11. 百聞は一見に如かず
翠は琴音の狭い行動範囲に何かいないか、見回りに出かけた。聞いた話によると、晶の宮に毒蜘蛛は計三匹ほどいたらしい。ちなみに、翠がなぜあの蜘蛛について、タランチュラだとか、この辺の種ではないとかについて知っていたかというと、街で珍味としてタランチュラが売られていたからだ。好奇心旺盛な翠はなんでもよく食べる。タランチュラ、なかなかおいしいのだ。
翠は最初に宮外の琴音の散歩コース付近にある草藪を確認しに行った。普段は見ない、石の裏や藪の中に目を凝らした。
「紐……?」
すると、まだら模様の紐状の物体が、違います、蛇ですというように、にょろにょろ動き出した。あれはマムシだ、しかも二匹いると翠は腰の刀を構えた。
というわけで、今日はマムシの醤油焼きを食べようと翠は火を起こし始めた。そして、首を斬ったマムシの皮を剥ぎ、内臓を抜いて、手持ちの串に刺し、マイ醤油でこんがりよく焼いた。無駄に手際がよい。香ばしい匂いがとてもおいしそうと翠は満足そうだ。
「何をしているんだ……?」
「紫苑様」
火を起こしていたため、もしかしたら誰か来るかもしれないと思っていたが、よりにもよって紫苑かよと翠はげんなりした。こういうときに融通が利かなそうなのだ。なんとか共犯にしたいなと翠は企んだ。
「それはどうしたんだ?」
なんだその目はくすねてないぞ、ないはずだ、恐らく……。その辺にいた蛇を焼いただけであり、勘違いで紫苑に怒られるのは嫌だと翠は困った。
「王宮の人は蛇を食べるんですか?」
「いや、食さないが……」
「じゃあ、くすねてませんね」
「なっ……、それは、まさか」
紫苑はこれが魚か何かと思っていたのだろうか、違うのだよと翠はにんまりした。
「獲りたてほやほやの蛇ですよ」
「……そう、か」
「食べます?」
「い、いらない」
紫苑は翠がバリバリ食べている様を興味深そうにチラチラ見ていた。
「えぇ、いいんですかぁー、パリパリで白身の魚みたいにおいしいのに……」
翠はもう一匹あるのになぁと紫苑に見せつけた。
「……一口だけいいか」
「一口と言わず、一匹いいですよ」
翠は紫苑に串に刺さった蛇を手渡した。美味しいと見せつけたら、乗せられて食べてしまうのは梅家の血筋故か?と翠は微笑ましく思った。
「ん……、んん……、うぅ」
紫苑は何やら蛇を食べることに抵抗があるようだ。口を開いては閉じ、また開くという動作を繰り返している。
「ほら、早く食べてください。はい、いっき、いっき」
「やめてくれ、……食べる、食べるから」
紫苑は翠に急かされ、やっとのことで口に運んだ。はいこれで共犯と翠は心の中でガッツポーズした。
「……意外といけるな」
「それはよかったですー」
この乗せられやすさ、単純さは血筋だなと翠は謎の確信が芽生えた。紫苑は猫舌のようで、ゆっくり蛇を美味しそうに食べている。こんなお上品そうな奴に蛇を初めて食べさせる行為は新雪を踏むような独特の快感があった。翠は物珍しいものを見るように紫苑を眺めていると、そういえばと、彼は口を開いた。
「晶様が犯人探しに躍起になっている」
藪から棒に何だと翠は片眉を上げた。たしか、あそこはタランチュラが見つかっていて、何かとてんやわんやしているのだろう。
「そうですか、見つかりそうですか」
「いいや、心当たりはあるか?」
「ありません。うちじゃないですよ、多分」
うちとは琴音や翠という限られた範囲であり、それ以外は翠にはわからない。梅家に関係している者が犯人かもしれない。利子や八重などがやっていたとしても翠にはわからない。翠にわかることは、自分はやっていないことと主人は何も指示していないことだけである。
「……晶様は槙子様をお疑いのようだ」
「それは、また何でですか?」
「槙子様の次に陛下が寵愛されておられるのは晶様なのだ。槙子様は三人の御子を産んでおられるが、晶様も王女の母。槙子様より晶様の方が身分が上ということもあって、王妃の地位を二人は水面下で争っておられる」
「王妃様いないんですねー」
なるほど、二人はドロドロバチバチなのねと翠は納得した。そして、琴音はその争いの蚊帳の外、新入りの優華は争いに未だ参戦せずということなのねと戦況をざっと整理した。
「そうやって、晶様に不信感を抱かせるのが目的かもしれませんよ」
「そうだな」
二人が争って潰しあっているところを狙う第三勢力ということも考えられる。漁夫の利はおいしすぎる。紫苑もそこのところは想定内のようだ。さすが、頭もキレる。
「……紫苑様は随分と後宮事情に詳しいんですねぇ」
翠が情報に疎すぎることも事実ではあるが、晶が蜘蛛の件に関して槙子を疑っていることは最新すぎる情報だ。なぜ、それを紫苑が知っているのだと翠は不思議に思った。
「……実は陛下から様子を見るように言われているのだ」
「へぇ、それはまた大変ですね」
王様はたかが、後宮の争いと軽く見るタイプではないようだ。それにしても、早いうちから大事にしすぎでは?と翠は疑問に思った。
「陛下は妃同士の争いが大嫌いなのだ」
紫苑は眉間に皺を寄せた。翠もムッと片眉を上げた。
「特に、不要な争いによって御子が死ぬことを嫌悪しておられる」
不要ねぇと翠は不愉快な気持ちになった。そんなに嫌ならば、後宮をなくせばいいじゃない、そもそも国王のためにあるものなんだぞと思った。後宮は国王の世継ぎや政治と密接に関連しているシステムであるため、簡単にいく話ではないのかもしれないが、後宮の争い、女の争いをくだらない、煩わしいと思っていることが透けて見える。嗚呼、腹立たしい。まあ、私にはカンケーのないことだと翠は自身を落ち着かせた。無関係なことを不用意に熱くなっても仕方がない。
「……それにしても、晶様のところには毒蜘蛛、琴音様の近くには毒蛇がいるなんて、物騒ですね」
「え、どくへび……?」
「アレ?言ってませんでしたっけ?これマムシですよ」
「聞いてない……」
「食べても平気ですから、安心してください」
「それでも、その……、先に言ってほしかった……」
紫苑は食べ終わって何もついていない串を恨めしそうに見つめた。繊細な人だなあと翠は思った。