弟子の奮闘
前回、次は葵視点と言いましたね。あれは嘘です。
師匠視点をお楽しみください。
「おい!葵!居るのか?!生きてんなら返事しろ!」
目の前に広がった青い炎のドームを前に、オレは久しぶりに自分の無力を実感する。葵が仕事を全うするために張ったであろう結界はオレの攻撃にもびくともしない。
「あぁ…くそっ!」
こんなことになるならこっちが片付くまでその場で隠れさせておけばよかったか…いや、今こんなこと言っても何にもならないか。葵は見事に御息女を守ってみせた。それなら今度はオレが葵の保護者としての責任を果たすだけだ。
そうして結界に向けて今出せる最高火力を叩き込もうと異能力を溜めているところで、先ほどまで強固に存在していた炎の結界がひとりでに崩れ始める。
「…!?」
これはどっちだ?敵の無力化に成功したのか、オレの声が届いたのか、それとも…。
最悪の事態を想像したオレの目に入ってきた光景に、一瞬頭の中が真っ白になる。糸の切れた人形のように地面に向かって倒れて行く葵と、その葵から飛び退くように距離をとるダガーを持った黒装束。
「クソがっ!」
先程していた溜めはそのままに全力で地面を蹴る。跳び出た勢いそのままに黒装束に向かって殺すつもりで大鎌を振り抜く…が、大鎌には何の手応えも返ってこない。
「はぁ…失態だ。最悪とは言わないが正直ここまでの事態になるとは考えていなかったよ…」
いつの間にかオレの間合いの外に出ていた黒装束が頭に手を当てながらそう呟く。…今のを避けるのか。葵はこれの相手をオレが来るまでの時間、一人で耐えたのか…?
「オイ!目的を言え!こいつに何をした!?」
「何も出来ていないよ、残念ながらね」
そう言っている黒装束に注意は向けながら葵に目を向ければ、意識は失っているが生きてはいるようだった。…最悪は免れたか。
「それでは失礼させてもらうよ。存在を知られた以上、いずれどこかでまた会うことになるだろうけどね」
そう言ってこの場を離れようとする黒装束に向かって全力で跳躍するが、一瞬で黒装束は姿を消す。
「…」
周囲を見渡しながら気配を探るが、黒装束はすでにオレの感知範囲から逃げ切ったようだった。クソッ!オレが居ながらテロリストを逃すことになるとは…!とはいえまずは葵と御息女を安全な場所に移動してやんねぇとな…。中庭に戻ると、既に他の護衛が葵の治療を始めていた。
「どうだ?」
「守宮様、ひとまず目立った外傷などはないですね。あとは異能で精神攻撃を受けていなければ良いのですが…」
そうか…一先ずは良かった。葵のことは、後は専門家に任せればいいだろう。
「それで、御息女の具合は?」
「はい。混乱はしている様子でしたが、外傷もなく受け答えも出来ていたので特に問題はなさそうでした。念の為救護班を呼んで確認していますが」
「そうか、ならコイツはオレの方で預かる。他は現場の確認を頼んだ」
「「「はいっ!」」」
動き出した一条家の護衛達を確認して葵を抱き上げる。力の抜けた葵の身体は、子供とはいえある程度の重さになってオレの腕にのしかかってくる。これぐらいの重さ、別に何ともないはずなんだがなぁ。
「…重いな」
ぐったりとした葵の息遣いを感じながら部屋へ向かう。部屋の中には片桐が待っていて、ぐったりとした葵をみてすぐに駆け寄ってくる。
「守宮様!葵様の容態は!?」
「落ち着け、目立った外傷はないが目に見えない傷はわからん。救護班に連絡を入れておいてくれ」
オレが部屋のベッドに葵を寝かせているうちに片桐が救護班を呼んで、葵の体を確認していく。…間違いなく格上相手とそこそこの時間戦っていたはずなのに不思議と葵の体に傷はほとんどない。唯一傷らしい傷は首元に一筋だけうっすらと切り傷が入っていた程度で、その傷もこの短い時間で埋まりかけていた。
「よく、耐えたモンだ…」
首に入った傷に指をそわせる。ほぼ埋まりかけているとはいえ、幼い体に刻まれた傷は正確に大きな血管の位置を捉えていてあとほんの数センチ深く切られていれば命はなかっただろうことがわかる。
はぁ…弱ぇなぁ…。
師匠として情けねぇ。オレがしょぼいテロリストに時間をかけている中、弟子は危険を背負って仕事を果たした。…オレが葵を連れてきた以上、葵を守るのもオレの仕事だってのに。
「情けねぇ…」
「守宮様…」
そうして自分で自分を責めていたところに、部屋の扉がノックされる。…呼んでいた救護班か。よし、切り替えろオレ!
「入ってくれ」
「失礼します」
入ってきたのは何度か仕事で顔を合わせたこともある回復系の異能持ちだ。流石の一条家お抱えの救護班だけあって診断も治癒もできる万能型だし信頼もおける。そいつは部屋に入ってすぐ葵の診察を始める。診断を隣で見守ってしばらくすると、救護班のそいつは息をついてこちらに向き直る。
「ふぅ…終わりました。特に肉体にも精神にも問題はなさそうです」
「そうか、ならそのうち起きるんだな?」
「えぇ、おそらく肉体と精神の疲労が限界に達して気絶しただけでしょう。今日中には回復すると思いますよ」
その言葉を聞いてオレも片桐もようやく安心して大きく息を吐く。良かった…これで後遺症でも残っていたら葵の家族に二度と顔向けできないところだった。
「そうか…助かった。もう下がっていいぞ」
「ええ、では失礼します」
出て行った救護班の奴を見送ってからも、オレ達はしばらく葵の様子を見守っていた。いつまでそうしていたかわからないが、そのうちに他の護衛からの連絡で後処理に呼ばれて葵を片桐に任せて後処理に向かった。
葵が目覚めたと片桐から連絡が入ったのは、事件から5時間ほど経った頃だった。
一見強者ポジを崩さないまま去っていった犯罪者くん。さぁて次はいつ出てくるカナー?
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作者プロフィールにあるTwitterから次話投稿したタイミングでツイートしているので気が向いたらどうぞ…




