12. 人でなしに真っ当さは救いであり罰
蛇を食べ終わり、人心地ついた後、他に何かいないか探すために翠と紫苑は藪の中を歩いた。
「そういえば、あっちの方に車井戸がありますよ」
「そうなのか、随分詳しいのだな」
「近くに琴音様の散歩コースがあるんですよ」
「君は見かけによらずマメだな」
紫苑の本心からぽろっと漏れ出た言葉のように聞こえた。尚のこと失礼だなと翠は軽く流した。
「人は見かけが全てではありませんよ」
「……ああ」
人は外見が全てではないとは言うものの、かなりの割合を占めている。翠の場合は、ほとんど第一印象、つまりは見た目でこの人いいな、嫌だないうことをを割り振っている。服、顔、髪型、話し方、表情、雰囲気などを判断材料にしており、外見に比重を置いている。
「人は見た目ではないのだ」
だから、紫苑が翠の言葉を満足そうに繰り返す様を見て、ちょっと違う感じで伝わったかもなと心配になった。それにしても、紫苑はその美貌と生真面目な資質で善いことも悪いこともあったのだろうと翠は所詮他人事ではあるが、思いを馳せた。
二人は長い間使われていない車井戸の様子を見に行った。翠は先陣を切って井戸の中をのぞいた。
「どうだ?」
「……蛇と蜘蛛はいませんねぇ」
翠は井戸の中を興味深そうに眺めていた。そして、頬に手を置いてあっちゃ~みたいな顔をしている。
「では、何だ?」
紫苑も翠の様子に釣られて井戸の中を覗いてみた。
「……人だな」
「みたいですねー」
「引き上げよう」
近くにあった縄や滑車を利用して人、女官の遺体を井戸の中から引き上げた。
「顔が潰されている」
随分ひどい状態だと翠は思った。明らかに顔面の損傷が激しすぎる。井戸に落ちた衝撃によるものではないだろう。誰かが意図的に顔なし死体にしたのだ。人でなしの所業である。
「これではどこの誰かわかりませんね」
衣服からそこらの下っ端ではないこと、腰に刀はなく、身体つきからみて武官ではないことから、どこかの妃の世話をしている女官だろうと翠はあたりを付けた。王宮の人間は働いている場所で衣服が明らかに異なるのだ。腐敗臭はあまりキツくはないため、死後数日なのだろうか。翠はあまり死体に詳しくはない。ぱっと見で分かることはこんなものかと観察を終え、紫苑の様子を見た。
「……行方知れずの妃付き女官の話は聞かないな」
「私も知りませんよ」
紫苑も大方同じようなことを考えているらしい。翠は女官の衣服をごそごそ漁った。懐にも袖口にも不自然なほどに何も入っていない。身元の特定はできなさそうだ。
「ん?」
「どうした?」
「これを見てください」
翠は女官の右手首を紫苑に見せた。毛糸で編まれた腕紐の下に、何かに噛まれた跡がある。
「……君はもう戻った方がいい」
紫苑は一気に顔を険しくした。関係者以外立ち入り禁止ですか、誰がいろいろ見つけたと思ってんだかと翠は不満気である。しかし、紫苑の頑なな様子からどう頑張ってもダメそうだと翠は素直に引き下がった。
「彼女はどうします?」
「遺体安置室に運んでおく。誰だかわかるまではそこに……」
「腐りますよー」
身も蓋もない翠の言い方に紫苑は眉を寄せて渋い顔をした。
「……そうなる前に火葬するが、なるべく身元がわかってからの方が、弔う時によいだろう」
「そうですか」
翠はさっさと火葬してしまえばいいのにと感じたが、紫苑の綺麗な瞳を見ていたらそのようなことはとても言えなかった。
翠は大人しくその場を後にした。状況から見るに、恐らく、あの女官は数日前、マムシに噛まれて死んだ。そして、顔を潰されて古井戸に投げ込まれた。顔を潰した理由はどこの誰だか知られたくなかったから、マムシとの関わりをなかったことにしたかったからだろう。あの女官の死体を遺棄し、この辺りにマムシを放した人達はもしかしたらタランチュラの件にも関わっているかもしれない。あの女官が仕えている人間がわかれば犯人もおのずと判明しそうではあるが、数日あれば女官一人の存在なんぞいろいろ改竄可能だろう。あな、恐ろしや。
何はともあれ、まずは琴音に事と次第を報告しようと翠は思った。
「というわけで、琴音様の散歩コース付近に毒蛇がいました」
「どういうわけよ……!!!」
琴音は蛇という単語に反応して、可哀想なくらい震え出した。
「どうしたんですか?」
「わたくし、蛇が大嫌いなのよ……」
「見つけたものは殺しましたよ。一先ず大丈夫です」
「そう、よかった……!」
琴音はほっと息を吐いて胸をなでおろした。
「そういえば、蜘蛛もお嫌いですか」
「何?好きではないけれど……」
蛇よりはマシなのか、あの細長くてにょろにょろした感じが嫌いなのかなと翠は思った。
「あと、古井戸で女官が発見されました」
「発見?」
「亡くなっていました。顔の損傷が激しくて、身元がわからないそうですよ」
「なんてこと……」
翠は琴音の瞳に亡くなった女官の死を悼む情を汲み取った。
「あと」
「まだ何かあるの?」
これ以上恐ろしい報告があるの?と琴音はキッと身構えた。
「外壁の塗りなおしをしてもいいですか?」
「……好きになさい!」
何があっても変わらない翠に呆れて、琴音は奥の部屋に引っ込んだ。




