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13. 雨 × 人混み → 鬱屈

 紫苑の様子から、井戸の女官が誰だかまだわからないようである。行方知らずの女官は見当たらず、数日あれば人一人の死をごまかすことも可能なようだ。後宮が怖すぎる!と暗い気持ちになった翠は心が洗われるものを見ようと、花壇に行った。雨が降っているから水やりはいいだろうと思いながら、花壇に向かうと、白くて甘い匂いのする花が咲き始めていた。これは何だろうと翠は琴音に聞こうと思ったが、あの人は朝から忙しそうに着飾っていたのだ。たしか、今日は国王誕生パーティー後宮編があるらしい。大変なことだ。今日はお留守番かなと翠はお花を見ながらのほほんとした。

「翠、何しているの?」

 赤く華やかに着飾った琴音が翠に声を掛けた。

「お花が咲きましたよ、これは何ですか?」

梔子(くちなし)よ……」

「きれいですね」

 何だかんだ言って律儀に答えてくれるんだよなと琴音の妙な生真面目さに翠は感心した。

「そんなことより、陛下の誕生会に行くから準備なさい」

「え?」

 寝耳に水であると翠は一瞬フリーズした。

「わたくしにもう一回同じことを言わせるの?」

「いいえ、滅相もないです。この格好でいいですか?」

「どうしてよいと思って?あなたの部屋に一式置かせたから、それを着てちょうだい」

 そう言うと琴音は忙しそうに立ち去った。翠は新手の無茶振りが始まったのかなという悟りの境地に立った。そして、自室に戻ってみると、見覚えのない黒い服と靴が机の上に置かれていた。赤い鳥?の柄が印象的だ。それにしても、明らかに生地がいい、触り心地がダンチと翠は撫でまわした。新しい衣服前にした喜びもそこそこに、翠は手早く身に着け、琴音のもとに向かった。いくら急いでも遅いと言われるが、心の中でなる早ですけどねと言い訳できるため、翠は素早く行動するように心がけている。

「遅い」

 琴音の隣には利子がそっと控えていた。

「すみません」

 翠はでも頑張りましたしと心の中で開き直った。

「それ、……悪くないわね」

 琴音は言葉を選ぶように言った。たいていはスパッと言い切っているため、非常に珍しいことである。

「ありがとうございます」

 翠はよくわからないが、変な着方にはなっていないようだと安心した。さすがの翠にも裏表左右逆だと嫌だなという恥くらいはある。

 それから、琴音や利子がどこかに移動を始めたため、ボーっとついていくと華やかな人がたくさんいる場所に着いた。その中には、晶、優華、槙子、八重と見たことのある顔ぶれがあった。

「ご機嫌よう、槙子さん」

「晶さん、お久しぶりですね」

「ええ、おほほほ」

「おほほほほ」

 何だこの空虚な会話は……と翠は空恐ろしくなった。表立ってドロドロバチバチはしない理性が二人にはあるようだが、蜘蛛の件があるからか、晶側はちょっとピリついているなと翠は思った。一方、八重は人懐こそうな優華に話しかけられ、社交的な笑みを浮かべている。優華の傍に美登がそっと控えている。いやはや人が多いと翠はげんなりしていたところ、琴音は誰とも話をしたくないようで、さっさと席に向かっていた。これだよこれと謎の感動を翠は抱いた。それにしても、みんな何か持っている。王様の誕生日だから、当然贈り物を持ってきているのかと翠は頭の中で納得した。

「琴音様は何を贈られるんですか?」

「これよ」

 琴音は利子が持っている物を指差した。布をどかしてちらっと見てみると、キンキラキンの仏像が出てきた。よく見ると三十七と彫られている。王様の年齢だろうか。翠にとって仏像とは地味で祈るためだけの物であったため、金ピカやムキムキの物は新鮮だった。仏像って奥が深いな~と翠は新しい扉を開いた。

「そういえば、この服はいただいてもいいんですか?」

「……気に入ったのかしら?」

「ええ、こんなに素晴らしい服は着たことがありませんよ」

 柄の良し悪しはよくわからないが、翠には着心地の好みくらいはある。動きやすく、肌触りもよい。その点においても、この服は最高である。しかも、翠の好きな黒で構成されている。ぜひほしいと翠にしては珍しく息巻いていた。ちなみに、緑色は翠が緑着ていると笑えるとのことであまり好きではないらしい。

「いいわ、それはあなたにあげる。それにしても……、本当に黒がよく似合うわね」

「ありがとうございます」

 琴音はムッとしたように言った。なぜかは翠にはよくわからないが、何にせよ、この服は翠にくれるらしい。とても嬉しいことだ。では、自由に動いちゃおと翠は気分が上がっている。

「ちょっと外を見てきますね」

「……すぐに帰ってきなさい」

 翠は見回りという建前で周囲の確認に向かった。雨が降っているため、外廊下には人があまりいない。息抜きにはちょうどいい。だが、一人の女官が人目を避けるようにどこかに向かった姿が見えた。

「翠、どこに行くの?」

 後ろから、優華の護衛、美登に話しかけられた。追い掛けてきたのかな、なぜ?面倒だと翠は思った。

「……お便所だよ」

 嘘である。翠はテキトーなことをほざいただけだ。

「……いつもそうよね。人の多いところは苦手なのかしら」

 いつもとは養成所にいたころからという意味だろうか。たしかに、翠は人が密集したところを避けている節があった。喧しいところより静かなところが好きだっただけで、特に他意はない。そして、その人だかりの真ん中にいたのは美登だった。

「あなたは戻った方がいいんじゃない?優華様が心配しているはずだよ」

「あなたこそ」

「私はいいんだよ」

 翠は美登の言葉を遮って、有無を言わせないように言い放った。にんまり笑った翠を前に美登は唇をわなつかせている。怯えているのか、可哀想にと翠は他人事のように思った。

「え、ええ、そうね……。私は主のところに戻るわ!」

 美登はそう言い捨てると優華のところに戻って行った。では、仕切り直して不審な女官を追いましょうと翠は足早に先程女官がいた方に向かった。美登のせいで見失ってしまったが、そう遠くには行っていないはずだ。多分、こっちと翠は勘も交えて進んでいくと、妃の食事が用意されている厨房に辿り着いた。







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