18. 気が合いますね
今日も今日とて雨が降りそうだと翠はどんよりした雲を眺めた。雨だと外仕事が捗らず、ここ最近は大人しく宮の建物内でボーっとしていた。ちなみに、翠が外でフラフラしているときは、何かしらの仕事をしているよう見えるが、実はサボ……、息抜きをしているだけである。
「翠、琴音様がよく散歩をするところに蛇がいないか確認して来てほしいそうよ」
利子が空を見上げて暇そうな翠に声をかけてきた。
「何かあったんですか?」
「あれ以来、琴音様は蛇のことがどうやら心配のようなの」
ふーんと翠は最近琴音は雨だから散歩していないのになと違和感を感じたが、息抜きも兼ねて利子の言われた通りに見回りをすることにした。
それから、琴音の散歩コースを一通り見たが、蛇も蜘蛛も見当たらない。もう少し、奥の方も念のため見るかと翠は人気のない場所に足を踏み入れた。
「この女だな」
すると、男一に声を掛けられた。誰あなた?と翠は思った。
「デカくないか?」
続いて、男二に声を掛けられた。百七十四センチメートルありますからね、大きい方ではないでしょうかと目線が近い男たちを見た。
「まあ、顔はいいんじゃないか」
そして、男三に声を掛けられた。値踏みなんぞして何様だと腹立たしく感じた。
「悪く思うなよ」
最後に、男四に声を掛けられた。あんたらも悪く思うなよと翠は心の中で忠告した。
そんなこんなで四人の男たちに翠は襲われたが、首にチョップ、鼻にパンチ、お腹にキック、そして、華麗な背負い投げでフィニッシュを決めた。圧勝である。翠は一応縛ろうと手持ちの縄と男たちの服を利用して、彼らが自由に動けないようにした。木に吊るしたり、多様な縛り方を試してみたりと意匠を凝らした。ここに翠の遊び心を止める人間はいなかった。
人気のないところに誘い込み、男四人を使って翠を強姦させる。これが利子の目的だったのだろうか。だとすれば、何と陰湿で悍ましいやり方だ。そんなに拗らせているようには見えなかったのだがと翠は不思議そうだ。紫苑とよく弓道場にいると有名になっているらしいし、それが気に障ったのだろうか。まあいいや、それならば、蛇は見る必要ないなと翠はその場を後にして、利子について考えることをやめた。よく解らないことを考え込んだって仕方ないと翠は思っている。
琴音の宮に帰る途中、ある女官がキョロキョロしている姿は見えた。服装から見て、厨房付近で働いている子だろう。
「大丈夫?」
翠は優し気に声を掛けた。暇だし、さっきちょっと暴力しちゃったし、ここらで善い事しとこうかなという気まぐれを起こしたのだ。
「その……」
翠より幼そうな子が果物を抱えて困り果てていた。王宮で働く人間は十七歳以上という決まりがあるが、正直年齢詐称をしてもバレないのが現状だ。
「なに?」
「……これ読めますか?」
王宮で働く者の中には読み書きができない人間がそれなりにいる。
「妃の凛様宛のグレープフルーツ、とあるよ」
「ありがとうございます!」
明るくて素直な子だと翠は好感を抱いた。
「そのお方はどこに……」
「場所わかるから一緒に行こうか」
「ありがとうございます!!」
翠は成長していた。ある程度、妃の名前やどこで暮らしているかがわかるようになっていた。凛は葵家に近い家の出で、晶とは姉妹のように仲がいいらしい。雨のため、外でフラフラせずに引きこもっていろいろな人の世間話に付き合った甲斐があったと翠は胸を張った。
「お届けに参りました」
「ありがとう」
二人は無事に凛の宮に辿り着いた。一緒に入ってください初めてなんですようとせがまれたため、翠も一緒に中に入り、グレープフルーツを渡した。凛はゆったりとした格好でくつろいでいた。物腰の柔らかそうな雰囲気である。もしかして八重のように高飛車・高慢・女官いびりの常習犯の方が珍しいのかと翠は思った。
「あら、翠。ご機嫌よう」
凛の隣の椅子に大きくて青い人、晶が座っていた。
「晶様、ご機嫌麗しゅうございます」
晶は凛と茶をしばいていた。姉妹のように仲がいいとは本当のことだったらしい。
「どうしてあなたがここに?」
晶がにっこり張り詰めた笑顔で翠に問いかけた。なぜ琴音の手の者が?と警戒している。厳戒態勢じゃん、無用だからやめてくれと翠は困った。
「この女官とはちょっとした知り合いでして、ちょうど手が空いておりましたので手伝っていただけです。晶様はあれからお変わりはありませんか?」
「ええ、蜘蛛はいなくてよ」
八重もいないねと翠は心の中で相槌を打った。
「ねえ、もしかして、琴音様が何か探ろうとなさっているの?」
何もない腹を探ろうとするな!と翠は暴れ出したくなった。多分、琴音はじめじめしてうんざりってことしか頭にないと思うよと翠は喚き出したくなった。翠は腹を探られることが嫌いなのだ。
「いいえ、そのようなことは決してありません」
「そう」
信じてくれた?ダメそう?と晶の様子を翠は注意深く窺った。どうやら、今回は証拠不十分で追及はやめてくれるようだ。
「そういえば、弟が迷惑をかけたようね。元晴は強い人を見るとうずうずしてしまうの、ごめんなさいね」
本当にいくつになっても困った子と晶は姉の表情になった。お姉様はもっさんと呼ばないんですねと翠は思った。
「いえ、迷惑なんてとんでもありません。勉強になりました。失礼いたします」
翠は長居は無用とばかりにその場を立ち去った。
「えっと、あなたは……?」
一緒に来た女官が不思議そうに問いかけてきた。この子の存在を忘れかけていたと翠は申し訳なく思った。
「琴音様の護衛をしているんだ」
「琴音様って……」
女官はサッと顔を蒼ざめ、おろおろし出した。彼女は琴音様は知っているらしい。人材の墓場の噂は健在だろうかと翠は懐かしく思った。
「あの、こんなことお願いしてごめんなさい!!」
翠は平謝りされた。謝られたくてやったことじゃないんだよなと翠は身勝手なことを考えた。
「暇だったから大丈夫だよ」
「で、でも……」
「そういえば、グレープフルーツ、まだある?」
「は、はい!凛様が近頃よくお召し上がりになるので……」
「へえ……」
誰が何をよく食べるとかあまり言わない方がいい気がするよと翠は心配になった。
「一つ持って帰りたいからちょっと口利いてくれない?」
「は、はい!おいしい奴持ってきますね!!」
じめじめしているし、琴音様はすっきりするものが食べたいだろうと翠は勝手に考えた。それに、この女官に借りがあることでびくつかれたら困る。仕事の手伝いとグレープフルーツで等価交換ということにしてほしい。こっちは今善行タイムなんだ。
「いろいろありがとうございました」
「こちらこそ助かったよ、ありがとう」
翠は人当たりのいい笑顔で幼げな女官と別れた。
翠はずっしりと重いグレープフルーツを琴音の宮に持って帰り、そういえばと利子に話しかけに行った。
「戻りましたよ、利子さん」
「み、翠……」
利子は幽霊でも現れたかのようにぎょっとした。
「琴音様の散歩コースに蛇はいませんでしたよ」
「そう、なの……」
「でも、変な男達がいました。ので、縛って転がしときました。彼らの身元調べますか?」
翠は常と変わらない穏やかに、業務連絡でもするように利子に微笑んだ。
「……私の方でなんとかしておくわ」
「そうですか。では、お願いします」
冷や汗が出ていそうな利子に向かって翠はにっこりと笑いかけた。これでしばらく変なことは慎んでほしいものだ。
翠は利子に頼み事終わりましたからねとにこやかに報告を終えると、色鮮やかで丸みを帯びたグレープフルーツを持って琴音のところに向かった。
「琴音様ー、グレープフルーツいただいてきました。その、旬ではないみたいですけれど……」
「……爽やかなものが食べたかったのよ」
琴音は驚いたように目を少し見開いた後、嬉しそうに笑った。
「それはよかったです」
ちょうど欲していたようだと翠は偶然ではあっても、望みに応えられたことを嬉しく感じた。
「では、剥きますね」
「半分に切って……、剥く?」
「剥かないんですか?」
既に、グレープフルーツに翠の親指がめり込んでいる。
「……手で?」
「ちゃんと洗いましたから、大丈夫ですよ」
翠は混乱している琴音をよそに、グレープフルーツをめりめり剥き始めた。そして、丁寧に薄皮を剥いたグレープフルーツを一房、琴音に渡した。
「どうですか?」
「……もう一つ頂戴」
「はい」
翠は琴音のお気に召したようで何よりだと喜んだ。




