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熾天使さんは傍観者  作者: 位名月
境界に立つ
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修学旅行2日目:朝の散歩

ようやく二日目の始まりです。

 …苦しい。何かに口元を押さえつけられている。その感覚は昔由奈さんを背にして黒装束の人物と向き合っていた息苦しい緊張感を思い出させるには十分で、妙に重い体の感覚も相まってだんだん心臓の動きが速くなっていくのがわかった。


 「…!」


 意識が一気に覚醒していく。目を開けたはずなのに不思議と暗いままの視界に混乱しながら最後の記憶を思い出す。


 自由行動を終えてホテルに戻り、夕食を取った後にいつの間にかいなくなっていたゆずを探した。ゆずを見つけた後は班長の会議に参加して入浴を済ませ、由奈さんとメッセージのやり取りをした後は普通に部屋で眠りについたはずだ。


 体の感覚を確かめれば手足は普通に動き、視界が真っ暗なのと呼吸が苦しいことを除けば普通に布団をかぶっている感覚もある。


 「…?」


 拘束されているわけでもないし、一体どういうことだと思いながらも自分の顔に手を当てる。何か袋のようなものを被せられているのかと思ったけど、手に帰ってきた感触は全く別のものだった。


 「…ふぐ(ゆず)ほいえ(どいて)?」


 「にゃ?」


 言葉になっていない声に返事をしたのは、昨日出会った猫の声だった。手に触れたのは自分の顔でも袋のようなものでもなく、柔らかくふわふわのゆずの体の感触だった。


 …思い出した。昨日の夜も結局ゆずは僕から離れないで、枕の横で丸まって眠っていたんだった。多分夜のうちに僕の顔の上に移動したんだろう。


 「よいしょ…っと」


 「にゃ」


 顔の上で寝ぼけているゆずをおろして体を起こす。真っ暗だった視界に一気に入ってきた光に目をくらませながらナノマシンを起動して時間を確認する。


 現在時刻は起きる予定だった30分前で、すでに日は出ているけど同室のみんなもまだ眠っていた。


 「…準備するか」


 「ふにゃ」


 朝から僕を無駄にドキドキさせてくれたゆずはまた僕の布団で丸くなりはじめた。ゆずと違ってすっかり目が覚めてしまった僕は、みんなが起き始める前に朝の支度をしておこうと布団から出る。


 みんなを起こさないようにカバンからタオルを取り出して洗面台に向かう。いつも家でやっていたように顔を洗い、髪を整えて服を着替える。一通り朝の支度が終わったあたりで足元に柔らかい感覚があった。


 「あれ?ゆずも起きちゃった?」


 「にゃ」


 「ゆずも部屋に入れてくれたホテルの人に後でお礼言わなきゃね」


 「にゃ?」


 まだ少しぼーっとしている様子のゆずを抱っこして少し外の空気を吸おうと部屋から出る。他の生徒たちもまだ起きていないようで、ホテルの人達が動く音が遠くから聞こえてくるだけだった。


 静かなホテルの廊下を歩いてロビーに向かう。途中で見た部屋では先生達が朝の会議をしていたり、ホテルの人が朝食の準備をしていてくれた。ロビーにつくと誰か先客がいたようだった。


 「あれ?流奈ちゃんに早乙女さんに椿さん、みんなおはよう」


 「葵くん!それにゆずちゃんもおはよう!」


 ロビーにいたのはジャージ姿の班員の3人の姿だった。格好を見るに少し汗ばんでいて、僕よりもさらに早く起きていただろうことがわかる。


 「みんな揃ってどうしたの?」


 「私たちさっきまでクラブの…練習が……い、急いでるからまた後で〜!」


 「え?ご、ごめんね呼び止めちゃって〜!」


 少し言葉を交わしたところで3人の顔色が変わり、すごく焦った様子で女子部屋の方に走り去ってしまった。


 どうしたんだろう?クラブの練習って言ってたしまだ何か予定があるのかな?確かあの3人はバレークラブだったと思うけど…。まぁいいか、散歩しよ。


 「みんな旅行先なのに練習なんて大変そうだね〜ゆず〜?」


 「にゃ?」


 ゆずを抱っこして話しかけながら、昨日ゆずを探しに行ったホテルの裏手側の方に向かって散歩する。クラブかぁ…。


 「僕は家の事情でクラブとかはできないし、ちょっと羨ましいかな」


 「…にゃ」


 僕が双葉家の未来の当主だってことがわかってから、色々とおじいちゃんの家で教わらないといけないことが多くなった。学校の後にそのままおじいちゃんの家に向かうことも少なくないし、師匠のところでの修行や対仮想の手伝いで時間がないからクラブに入っている暇はなかった。


 「まぁ、家のことも師匠のことも対仮想のことも…全部やりたくてやってるだけだからいいんだけどね」


 ゆずに言っても意味のある返事はしてくれないとわかっているけど、なんとなく独り言のようにそうこぼす。やりたくてやっているのは間違いないけど、学生のうちにしか出来ないことをやれていないんじゃないかと思う時はある。


 「…そういえば、僕も流奈ちゃん達みたいに体が鈍らないようにしないとなぁ」


 「にゃ?」


 「ん〜?これでも僕結構鍛えてるんだよ?」


 「にゃ〜」


 僕の言葉に興味なさそうにあくびをするゆず。…そうだ、鍛錬も兼ねてちょっとゆずと遊ぶか。昨日覚えた〈浄火〉も練習しよう。


 適当な開けた場所でゆずをおろし、〈浄火〉を込めた小さい火の玉を熱くないように温度調整していくつも作り出す。…そして興味なさそうなゆずの眼前でぴょこぴょこと動かす!


 「…にゃ!?」


 「ふふふ…!」


 少し眠そうにしていたゆずだったけど、目の前で複雑に動き回る火の玉に目が離せなくなり我慢出来ないと言わんばかりに前足を浮かし始める。


 「にゃにゃ!にゃ!」


 「ふふふ、ゆずもかわいいところあるねぇ」


 ゆずが猫パンチでかき消した〈浄火〉を追加で出しながら、〈浄火〉と異能力の制御訓練をする。まだ〈浄火〉に慣れていないからか、ゆずのねこパンチで簡単に火の玉は消えてしまうしゆずの動きは早いので訓練には案外最適だった。


 「にゃにゃにゃ!」


 「ふふふ…」


 今までで一番楽しそうなゆずに癒されながら訓練をして、朝の時間を楽しく過ごして修学旅行の2日目は穏やかに始まっていった。


僕は犬派か猫派かと言われれば猫派です。でも犬も好きです。


閲覧、ブックマーク、評価やいいねして頂けた方、誠にありがとうございます。

感想も励みになっています。誤字報告も助かります。


作者プロフィールにあるTwitterから次話投稿したタイミングでツイートしているので気が向いたらどうぞ…

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