来たのだろうか翠は不思議に感じた。紫苑に抱えられた翠の姿はさぞ目立ったことだろう。だから、翠がどこにいるのか琴音が把握しているのはわかる。だが、なぜそこに行こうと思ったのか、翠には解らなかった。
「鳥兜という毒草を食べてしまって……」
翠は息も絶え絶えに口をついた。
「紫苑、あなたがいながら……!」
「申し訳ありません」
琴音は理不尽だなあと翠は呑気に思った。
「きれーな花だから、つい食べてしまったんです」
翠はとりあえず紫苑は悪くないよという言い訳をした。
「へえ……」
琴音はきゅっと眉を顰めた。翠にはよくわからないが、琴音は怒っているようだ。
「鳥兜が毒と……、そんなこともわからないのね……」
「すみません」
理不尽が矛先を翠に向けてきた。
「もう大丈夫ですから」
翠が琴音にへらっと笑いかけた。もう何ともない、仕事はできると翠は考えている。すると、琴音の眉が一層顰められ、果てには平手打ちが飛んできた。パンッといい音が鳴った。
「そんな顔で何が大丈夫なものですか!」
翠は目を丸くした。そんなにも感情をあらわにしている琴音は初めて見ると驚いた。
「しばらく安静にしてなさい、いいこと?」
「はい……」
琴音は翠が頷く姿を確認すると嵐のように去って行った。
「ほら、ご主人様の許可も得たことだし、ゆっくり休みなね。今日はここで寝ていいから」
医官が慰めるように翠に言った。
「父さんにもぶたれたことないのに……」
翠はよよと赤くなった頬を押さえた。
「言っとくけど、鳥兜、危ない毒草だからね。下手したら死んでるからね」
「それはそれはすさまじい」
医官は飄々としている翠を呆れた目で見た。
琴音が去ったあと、しばらくして利子が訪れた。
「琴音様が全部覚えなさい、一週間後に確認するとおっしゃっていたわ」
そう言って利子は『よいこの毒草図鑑』を翠に渡した。かなりの分厚さがある。
「あの……、紫苑様はなぜ翠と一緒にいるのですか?」
利子はいつもよりも楚々と大人しい様子である。紫苑に恋する乙女なのだから当然なのかもしれない。
「……彼女が変な男たちを見たと言っていたから見回りを手伝っていた」
紫苑は鳥兜を探していることは公言できないようだ。それにしても、よりによって利子にそれ言うのかよと翠は気まずくなった。
「ええ、木に吊るされている人とかいたと伝えたら琴音様を心配なさって手伝ってくれたんですよー」
「そうなの」
「ええ、そうです!」
翠はやけになった大きな声を出した。疲れた。利子は用が終わったと言わんばかりにさささっと琴音の宮に戻って行った。
「何か関係あるのか?」
利子の姿が見えなくなると紫苑が訝しげに聞いてきた。
「何がですか?」
「変な男達と彼女」
翠が弱っているからか、慣れか、何にせよ紫苑は翠の虚言を見抜いたらしい。
「さあ……、知りませんよ」
具合が悪いこともあり翠は雑にとぼけた。
「調べようか?この私が」
こんなくだらないことで梅家の力を見せつける気か?やめてほしいと翠は早々に白旗を上げた。
「……利子さんにしょうもない用事を頼まれたら、変な男達に襲われたんですよ」
「襲われた?」
「未遂ですよ、勝ちましたから……」
「何かあったのか?」
紫苑は心配そうに翠の様子を窺った。正直紫苑のせいだ。利子は紫苑が好きだから、彼の周りをうろちょろしている翠が気に食わないのだろう。だが、そのまま言うのも忍びないと翠は紫苑に気を遣った。
「さあ、私にはよくわかりません」
「……そうか」
紫苑は翠の様子をじっと見つめた。非常に気まずいと翠は身体を横にして布団をいじくりだした。寝る体勢になると眠くなる。寝落ちする前に紫苑に興味本位で一つ聞きたいことがあると翠は口を開いた。
「……紫苑様はさっきの女官の名前はご存知ですか?」
「利子だ。君以外の女官は梅家から琴音様に仕えているから知っている」
「そうですか」
名前は知っていても恋心はしらない、もしくはしらないふりなのだろう。翠はモテるって大変だなと思った。




