931. 姫は『確かめ合う』そうです
931. 姫は『確かめ合う』そうです
皆が去り、賑やかだった会場周辺は一気に静けさに包まれた。並んで歩き始めると、街灯が長く伸びた影をアスファルトに落とす。夜風は肌を撫で、すっかり秋めいた空気が、夏の終わりの名残を冷たく押し流していくようだった。
道の脇の木々は、街灯の光を浴びて、昼間とは違う、少し深みのある色をしていた。この辺りは銀杏並木が多い。まだ鮮やかな黄色には染まっていないものの、その葉はすでに乾燥し、時折、カサリと音を立てて足元に落ちていた。
オレの胸には、長門さんが何を話したいのだろうかという静かな好奇心があった。食事会での彼女は控えめだったが、その瞳の奥には熱い情熱を秘めているのを知っている。それが仕事のことなのか、それとも、もっと個人的なことなのか。
隣を歩く長門さんは、月明かりと街灯の光を受け、心なしかいつもより緊張しているように見えた。そのわずかな挙動の一つ一つに、オレは意識を集中させる。ただ送るだけ、という状況ではないことはわかっていた。
この短い帰り道が、彼女にとって、そしてオレにとっても、何か大切なものを確かめ合う時間になるような、そんな予感がしていた。
静かに歩く二人の間を、風が通り過ぎる。その風は、どこか遠くの季節の匂いを運んでいるように感じる。
「あの、マネージャーさん」
「ん?」
オレが応じると、長門さんは一つ息を吸って、ようやく話し始めた。その声は、秋の夜の静寂によく響いた。
「改めて、今日はありがとうございました。食事会……とても楽しかったです」
「いや、オレも誘われた側だから。色々話したいことあったと思うんだけど、ごめんねマネージャーのオレが居て」
「いえ……私は……マネージャーさんが来るって知って……嬉しかったです」
「え?」
彼女の口から出た予想外の言葉に、オレは思わず立ち止まった。彼女もつられて足を止める。長門さんは顔を伏せ、少し照れたように小声で続けた。
「あの……。デビューして、もう二ヶ月が経つんですよね」
「そうだね。あっという間だね」
「はい。その二ヶ月間、ずっと……側にいて、支えてくださって、本当にありがとうございます」
長門さんの声には、心の底からの感謝が滲んでいた。
「オレは、マネージャーとして当然のことをしただけだよ」
「それでも、私にとっては……全然違います。……私、個人勢Vtuberの時は、配信準備から雑務、企画、全部、本当に一人で何もかもやっていたから……」
彼女はそこで言葉を区切り、遠くの暗闇を見つめた。
「だから、CGSでデビューしてFmすたーらいぶに加入して、マネージャーさんがいるということが、どれほど心強いか。スケジュール管理も、企業とのやり取りも、配信環境のトラブルの時も、いつもすぐに助けてくれて。全部一人で抱え込まなくていいんだって、初めて思えました」
その瞳は、熱い感情を湛えていた。
「マネージャーさんの存在が、私にとって、活動を続ける上での大きな柱なんです。もし、マネージャーさんがいなかったら、きっとこんな風に、私……CGSで順調に活動できていなかったと思います」
長門さんの真っ直ぐな感謝の言葉は、オレの胸に深く染み入った。マネージャーとして、彼女の力になれていることを、改めて実感した。
「長門さん……」
二人の間に再び沈黙が訪れる。アスファルトに落ちる足音だけが、カツカツとリズムを刻んでいた。少し進んだところで、長門さんはオレの顔を見上げ、どこか意を決したように声を潜めた。
「あの……さっき、マネージャーさんが来てくれて嬉しかったって言ったのは……本当です」
長門さんは俯き、袖口をきゅっと握りしめた。その仕草に、彼女の緊張が凝縮されているのがわかった。
「……すごく、ホッとしました。マネージャーさんが一緒にいる時が……私……自然でいられるから」
「そっそう?それなら良かった。長門さん……」
「あの!……私……長門美冬です。その……下の……名前で呼んでほしいと思って」
「名前?美冬ちゃんってこと?」
そう言うと、長門さん……美冬ちゃんは大きく縦に頷いた。街灯の下、薄く照らされたその頬は赤く染まり、伏し目がちだが、その瞳の奥には確かな決意の光が宿っているように見えた。
オレは、予想外の展開に一瞬言葉を失い、喉がひりつくのを感じた。マネージャーとライバー、という一線を越えるような、あまりにもパーソナルな願いだったからだ。しかし、彼女の震える声と、袖口を握りしめる手の仕草が、その要望がどれほど勇気のいる告白であったかを物語っていた。
「美冬ちゃん」
オレが試しにその名前を口にすると、彼女はぴくりと反応し、まるで魔法の言葉を聞いたかのように、ふわりと小さな笑みを浮かべた。その表情は、仕事での凛とした姿からは想像もできないほど、柔らかく、純粋な喜びに満ちていた。
「はい」
「まだデビューしたばかりだ、これからも一緒に頑張ろう」
「……はい、もちろんです。これからも、頑張ります」
そう言って、再び歩き出す。アスファルトの上には、街灯に照らされた二人の影が並んで伸びている。
秋の夜風がそっと吹き抜ける中、オレと美冬ちゃんの間には、マネージャーとライバーという確かな絆と、名前で呼び合うことによって生まれた新しい親密さが混ざり合い、心地よいリズムで仕事の会話が続いていた。
彼女の懸命な努力と、それを支えるオレの存在。その信頼関係が、この夜の静けさの中で、一層強固になっていくのを感じた。
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