20. 時には荒療治もありよりのあり
夏真っ盛りの時期、思っていた通り弓道場は涼しいと翠はくつろいでいた。日陰で風通しがいい。今日は紫苑も保名もいないため翠はあまり気を張っていない。すると、暑苦しい男がやってきた。
「翠、ちょっと聞いてほしいことがある」
あつい男、元晴が開口一番神妙な面持ちで言った。
「なに?」
あれから、翠は元晴にかるーく打ち解け、堅苦しい口調は取っ払っていた。
「その、……好きな人に何をあげればいいと思う?」
この人、筋肉と強さ以外に興味があったのかと翠は驚いた。
「さ~あ、紫苑様か保名様とか聞けば?」
「聞いたが、自分で考えろと言われた……」
「私もそー思うよ」
元晴がたらい回しにされている気がすると翠は感じた。それにしても、保名はまだしも紫苑も雑な対応するのは珍しいなと感じた。
「……何かあげたいものとかは?」
仕方ない、話ぐらいは聞くか、暇だしと翠はうっかり思ってしまった。
「えっと……」
元晴は大きな体を縮こまらせてもじもじした。
「ないならあげる必要ないよ」
翠は深くため息をついた。
「あの……、簪を」
「いいじゃん」
あげたいものが決まっているならば早く行動するのみと翠はせっついた。
「だが、恥ずかしい。気まずい……」
翠は恥ずかしがっている方が逆に恥ずかしいよと呆れた。
「……最近、王宮で氷とか冷えた果物が流行っている。それもあげてみれば?」
元晴が柄にもなくもじもじしており、事が進まないと判断した翠は真面目に提案をした。実用品と本命の抱き合わせはいいと佐知子が言っていた気がすると古い記憶を引っ張り出した。
「それはいい!ありがとう」
緊張をやや滲ませた笑みで元晴は意気揚々と帰って行った。
次の日、練習が終わってから弓道場の片づけをしているところにしょげ気味の元晴がやってきた。
「翠、勘違いされてしまった」
「何の話?」
翠は昨日の元晴の話はすっかり忘れていた。もう終わった話だと思っていたからだ。
「昨日、簪を渡したら、誰か気になる人でもできたのかと言われたのだ……」
「……どういうこと?」
なぜ、思い人に物をあげると他の女云々の話になるのだと翠は困惑した。どんな女よと翠は元晴の趣味を疑った。
「一応妻なのだ」
「へ、へぇ……、最初に言ってほしかったなー」
なぜ妻にあげるではなく好きな人と言ったのだと翠は摩訶不思議に感じた。一応ってことは夫婦仲は拗れてるということかと翠は面倒事の匂いを感じ取った。どーりで、保名たちが親身にならないわけだ。
「急に渡したら後ろ暗いことでもあるんじゃないかって思われるに決まってるよね」
「だが、あげたくなったのだ」
大きい身体で元晴はいじいじし始めた。翠は不愉快な気持ちが腹から湧き上がってきた。
「それで、説明してほしい」
「何を?」
「そんな人はいないと説明してくれ!頼む!」
「嫌すぎる」
面倒が過ぎると翠は空を仰いだ。お空綺麗。翠は断る理由を懸命に探した。
「琴音様の許可はもらっておいた」
「はぁ?どうやって?」
断る理由の最有力候補が消された。
「赤珊瑚で手を打っていただいた」
琴音に売られたのか、物々交換かと翠は悲しくなった。赤珊瑚って高価なのかな、できたら高く売ってほしいものだ。
「この時間じゃちょっと遅くない?」
現在時刻は六時過ぎ、今からどこかに行くというのはどうだろうかと翠は肩をすくめた。
「私の家はここからすぐだから平気だ!」
そういえば、元晴は名家の嫡男だった。葵家の若様となると、王宮近くに屋敷があるのは当然か、このボンボンがよッ!と翠は喚き散らしたくなった。そうして、翠は元晴に押し切られる形で、彼の屋敷に連れて行かれた。
翠が元晴に連れられて、元晴邸に着くと、小柄な女性が出迎えてくれた。彼女は翠の方に気がつくと、咎めるように眉間にしわがきゅっと寄った。
「熙子殿、違うのだ……」
元晴は浮気を咎められた夫の情けな~い定番の台詞を言った。熙子、彼女が元晴の妻なのだろう。後宮にいる女性のような派手さや華やかさはないが、小さくてかわいらしい雰囲気で人の好さそうな感じがある。そんな人にあんな険しい顔をさせるなと翠は元晴に呆れた。
「元晴様、わたくしは他の女性を作ることに反対はしておりませんのよ」
熙子は固い声で言い放った。ほら話がややこしくなったと翠は片眉を上げた。
「翠とはそのような関係ではないのだ」
「翠?」
もっと誤解を広げるのか、さすがにやばいと思った翠は焦った。元晴の愛人なんて片時も思われたくなかった。
「二人でお話ししてもいいですか?」
「……わかった」
元晴は翠のお前は出てけ、ややこしいという圧に屈し、渋々退散した。そして、応接間に案内された翠は誤解を解くために口を開いた。
「改めまして、私は翠と申します。陛下の妃・琴音様の護衛をしております。私は先日、元晴様の意中の人に簪をお贈りしたいという相談に乗っただけです。断じて、元晴様と男女の仲ではありません」
翠は懇切丁寧に説明した。これで信じてくれれば話が早いんだがと相手の様子を伺った。
「そうですの」
その「そうですの」は疑っている奴だ。翠は元晴がなんかしたのかと疑念を抱いた。これは根本原因がそこそこ昔にある感じだと翠はうんざりした。
「熙子様、どうしてそのように元晴様をお疑いになるのでしょうか。あの方は過去に何か過ちを犯したのですか?」
「いいえ!そのようなことは……」
「申し訳ありません。私は噂や事情に疎いのです。もしよろしければお二人の馴れ初めからお話ししてくださいませんか?」
無知で世間の事情に疎い者というような邪気のない笑顔を翠は浮かべた。熙子は翠の本当に何も知らない様子に先ほどまでの警戒心が少し緩んだ。
「本当は元晴様とわたくしは夫婦になるはずではなかったのです」
熙子は言葉を選びながら話し始めた。
「と言いますと?」
「わたくしの姉が元晴様の婚約者でした。……お恥ずかしいことですが、直前になって姉が嫌だとわがままを申したのです」
「他にお好きな方でもできたのですか?」
「……梅家の紫苑様をお好きになってしまったようで」
あはははは、罪な男だと大爆笑しそうになったが、翠は辛うじて抑え込んだ。熙子がせっかく話してくれているのだ、話の腰は折りたくない。
「両親は姉に甘いので、代わりに妹のわたくしが元晴様と結婚をしました。……家同士のつながりがあればよかったのでしょう」
いろいろ大変だったのだなぁ、話してくれてありがとうと翠は思った。
「なるほど……、それで、あなたは元晴様のことはどう思っていらっしゃる?」
二人の確執はわかった。それを踏まえて本人の気持ちはどうなのかと一番肝要なことを翠は問うた。
「え、その……」
熙子はおろおろと目を泳がせた。ここは押すしかないと思った翠は畳みかけるように同じことを繰り返した。
「お二人の事情はわかりました。それで、熙子様は元晴様のことをどう感じていらっしゃるのですか?」
「ひ、一目見たときから……」
熙子はじわじわと顔が赤くなり、ついには首まで赤くなった。
「ちなみに結婚して何年程になりますか?」
「五年になります」
五年は長いよ、それは凝り固まるなと翠は目が遠くなった。
「その間にご自分の思いをお伝えになったことは?」
「き、緊張してしまって……」
恥ずかしさからか、熙子は真っ赤な顔を手で覆ってしまった。
「元晴様は私に好きな人に簪をさしあげたいとおっしゃっていました。そのお相手はあなたですね?」
「たしかに、簪はいただきました。で、でも、違うかもしれません。わたくしなんて……」
姉の代わりかもしれない、見劣りするかもしれないなどいろいろ感じるところがあるのだろう。翠にとってはどうでもいいことだ。
「一度くらいお気持ちを伝えてみてはいかがですか?」
「え?」
「私に騙されたと思ってね。袖にされたら愚痴くらい聞きますよ」
翠はさも簡単なことように提案した。事実、自分の想いを口にすることは簡単である。相手に嫌われないか、不快にさせないか、今までの関係が無くなってしまわないかなど考えてしまうため、困難になってしまうのだ。翠はその困難さが軽減されるよう支えにはなると優しく寄り添った。熙子は翠の提案を聞くと、顎に手を置いて熟考した。
「そうですわね、一度くらいは……」
熙子は翠に背を押されて覚悟を決めたようだった。
「まずは、簪のお礼に何か元晴様に差し上げます」
「いいですね」
「何を贈りましょう。翠さんどう思って?」
「私に元晴様がほしいものはわかりませんよ」
「あっ、瑠璃の耳飾りはどうかしら?元晴様の瞳の色なの!」
「はあ、……いいんじゃないですか」
あんたがあげたいものあげてくれと翠は頬を赤らめている熙子を見つめた。コレで終われるはずだ、円満解決と翠は思った。
後日、紫苑と保名が忙しく、代わりに元晴が翠の弓を指導のために弓道場にやってきた。
「翠、聞いてくれ」
「なに?」
熙子から贈り物をもらった報告かなと翠は思った。
「熙子殿から耳飾りもらったんだが、これなどういう意味だろうか」
「もっさんはどう思ったの?」
「……今までの贈り物の清算みたいな」
「清算?」
思いもよらない返答だと翠は困惑した。
「これで貸し借りはなしみたいな」
「……ふーん」
「だって、私に似合うのか?紫苑の方が似合いそうだ……」
元晴はずーんと地の底まで落ち込み始めた。翠は紫苑はあの顔の美で何でも似合うように見えるだけだから気にしない方がいいよと心の中で忠告した。
「他に好きな人がいるのやも……。私にはもったいない方だもの」
元晴は大きい身体を縮こまらせてうじうじ、うじうじした。鬱陶しい、何がだものだ、贈り物くらい素直に受け取れと翠は暴れ出しそうになったが、寸前のところで思い止まった。その代わりに、そういえばと翠は良いことを思いついた。
「……もっさんにこれをあげるよ」
翠は自分の荷物から袋を取り、元晴に差し出した。袋の中には粉状のナニカが入っていた。
「それは何だ?」
「これを一気に飲み干した後、最初に見られた相手が自分に惚れる、そんな薬だよ」
つまり、元晴がこれを飲んで最初に熙子に見られれば彼女は元晴に惚れるという代物である。
「何でそんなものを……」
「実は、陛下が琴音様を振り向かせたいと言っていたから作ってみたんだ」
「だが……」
要は惚れ薬ってことだろう?と元晴は使用に躊躇している。
「でも、相手にひとかけらも自分に対して気持ちがないと使えない粗悪品だよ。それでもいいなら、ぜひ使ってほしい」
「……本当にいいのか?」
元晴は翠の手から袋を受け取った。
「また作ればいいだけだからね」
翠は心底優し気に笑った。
「ありがとう!恩に着る」
「健闘を祈っているよ」
もうこれでおしまいにしてほしいと翠は切に願った。
次の日、弓道場で紫苑の教えを受けているところに暑苦しい男がやって来た。
「翠、昨日はありがとう!おかげで助かった」
「それはよかったね」
「だが、あれは……、不味すぎる!!」
「そう」
元晴の様子を見て概ね作戦通りにいったのではないかと翠は感じた。
「何があったんだ?」
紫苑は翠と元晴が以前に刀の試合をしていたこともあり、不審そうに問いただしてきた。
「夫婦関係の橋渡しですよ」
翠はそこそこ面倒だったと遠い目をした。
「どうやったんだ?」
紫苑が興味深そうに聞いてきた。元晴と熙子の不仲に一役買っていたこともあって、心配や負い目があったのだろう。
「それは……」
元晴は言い淀んだ。やはり惚れ薬では決まりが悪いらしい。
「もっさんに吐きたいくらいまずいものを一気飲みさせて、奥方に心配させるというアクシデントを仕掛けただけですよ」
「え?」
元晴は目をガバッと開眼させ、口をあんぐり開けた。
「もっさん、あれは実際惚れ薬ではないから、安心してほしい。体に害はない」
「たしかに、どこかおかしいとは思ったのだ。……騙したのか?」
「人聞きが悪いよ。でも、結果オーライでしょ?」
「……まあ、そうだな。うん」
元晴は顔を赤らめた。どうやら思った以上の結果が得られたらしい。
「結局、元晴に何を飲ませたんだ?」
「主に、粉末にしたイモリの黒焼きです」
手持ちにあってよかった~と翠は笑った。




