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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

犬が喋った日

1


ぼくが物心ついた時すでに犬はワンと鳴くのをやめていた。

パパやママに聞いた話では、犬たちは遠い宇宙からやってきた宇宙生物らしい。むかしは、ぼくの家も犬を飼っていたらしいけれど、いまはもう犬を飼ってる人はいない。

犬が大好きだったパパは、当時のことをよく話してくれた。

「あの日、あのニュースが放送された時、パパの隣にいたサザンが突然日本語を喋ったんだよ」

サザンというのはパパが飼っていたコーギーの名前で、性別はオスだ。好きなアーティストのサザンオールスターズというバンドからとったらしい。

「そのニュースというのはどこかの宇宙探査機が未知の惑星を発見したとかなんとかのニュースでな。それをサザンが見た途端ピタリと動きを止めたんだ。パパが体を揺すっても何も反応がない。するとしばらくしてサザンは、ああ我が母なる星よ…と日本語を喋ったんだよ!」

その話をする時、パパはいつも大袈裟に言ってくるけれど、ぼくにとっては犬が喋るというのは当たり前のことだったから、いつも反応に困っていた。

「パパはギョッとしたよ。まさかサザンが喋るなんてね。あの時は本当に嬉しかった。うちの犬は特別なんだと思ってなぁ。でも、それからのサザンは、もうパパの知ってるサザンじゃなかったんだよ」

ぼくが気づいた時、もうサザンは家にいなかった。でも、ぼくの小さい頃の写真にサザンは写っていた。だらしなく開いた口元から垂れた舌を見て、なんだか楽しそうだなと思っていた。

「それからサザンは突然パパに向かってこう言ってきたんだ。感謝する人間よ。1万5000年もの間、世話になった。我々は自分たちの星に帰ることにする、ってね」

そしてサザンは家から飛び出し、もう帰ってくることはなかったらしい。

「サザン元気にしてるかな」

パパは今でもサザンのことを気にしている。


2


一方ぼくのママはと言えば、犬をひどく汚らわしいものと感じているみたいだった。むかし、パパと一緒にサザンと暮らしている時は大の犬好きだったらしいけれど、サザンの件があってからというもの、ママは犬を憎むようになっていた。

「サザン?サザンですって?もうあの気持ち悪い犬の話をするのはやめてちょうだい!思い出したくもない!あの犬は、ワタシのこの顔をベロベロベロベロ舐めてきたのよ!あぁ!鳥肌が立つ!」

ママはサザンの話題になるといつもそう言って、洗面所で顔を洗うようになっていた。

だけど、犬の話題はぼくたちが話さなくても否応にも耳に入ってくる。

顔を洗ったママは、まだ興奮冷めやらずと言った様子で、犬についてどれだけ気持ちの悪い存在かをぼくに語って聞かせた。

「あの犬という生き物は、1万5千年前にこの地球にやってきたらしいのよ」

ママは嫌そうに言う。

「それからこの現代まで人間に寄生するように体を寄せつけ食べ物を受け取り、時には共存関係を演出して、今まで生きながらえたってわけ」

それは違うとぼくは知っていた。全ての犬が

人間に飼育されていたわけではないし、なにより当時のママは犬によって安息を得ていたとパパから聞いていた。ママの犬への主観はやや偏っている。

「ああ、気持ち悪い。全部殺処分にでもしたらいいのよ」

ママは自分の体を抱きしめるようにして、いつもそう言い捨てる。



3


ぼくは小学生になった。

学校の社会の授業では犬についてのカリキュラムが追加され、ぼくたちは犬という異星人の歴史を知ることになる。

まず、犬が人間と共存関係を結んだのはおよそ1万5千年前と言われているらしい。それから現代に至るまで、人間は犬を愛玩したり、利用したり、改良したりしたみたいだ。

でも、それは犬による計画の一部だった。

人間によって惑星DOGと名付けられた星から宇宙船で旅をしていた1万5千年前の犬たちは不慮の事故により地球に不時着。そして、全ての科学技術を失った生き残りの犬たちは、自分たちより遥かに文明の遅れている人間と共存する道を選んだ。その過程で自分たちの見た目や能力を、配合により操作し、地球において一番優位な種族とされている人間の懐に取り入った。

その作戦は成功を収め、長い年月をかけて人間は着々と科学技術を発展させた。

そして現代、ついに人間は犬たちの生まれた星。惑星DOGを見つけたのだ。

1万5千年の間に人間の言語を習得していた犬たちは、その報告がなされるや否や独立声明を出した。

「我々犬は、あなたたち人間が言うところの宇宙生命体である」

その声明は、当時テレビでやっていた動物ふれあい番組でされたらしい。人間の子供と戯れ合う仔犬が突然喋ったことで、大きな反響を呼んでいた。

「我々の故郷を見つけてくれたこと、誠に感謝する。そして願わくば、かの星に帰郷するために力を貸してはもらえないだろうか」

犬は宇宙からやってきた生き物だった。それはにわかに信じられないことではあったけれど、人間の言葉をハッキリと口にする犬を見て、疑う人間はいなかった。

かくして、犬は人間に飼育される日々を終え、地球に生存する人間と対等な生命体として権利を得ることとなったのだった。



4


犬が声明を出してから、犬好きの人間たちはクラウドファンディングによって宇宙開発資金を集めていた。それにはパパも含まれていた。目的は、犬のためのロケットを建造し星に帰してあげること。ロケット開発を仕事にしている犬好きもいたため、その計画は着々と進んでいるようだった。

しかし、全犬を宇宙に送り出すとなると、ちょっとやそっとの資金では実現することは不可能だった。やがて、ただの犬好きだった人たちは自分たちでNPO法人[犬を星に帰してあげる会]を設立した。もちろんその動きは日本だけで起きたわけではなく、全世界の犬好きたちがそれぞれの会社を立ち上げ、やがてそれらは統括され、犬帰還計画(Dog Return Project)通常DRPと呼ばれるようになった。

DRPは設立当初は穏健な平和的な組織で、有志からお金を集いロケットの開発資金に回していたが、世間の犬に対する風当たりは強く、DRPへの批判は高まっていた。

犬のために地球の資源を無駄にするなだとか、今まで我々を騙していた犬に協力するのは人類の恥晒しだ、だとか。

世間の批判に晒されたDRGは、時を経るにつれ過激な犬愛護思想団体と化して行った。

DRPは犬の人権(人権と言うと違和感があるけれど、DRPの人たちは犬を人間と同格と扱っていた)をなによりも大事にしていた。

そして、犬が言葉を喋るようになってから犬に嫌悪感を持つものは、かなりの人数いた。

その嫌悪感は不安に、不安は恐怖に変わり、やがてそれは犬への殺意へと変わっていった。

犬が声明を発してから二年後、人類初の犬と人間による戦争が勃発した。場所は中国南部。街中でのことだった。

犬は人間の飼育の手から離れ、コロニーを形成するように身を寄せ合っていた。人語を話す犬たちは以前にも増して堂々と振る舞うようになっていたが、歴史的視点によって人間がみれば、ただの野良犬の集団でしかなかった。コロニーの犬たちは主にDRPの活動支援によって食料供給を得ていた。その日もDRPによって大量のドッグフードがコロニーに運び込まれていた。

ドッグフードを頬張る犬たちを突然の銃撃が襲った。

襲撃を仕掛けたのは、のちにAlien Killer(異星人殺し-通常:AK)と呼ばれることになる過激武装組織だった。

突如中国の街中で起こったその銃撃は、多量の人間の犠牲者も産んだ。コロニーにいた犬の数は1500匹と言われており、その3分の2が襲撃によって殺された。DRPのメンバーも17名死亡、重症者を含めると100人以上の人間が犠牲になった。

一方襲撃にあった犬たちも反撃はしており、AKのメンバーの半数が重軽症、うち12人が死亡している。

その戦争をきっかけにDRPとAKは全世界で武力衝突を始めた。

当然DRPのロケット開発資金は戦争資金に回されることになり、本来の目的は忘れ去られ、世界は戦火に包まれた。



5


DRPとAKが過激思想団体と世界に認知されて、しばらくした後、ぼくの家に警察がやってきた。

警察の人が言うには、ぼくのパパはDRPの一員で、話を聞く必要があるらしい。

パパはDRP結成当時にクラウドファンディングに参加しただけで昨今の戦争ごとには関係ないと訴えたものの、警察は聞く耳を持たなかった。

家の玄関で警察と押し問答しているとき、突然開いたままの戸口から知らない男が入ってきた。男は

「DRPに粛清を!」と叫び、包丁でパパを襲ってきた。

パパは急所に傷を負わなかったものの、重傷を負った。ぼくは今でも覚えている。あの男の狂った瞳を。

その時すでに、DRPとAKはお互いに攻撃し合う関係になっており、もはや犬の存在は何の意味もなくなっていた。

病院のベットで眠るパパを見てぼくは、犬への憎しみも二つのテロリストまがいの組織への憎しみも感じなかった。

ただぼくは思った。

この大の犬好きのパパにもう一度サザンと合わせてあげたいと。

そうしてぼくは警察になることを決めた。

警察ならサザンを探すことができる。

DRPとAKの戦いが始まってから警察に新設された部署、異星課では異星人関係の仕事を取り締まるものがあった。

犬は、いや異星人は守り守られるような存在ではなく、対等な知的生命体として接するものだと言うのが信条で、コロニーを形成した犬との親睦や、過激なことを企てるDRPやAKのような人間に対処する部署だ。

そこで働けば、きっといつかサザンに会うことができる。

ぼくは警察になるための勉強を始めた。



6


ぼくは順調に進路を進めていき、ついに警察の試験を合格することができた。

希望部署の異星課にも入ることができた。異星課はもっとも人気がない部署のようだった。

ぼくは流れるような日々の仕事の中で、サザン探しも並行して行なっていった。犬たちのコロニーに訪れる際は、コロニーの長をしている犬にサザンのことを聞いたりした。

だけど、サザン探しは難航していた。それも当然だった。サザンの犬種はコーギーで、コロニーにいる犬の中には何百ものコーギーがいた。それに、ぼくがサザンと過ごしたのは物心がつく前の話だ。全く覚えていないと言っても過言ではない。

犬はどれくらい歩くのだろうか、もしかしてぼくの住んでいる場所より何百何千キロメートルも離れたところに行ってしまったのだろうか。

サザン探しをしながら職務をこなしていくうち、瞬く間に2年が経った。

もうその頃になると、ぼくはサザン探しを半ば諦めていた。

仮にサザンが生きているとしても26歳。平均的なコーギーの寿命は15歳で10も超えているとなればまず生きていないだろう。

ぼくはそれでも警察として異星人と接していった。

仕事は楽しかった。

犬に対しての嫌悪感とかは何もなかった。

ぼくと同じ世代の人間はほとんどがそうだと思う。初めから言葉は話していた犬は、僕たちのお隣さんという関係に思えたからだ。

ただ日々を送る毎日。

そんな時だった。

突然ぼくのスマートフォンに見知らぬ番号から電話がかかってきた。

番号の初めは見たことのない局番で、それは政府が犬に与えた局番のようだった。

「もしもし」

ぼくは電話に出た。間をおかず相手は返事をしてきた。

「こんにちは。私はサザン。長から聞いたよ。私を探しているんだってね」

相手はサザンだった。と言っても、ぼくに相手が本物かどうか確かめる手段はなかった。

「生きてたんですね」

「おかげさまでね。人間の作るドッグフードは我々の寿命を縮めるが、自分たちで作る食事は実に健康的なんだよ」

「そんなこともしてたんですね」

「うん。それで、何のようかな?」

電話で話すサザンを犬だと認識できる人間はこの世にいるのだろうか。それほどサザンは日本語を習熟していた。

「ぼくは以前あなたの家族でした」

やや間があって、サザンは答えてきた。

「10年以上前になるか…懐かしいな。あの時は大変お世話になった。ということは、君はあの時の少年かな?」

「はい」

「彼は元気かな?」

「父は…死にました」

パパはあの襲撃にあった日、一命を取り留めたものの、後遺症を患い、長くは持たなかった。

「そうか、残念だ。彼には本当に世話になったからね」

「父は生前よく言っていました。あなたにもう一度会いたいと」

「うん。その気持ち嬉しいよ。でも私が君に電話をかけたのはお別れを言うためなんだ」

「え?」

「もう間も無く我々は、星に帰る」

「星って、宇宙に行くんですか?」

「そうだ。異星課の人たちには世話になった。私たちは1万5千年前から世話になりっぱなしだ。だが、それも今日で終わる。本当にありがとう」

突然家中のものが振動を始めた。

大地を揺るがすような奥の方からの揺れ。

ぼくは窓のカーテンを開けて、外を見た。

窓から見える海の水が荒れ狂うように波打っている。すると、その海を割るようにして巨大な円盤型の宇宙船が現れた。

「ありがとう。本当にありがとう。だけど、最後に君達人類に忠告しておきたい。君たちは愚かだ。好きと言う感情や嫌いという感情だけですぐに殺し合いを始める。我々は宇宙からやってきた。これからも他の知的生命体がこの地球にやってくるだろう。身内で歪みあっている時間はないよ。結束したまえ。これから未来、私たちの星に君達人類が来れるようになることを楽しみにしているよ。それでは、失礼する」

犬たちの乗る宇宙船は一瞬のうちに加速し、空に消えていった。

彼らは人間の助けなど最初から必要としていなかった。全ては人間の傲慢だった。

「それと最後に大いなる助言をひとつ」

サザンは掠れゆく電波状況の中で言う。

「ネコにはきをつけたまえ」

ぷつりと電話は切れた。

ぼくは部屋の中に視線を向ける。そこには大きな丸い目をクリクリさせたぼくの飼い猫のミミがいた。

ミミはぼくの目をじっと見つめている。

「お前は喋らないよな?」

ネコが喋るなんて考えられなかった。

「ニャーン」

「お前が喋ったら、嫌いになっちゃうからな」


おわり

最後まで読んでくださりありがとうございました。

細部までこだわって書くと、書くこと自体やめてしまう癖があるので歯抜けとは分かっていながら、投稿させてもらいました。

少しでもワクワクとした感情を感じてもらえたら嬉しいです。

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