変わった日常
入学式が終わり、午前中のみの登校日の今日は生徒たちが浮き足立ちながら帰路についていた。それぞれが友人と遊びの約束を取り付けている中、葵はそそくさと荷物をまとめて一人帰ろうとしていた。そんな葵に遠慮なしに隣から声がかかる。
『アオ〜!今日遊ぼうぜ〜!』
『ケン…学校が終わった途端に元気だねぇ』
『ん?だってしょうがねぇじゃん、つまんねぇんだもん。で?今日は遊べんの?』
『ごめん…今日はちょっと用事があってさ』
『え〜、まじかよ!』
遊びの誘いを断った葵に、ケンはガッカリと言った様子で項垂れた後に『アオがダメならどうすっかなぁ…』と漏らしながらトボトボと教室から出ていく。葵はそんなケンを申し訳なさそうな表情で荷物をまとめながら見送る。
『ごめんね、ケン…』
そんな葵だが、午前中だけの登校日に限らずに友人との遊びを断って帰ることは珍しくなかった。そんな葵に慣れているからこそ、ケンも理由を聞かずに帰っていったのだ。友人の背中を見送った葵は、少し沈んだ気持ちを切り替えるように頬を張って荷物を背負って教室を出る。
葵は正門に向かって元気に駆けながら帰る生徒達の流れからそっと離れ、裏門に向かって歩き出す。人の少ない裏門には、一台の車が停車していた。葵はその車の後部座席に乗り込みながら、運転席に座っていた何年か前からお世話になっている使用人に礼を言う。
『片桐さん、いつもありがとうございます』
『いえ、仕事ですので。葵様こそ、お疲れではないですか?』
『僕は大丈夫ですよ。それじゃあお願いします』
『…かしこまりました、それでは一度ご自宅まで向かいますね』
片桐さんの言葉の後で、ゆっくりと車は動き出す。車に揺られながら、葵は友人と帰宅する同世代の生徒たちを眺めていた。…葵も別にいつもこうして片桐さんに送り迎えしてもらっているわけではなく、その必要があるときだけ片桐さんに迎えにきてもらっているだけなのだ。
そして、今日はその必要がある日だった。理由は、葵の父親の実家…つまり双葉家へ向かう予定になっていたからだった。
一年半ほど前の護衛任務の際に祖父から自分の生まれを知った葵は、徐々に双葉家の将来的な跡取りとしての教育も受け始めるようになっていた。それに付随して専属の使用人がつけられるようになった際に、何故か守宮家の使用人のはずの片桐さんが葵の専属になるという珍事はあったものの特に問題なく片桐さんは葵の使用人として馴染んでいた。
『…葵様、ご自宅に到着しましたよ?』
『え?あぁ、ごめんなさい…少しぼーっとしてました』
『お疲れでしたら、移動中も眠って頂いて構いませんからね?』
『はは…ありがとうございます片桐さん』
家に到着しても心ここにあらずと言った様子の葵に、片桐さんは気遣って優しい言葉をかけてくれる。葵はお礼を言いながら車を出て、内心ではこれ以上心配をかけないようにと気持ちを固めていた。片桐さんはそんな葵の背中を無表情ながらも心配そうに見つめていた。
葵が家の玄関を開けると、家の中からドタドタと音がしてすぐに廊下から一人の子供と蒼が一緒に顔を見せる。父親そっくりの顔を嬉しそうに綻ばせたその子供、つまり葵の弟である凛月はそのまま葵に飛びついてくる。
『にーさん!おかえりー!』
『おっとっと…ただいま凛月、いい子にしてた?』
『うん!』
『そっか、凛月はえらいね。…蒼もただいま』
『わうっ!』
元気一杯の弟と、その弟に振り回されて疲れた様子の蒼を撫でてから抱き止めていた凛月を下ろす。
『凛月、お母さんは?』
『いまね!ごはんつくってるよ!』
『そっか、ありがとうね』
もう一度凛月の頭を撫でてからキッチンにいるであろう母親の元に向かう。自分の後ろを嬉しそうについてくる凛月を微笑ましく思いながらキッチンにたどり着いた葵は、キッチンで料理をしていた母親を見つける。
『ただいまお母さん』
『葵、お帰りなさい!今日はお義父さんの所に行くのよね、すぐ出るのかしら?』
『うん、片桐さんも待たせてるし、着替えたらすぐに出るよ』
『そう、ならこれ持っていって?葵が好きな料理いっぱい詰めたからね!』
『…ありがとう、お母さん』
これから双葉家に向かうことだけ言おうと思って会った母親は、丁度準備が終わった様子の弁当が入った包みを渡してくれる。
ここ数年母親は護衛任務や訓練に加えて双葉家のことなど、危険に近付いていく葵を見て心労が絶えない様子だった。それでも葵本人が全て全力でこなそうとするのを見て、こうして少しでも葵を支えようとサポートしてくれていた。
母親に礼を言った葵は、そのまま自分の部屋に行って着替えを取り出す。それはかつての護衛任務の際に来ていたものを現在のサイズに合わせて作り直したスーツのようなものだ。正装を身に纏った葵は、むしろ男装美人と言った方が良いような外見になる。
そのまま纏めてあった荷物を手に取り、玄関に向かう。玄関で革靴を履いていると、後ろから静かに凛月が近づいてくる。
『…うん?凛月、どうしたの?』
『にーさん、きょうあそべないの…?』
家に帰ってきてすぐに正装で家を出ようとする兄に、凛月は遠慮がちにそう尋ねる。恐らく両親の会話をチラッと聞いて、葵が早く帰ってくることだけ知っていたんだろう。寂しそうにする凛月に、葵は片膝をついて目線を合わせて頭に手を置く。
『ごめんね凛月、お兄ちゃんこれから出かけないといけないんだ』
『…』
『だから、帰ってきたら一緒に遊ぼうね?』
『…うん!やくそくね!』
そうして葵と凛月が小指を絡ませて約束をしていると、キッチンの方から料理を終えたらしい母親がエプロンを外しながら出てくる。母親は二人の様子を見て笑みを浮かべながら、葵のすぐ横に置いてあった荷物と包みを持ちながら凛月に優しく声をかける。
『凛月、お兄ちゃんもう行かなくちゃだからね?』
『…うん、にーさん!やくそくだからね!』
『うん、約束だよ』
『はい葵、気をつけて行ってらっしゃい!』
名残惜しそうに離れた凛月と、そんな凛月に寄り添うように座る蒼。そして荷物を渡してくれる母親に送られて葵は玄関を開ける。
『行ってきます!』
唐突な弟(6歳)の凛月くん。父親譲りの一軒無愛想にも見える顔立ちだが、家族大好きのとても良い子。
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作者プロフィールにあるTwitterから次話投稿したタイミングでツイートしているので気が向いたらどうぞ…




