修学旅行1日目:お狐様の気まぐれ
ぼーっとしてたら12時とっくに過ぎてて焦った。
態度が急に変わった佐々木君に困惑しつつも、歩いているうちに最初の目的地の神社に到着する。神社と言ってもここに神様がいるわけではなくて、神様が生まれた土地を神様の使いのお狐様が守っているという場所らしい。
「わぁ…!すごい…!」
大きな鳥居をくぐると、一気に空気が変わった感覚があった。京都の街に入った時のなんとなくゾワゾワする感覚とは違って、何か大きい力に包まれるような感覚だった。
流奈ちゃんの神社の美しさや空気感に圧倒されたような声を聞きながら、僕も不思議な安心感に包まれていた。
「こーゆー木の建物がずっと残ってんのすげぇよなぁ…」
「そうだね…神様の力で龍災も無事に乗り越えたらしいよ?」
「す、すごいね…双葉君物知りだね」
「そんなことないよ、偶然おじいちゃんから聞いたことがあったんだよね」
「そ、そうなんだ…」
…?あれ、佐々木君が元に戻ってる?さっき感じていたゾワゾワもしなくなっていて、いつも通り詰まりながら遠慮がちに話す佐々木君に気づいてまた戸惑ってしまう。
「…(葵君、佐々木君大丈夫かな?)」
「…(やっぱりちょっと変だよね?)」
佐々木君の様子には流奈ちゃんも気づいたようで、こっそりと僕に耳打ちしてくる。とは言え僕らに原因が調べられるわけじゃないし、彼が今おかしいと言えるほど関わってきていないから見守ることしか出来ない。
「二人ともどうしたの?そんなコソコソ話して」
「あぁごめんね椿さん、なんでもないよ」
「…そう?」
すぐにみんなと合流して神社の見学に戻る。神社の中は一般の旅行客の人も多くて、気を抜いたら迷子になってしまいそうなぐらいだった。少し進んだところにお賽銭の列ができていたので、近くの社務所で電子マネーを硬貨に変えてもらってからその列にみんなで加わる。
「お賽銭ってなんで硬貨なんだろうね?」
「なんでだろう?伝統なのかな?」
そんなことを話しながら並んでいるとすぐに僕らの順番が回ってきて、お賽銭を投げ入れてから事前に調べた二礼ニ拍手一礼の作法に習って二回お辞儀をして二回手を打ち鳴らし、みんな揃って手を合わせて目を瞑ってお祈りをする。
そうして最後に一礼をしようと目を開けようとした時、周囲の音が消えていることに気がつく。何かあったのかと目を開けながら周囲を確認すると、さっきまで居た大勢の参拝客が一人もいなくなっていた。
「…え?」
隣で一緒にお祈りをしていたはずの班のみんなもどこかに消えてしまっていて、広い神社の中に完全に僕一人だけの状況になっていた。…まさか仮想体?僕がそんなことを考えた時、頭上から女性の声が響いた。
「カカカ!そんな低俗なモノ、ここには入って来れんわ!」
「!?」
驚いて周囲を見回しても誰もおらず、その場を離れて声のした上を見ると屋根の上から僕を見下ろす女性がいた。その女性は楽しそうな表情でこちらを見下ろしていた。その姿を見て、すぐにこの状況はあの女性が作ったものだと理解する。
「ここはワシが主様に任された土地じゃからのぅ!」
自信に溢れる表情でそう言う和装の美しい女性は九本の尻尾と狐の耳を生やしていて、一目見て人間ではないことがわかってしまう。
「あの…すみません、あなたがみんなをどこかにやったんですか?」
「ふん?そうではないぞ?逆じゃ逆」
「逆…?」
逆というと、この狐の女性に何かをされたのはみんなじゃなくて僕だっていうことか?
「そうじゃ、今はお主の意識だけをここに招いておる。あちらでは一秒も経っとらんから安心せい」
「そうなんですね、ありがとうございます…?」
「カカ!良い良い、お主をここに呼んだのもただの気まぐれのお節介じゃからの!」
狐の女性はからからと笑いながらそう答える。そんな女性を見ていてふと気づいたことがあった。この神社の鳥居をくぐってから感じていた安心感のような感覚が、狐の女性から出ているんだ。そんなことを考えていると狐の女性が楽しそうに口を開く。
「お主をここに呼んだのはの?お主と同行していた者について忠告するためなんじゃよ」
「忠告ですか…?」
「そうじゃ、名は知らんが髪で目を隠した陰気そうなあの童についてじゃ」
「佐々木君ですかね?」
狐の女性が言っているのは明らかに佐々木君のことだった。この神社に来る前から少し様子がおかしかったこともあり、なんだか嫌な予感がする。
「まぁ童の名なんぞに興味はないがの?その童によくないモノが憑いておる」
「佐々木君に!?それって大丈夫なんですか?!」
「落ち着けぃ。今はワシの結界内じゃから問題ないが、外に出ればまたすぐに異変が出始めるじゃろうなぁ」
なんでもないことのように話す狐の女性に頭の中がどんどん混乱していく感覚がある。やっぱり佐々木君の様子がおかしかったのは僕にわからないナニカのせいだったのか…。どうすればいいんだ?こんな人に取り憑くような仮想体なんて遭遇したことも知識としてもないぞ?
「カカ!まぁお主らが気付いていない様子だから教えてやったが、あとはお主でなんとかできるじゃろう?」
「え…?それってどういう…」
「とにかくワシのお節介もここまでじゃ!あとはお主自身でどうとでも出来るじゃろう!」
僕の言葉を遮ってそう告げた狐の女性は、またカカカ!と特徴的な笑い声を上げながら手を叩き…気づくと賽銭箱の前で手を合わせて立っていた。周囲の喧騒も戻って、隣を見ると班のみんなが目を開けたところだった。
混乱しながらもみんなと一緒に最後の一礼をしてその場を離れる。
「みんなは何をお願いしたのー?」
「俺はな!…」
みんなが楽しげに話ながらおみくじ売り場の方に向かっていく後ろ姿を見ながら、僕は佐々木君を見ながら考え込んでしまう。
佐々木君によくないモノが憑いている…。あの狐の女性は僕自身でなんとか出来ると言ってたけど、僕は今まで目に見えないし触れもしない仮想体なんて倒したことないぞ…?
…それでも、みんなでこの修学旅行を楽しむためにも僕がなんとかしないと!
既に硬貨は主流じゃない世界です。
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作者プロフィールにあるTwitterから次話投稿したタイミングでツイートしているので気が向いたらどうぞ…




