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19. ぶぶ漬けでもどうどす?

 梅雨が終わり、夏がやってきた。翠は暑すぎるとぐだっていた。やはり、黒い服を着ているからこんなに暑いのだろうかと翠は毎年自問自答している。脱黒服を図ろうと思っても、やっぱり黒はいいんだよなぁ、汚れは目立たないし、好みの色だし、持っている服だいたい黒いし、汚れは分かりにくいしと毎年踏み止まっている。

「翠、氷持ってきて」

「はい」

 ここしばらく、琴音は赤い団扇で始終仰がれていた。汗ひとつ見せずに涼しげな顔をしているが、肩を出した薄着を身につけており、きっと耐えがたいほど暑いのだろう。翠は言われた通りに炎天下の中、えっちらほっちら氷をもらいに行った。

「氷と果物です」

 翠はついでに冷えた果物も貰ってきた。氷だけではなく、果物も置いておくことで色鮮やかでいいだろう。王宮の人にとって風鈴の音も涼し気と感じるならば、色鮮やかな果物も乙なものと思いそうだと翠は考えたのだ。

「冷たいわね……」

 琴音は翠が持ってきた茘枝(レイシ)を一つつまんで口に入れた。どうやらお気に召したらしい。

「やあ」

 この宮にやあって来れる奴なんてと翠が驚いて振り向くと、眩いほどの金髪が目に入った。服もキンキラキンで目が痛い。

「……陛下、ご機嫌よう」

 琴音は心底嫌そうな表情をひた隠しにしてにっこりと笑った。翠は初めて会った時の琴音の顔を思い出した。

「翠!」

 琴音は翠を勢いよく呼びつけた。

「はい!」

 つられて翠も同じように大きな声を返した。

「わたくし、具合が悪くなったから奥で休むわ」

「え?」

 琴音は宣言通り、奥の寝室に引っ込んだ。王様のことよろしくってこと?そんなことある?と翠は久しぶりに強烈な無茶振りを食らった。油断していた。

「……陛下、生憎琴音様は暑さで体調を崩されたようです。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 翠は琴音は何事もなかったように国王に応対した。

「琴音の様子を見に来たんだ」

「左様ですか。ですが、琴音様は生憎具合が悪いようでして……」

 生憎琴音は体調が悪くなったエンドレスでいこうと翠は苦肉の策を打ち出した。

「……もうよい」

 陛下はどかっと椅子に座ると、勝手に冷えている葡萄を一粒食べ出した。もうよいなら帰ってほしいと翠は頭を抱えた。

「いいな、これほしい」

「後で運ばせましょう」

 陛下のお付きの者が恭しく返事をした。何くつろいでんだ、帰れ、居つくなと翠は頭が痛くなった。

「お前、槙子のところで会った以来だな、翠といったか」

「覚えていただき光栄です」

 なぜ覚えているのだろうかと翠は不思議に思った。さらっと帰って印象薄なはずなのにと首を傾げた。

「それに、八重の一件でも活躍していたそうだな。紫苑から聞いている」

 あの野郎、面倒なことを……と翠は暴れ出したくなった。出世欲とは無縁の翠には王様の覚えめでたいことで特に利点は発生しない。それどころか、目を付けられて面倒事が増えそうだと翠はげんなりした。

「琴音はどうだ?近頃は落ち着いているらしいな」

「本日は気分が優れないようですが、変わりなくお過ごしのようです」

 翠は早く帰れ忙しいだろうという気持ちでいっぱいだった。

「そうか。……なぜ、朕はあそこまで嫌われておると思う?」

「何分、新参者でして、私にはわかりません」

 知るか、早く帰ってくれと翠は口から出そうになった。

「だが、琴音の信頼が篤いようだ。思っていることを言ってみよ、許す。朕も美人に袖にされ続け早九年。ちと困っているのだ」

 九年は長いね、かわいそうぐすんとは思ったが、それはそれとして帰ってほしいと翠は切に願った。

「いつ頃からあのようなご様子でしょうか?」

 早く帰ってほしい。翠は適当に答えるために情報を集めた。

「最初からだ」

 早く帰ってほしいため、翠は暑さで茹だった頭をフル回転させた。可能性としては、生理的に無理、胸に秘めた人がいる、他には何があるだろうか。当たり障りのない理由でいきたい。

「緊張なされているのかもしれません。琴音様は非常に人見知りですので……」

 嘘ではないはずだ。人見知りというよりも人嫌いの方が正確かもしれないと翠はみている。

「それで九年も朕は素っ気なくされているのか……。お前は半年足らずで信頼されているのに?」

 王様は拗ねたように恨みがましい目を翠に向けた。心底面倒だなと翠はいつも死んでいる目から更に気力が削られた。どんよりしている。

「……陛下が御命令なされば琴音様も折れると思います」

「はぁ……、朕を何だと思っているのやら」

 帰ると王様は言って出て行った。やっとのことだった。翠はあーあよかったと安堵した。あの男は琴音の言いなりにならない美人という点に興味を惹かれているのだろう。だから、命令すればいいのにと提案すると、そういうんじゃないんだよな、小娘にはわからんかというような反応をして、萎えて退散するだろうと思ったのだ。

 ちなみに、翠は嘘はついていない。真実、国王が琴音を欲しいと言えばそれでおしまいという呆気ない話なのだ。彼が命令すれば、この国の者は誰であろうと、従わなければならない。琴音様であろうと、たとえ死ねと命じられてもだ。だからこそ、琴音は国王を毛嫌いしているのかもしれない。己が絶対に服従しなければならない相手、誰の自由も財産も全てが手の中。人のかたちをした災害だ。近寄りたくない気持ちは大いに解る。

 だが、それにしても、九年あっても変わらんもんかねと翠は琴音の頑なさに疑問を抱いた。













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