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プロローグ 始まりの朝①


 吉田琴音(よしだことね)幼馴染(おさななじみ)だけど、ただの幼馴染じゃない。僕にとっては大切な人だ。

 しかし彼女にとっての僕はというと、ただの知人に過ぎないだろう。


 でも今、その関係は終わりを迎える。


 何年も前から僕は、走り込みを続けていた。そのランニングコースの途中にある公園。僕にとっては大切な公園だ。

 しかしこの公園にとっての僕はというと、たくさん訪れる人達の中の、ただの一人に過ぎないだろう。


 でもそこに彼女――吉田琴音が居たらどうだ。この公園だって、こんな可愛い女の子が居たら嬉しいに違いない。

 そしてこの瞬間、少なくともこの町内でもっとも舞い上がっているのがこの僕だ。


 数分前に公園のベンチでたたずむ彼女の後ろ姿を見つけ、あまりの衝撃に僕は立ち尽くしている。

 だって毎朝のランニングを始めてからというもの、ただの一度だって彼女がここに居たことなんてなかったのだから。


 ランニングで荒くなっていた僕の呼吸は、既に整いつつある。だけど、今度は彼女がそこにいたという事実に対する驚きと興奮で呼吸が乱れ始めた。

 

 僕らの通う高校の制服に身を包んだ、ポニーテールの女子生徒。なぜこんな朝早くに吉田さんがこの公園に居るのかはわからない。

 けれどそれが本当に彼女かどうかなんて、たとえ後ろ姿であっても僕には分かる。

 

 そもそも僕が見間違えるはずなんてないけど、その長い髪を結ぶヘアゴムのデザインが、彼女が吉田琴音であることを裏付けている。

 

 陸上部のエースにして成績優秀スポーツ万能、飾らない性格でいつもクラスの輪の中心。そんな彼女に似つかわしくない安っぽさで、水色のト音記号をあしらったデザインのヘアゴム。僕の知る限り、彼女は小学生の頃から同じヘアゴムを使用していた。

 

 琴音という彼女の名前から、そのデザインを気に入っているのかもしれない。


 

 僕は自分の、桐島詩音(きりしましおん)という名前が嫌いだった。

 「女みてーな名前」といじめられる原因にもなったし、実際自分でもしっくりきていなかった。でもこの詩音という名前のおかげで、彼女は僕を認識してくれた。

 そんな見返りだけで僕は、この名前に感謝してしまっている。


 琴音と詩音。

 これはもう、結ばれる運命に違いない!


「よ、吉田さん!」

 

 僕はいても立ってもいられず、とうとう彼女に声をかけた。

 

「はい!?」

 

 突然背後から話しかけられた形になった彼女は勢いよくベンチから立ち上がり、驚いた様子でこちらを振り返る。


「え、詩音くん!?」

 

 そう言いながら、彼女は少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに笑った。

 

「ご、ごめん驚かせて」

「ううん。こんな朝早くにどうしたの? あ、ランニング?」

 

 全身黒のウェアに身を包み、フードを被れば変質者にしか見えないだろう僕の格好を見て、ランニング中だと察してくれた。


「うん。小学生の頃からの日課で」

「え、そんな前から? だからそんなにスリムになったんだ」

「あの頃はデブだったからね」

 

 小学生の頃の僕は、まぁそこそこ太っていた。いや、クラスで一番デブだった。おまけに空気も読めない構ってちゃん、加えて女の子みたいな名前だったから、いじめっ子に目を付けられてしまったというわけだ。


「アハハ、でもぽっちゃりなのもカワイかったけどな〜」

「!」

 

 か、可愛い? 可愛いって言ったか!?

 くそ、長年の努力で体型だけは女子が好む細マッチョに仕上がったというのに! こんな事ならぽっちゃりを維持しておくんだった!

 ……いや真に受けるな、社交辞令的なヤツに決まってる。吉田さんは俺とは大違いのコミュ強の陽キャで、気も遣える良い子なんだから。


 そんな風にあれやこれやと考えを巡らせる僕のことを知ってか知らずか。

 彼女は「あ」と言って、何かに思い当たった様子で僕の方を真っ直ぐに見つめてくる。

 

 僕の背後からちょうど昇り始めた朝日が彼女をより輝かせ、神々しさすら感じさせる。その両眼をしっかりと見返すことができず、僕は少し視線を外してしまった。


「詩音くん、高校に入ってすぐ同じクラスになったのに、全然話しかけてくれなかったよね。なんで?」

 

 純粋に疑問だと言わんばかりに、小首をかしげて僕の返事を待つ吉田さん。

 そんなの、僕が意識しちゃってるからに決まってるだろ!とは言えず。


「それは、その……」

「……嫌われちゃったのかと思って」

「そんなわけない!」


 彼女は元々大きな目をさらに見開いていた。突然強い口調で否定した事で驚かせてしまった。「ごめん、つい」と僕は謝る。

 

「じゃあどうして?」


 彼女の眼には、魔力が宿っている。

 だって、その両眼に射抜かれた僕は、既に自分がコントロールできなくなっているのだから。


 どちらにせよ、この日が来たら言うつもりだったんだ。

 言おう。言ってしまえ!

 


「僕は……


 僕は、ずっと君が好きだったんだ!」



 彼女が発した「へ?」という間の抜けた声と共に、一陣の風が僕たちの間を通り抜けていった。

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