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15. バーサーカーは突然に

 雨がしとしと降っている。琴音の花壇では紫陽花が色とりどりに咲いている。琴音曰く、紫陽花は土壌が酸性なら青、アルカリ性なら赤い花を咲かせるらしい。彼女は壁や家具、服などは赤にこだわっているが、花の色はそうでもないようだ。季節に応じて色とりどりの花が咲き誇っている。

 雨が多いと壁の掃除に関して全くやる気がわかない。梅雨が明けたら外壁の塗りなおしをしようとも思ったが、翠は暑さが嫌いである。まあ、優先順位はあまり高くない仕事のため、秋になったらでいいかと後回しにした。それにしても、弓の練習のいいところはあまり天候に左右されないことだ。雨が降っていても弓を引くことはできる。矢の羽が濡れて手入れが億劫にはなるが、できるにはできる。風が強い日は矢が風に流れてしまうことがあるので、あまりよろしくはないが……、やればできる!それにしても、あの弓道場は日陰にあって夏でも涼しそうだ、最高。このように翠は一日中脈絡ないことをつらつらと考えていた。至って平和で気の抜けた日だった。それから、いつものように、翠は弓道場に行くと、見慣れない男が扉の前に立っていた。平和とはいえない日になるかもしれないと翠は嫌な予感がした。とりあえず、知らない人であるため、翠は知らんぷりを決め込もうとした。恐らく、きっと、紫苑に用があるのだろう、たぶん。

「君が翠か?」

「……そうです」

 最近、なぜ知りもしない奴が私の名前を知っているんだと翠は不快に思った。

「何かご用ですか?」

 話しかけてきた男は手入れの行き届いた水色の髪に身なりのいい格好をしている。ということは、身分が高い人間なのだろう。翠は機嫌の悪さを雨のせいにして、テキトーににこやかに応対した。

「私と勝負してほしいのだ」

 何の?何で?と翠は頭の中がはてなマークだらけになった。

「……どちら様ですか?」

 そして、そもそも誰だ?という疑問が翠の中で解消されていない。翠は相手が誰かわからないと話が頭に入ってこないのだ。見た目から、服の上からわかるしっかりとした筋肉、腰の刀から見てエリート武官だろう。他に特徴として、極太眉毛、糸目、大柄が挙げられる。

「私は葵家の元晴(もとはる)だ。自己紹介が遅れて失礼した」

「葵家というと……」

「妃の晶様は私の姉だ」

 ありがとう、わかりやすいと翠は端的で丁寧な自己紹介に感謝し、元晴に好印象すら抱いた。それにしても、あまり似ていない姉弟だ。同じところは髪の色と胸囲のインパクトくらいである。

「ぜひ、もっさんと呼んでくれ!」

「恐れ多いので結構です」

 翠の中で先程の好印象は無かったことになった。馴れ馴れしいと翠は心の中で距離をとった。このように、敬語じゃなくていいよとかさん付けなんてしなくていいよとか言う奴を翠は信用していないのだ。

「紫苑様にご用ですか?」

 翠は先ほど元晴が言った勝負なんちゃらは聞かなかったことにしていた。

「君に用があるんだ。私と勝負してくれ」

「嫌ですよ」

 翠はきっぱりと断った。目上の人との勝負事はあまり好きではないのだ。勝っても負けてもいいことがない。

「刀で勝負だ!してくれたら、何か一つ何でもしてあげよう」

「……なんでも?」

「ああ、何でも、だ」

 葵家の坊ちゃんの何でもは結構すごいよなと翠は俄然やる気になった。

「勝っても負けても引き分けでもですよね」

「そうだ!」

 元気のいい返事である。とても清々しい人間で翠は好感が持てるなと思った。

「竹刀ですよね」

「当然。真剣勝負の方がいいか?」

「まさか」

 翠は殺し合いでもないのに真剣を持ち出す人間が嫌いなのだ。真剣は殺しの道具、無闇に持ち出すな馬鹿というお気持ちだ。

「その前に一つお聞きしても?」

「ん?」

「なぜ、元晴様は私と刀で勝負したいのですか?」

「もっさんで構わん」

 元晴のしつこさに翠は呆れた。先程の好感が一気に萎んだ。

()()()

 翠は強い意志で元晴様と呼んだ。

「……それはな、養成所の最終試験を見たからだ」

 元晴は翠の頑なな様子にもっさん呼びを諦めた。

「私は強者と闘いたい。あの時の君からは紛れもない強者の匂いがした」

「……お人違いではありませんか?」

 強者だからと言われるとプレッシャーが凄まじい。たしかに、翠にはあの養成所において一番強かったのは私だという自覚はあった。しかし、自身を強者とは微塵も思っていないため、誰かと間違えられたかなという一抹の不安が生まれた。

「いや、君だ。あの目とあの気迫は凄まじいものがあった」

 しみじみと元晴は頷いた。

「ご期待に添えなくてもいいんですよね」

「そんなことはないと思うがな!」

 では、話し合い成立とばかりに元晴は翠を別の道場に連れて行った。

 

 それからしばらくして、紫苑と保名が弓道場にやって来た。

「翠はいないようだぞ」

 人気のない弓道場を保名は見回した。

「珍しいな」

「いつも先にいるのか」

「必ずいる」

 随分信頼しているようだと保名は邪推した。

「どうする?」

「探しに行って来る」

 紫苑は間髪入れずに即答した。翠に何かあったのではないかと心配そうである。

「ふふふ、では、俺はここに残ろうか」

 ただ遅れているだけの可能性もあると保名は弓道場で待つことにした。それにしても、随分目をかけているなと保名はニヤリと上品に笑った。




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