お嬢様は同い年で護衛対象
『ふぐぅ…!』
葵が信じられないものを見るような目で師匠を見た直後、一切表情を変えないままの師匠に足を踏み抜かれる。鋭い痛みに思わずうめく葵を無視して師匠は一条家の当主に頭を軽く下げる。
『申し訳ありません、私の弟子が失礼を』
『!?』
丁寧な態度の師匠に思わず先ほどよりも大きな反応を見せた葵は、数秒間と同じように足を踏み抜かれる。…痛みは数秒前よりも確実に大きくなっていたが。
『いっ…!!』
『ハハハ、まぁ良いじゃないか』
『一条様がそうおっしゃるのでしたら…(気をつけろよ?)』
一条家当主の言葉にそっと足を外す師匠に、葵は冷や汗をかきながら頷く。そんなやりとりを御当主と奥様は静かに見守っていたが、その影に隠れるようにしていた少女は心配そうな表情で葵を見ていた。
『それで守宮さん、その子は?』
『はい、今回の任務で私のサポートにつく弟子の…おい、挨拶』
そう言った師匠に前に押し出された葵は、記憶の中から3人の名前を引き出しながら姿勢を正す。
『初めまして、今回師匠のサポートとして護衛にあたらせて頂く双葉葵と申します。道也様、真由子様、由奈様、よろしくお願いいたします』
御当主、奥様、お嬢様の順に目を合わせながらいつだかに読んだ本にあった敬語と礼儀を使って挨拶をした葵に、一条夫妻は感心した様子で、お嬢様は影に隠れながらじっと葵を見ていた。
『うん、葵君か。今いくつなんだい?』
『はい、今年で10になりました』
『そうか、それじゃあ娘と同い年だね。娘は人見知りだから葵君のように同じ歳の子が近くにいてくれるとありがたいな』
『っ?!お父様?!』
お嬢様はにこやかに葵に話しかける父親を驚いたように見上げる。恥ずかしそうに隠れていたお嬢様の肩を掴んで前に押し出すと、御当主は自己紹介するように促す。
『ほら、式典中は彼が護衛してくれるんだ。ちゃんと挨拶なさい』
肩を掴まれて葵の前に引っ張り出されたお嬢様は、恥ずかしそうにしながらチラチラと葵の方を見ながら口を開く。
『あぅ…えっと、よろしくお願いします…』
『こちらこそよろしくお願いします、お嬢様』
『うぅ…』
短く挨拶を済ませると恥ずかしそうにまた父親の影に隠れるお嬢様に、御当主は呆れたようにしながら葵に向き直る。
『ともかく、できるだけ娘といてくれると助かるよ。よろしくね、葵君?』
『はい、かしこまりました』
そうして顔合わせが終わったあたりで、近くに控えていた深山さんに移動のため車に乗り込むように言われてそれぞれ乗る予定の車に移動しようとしたところで、御当主に呼び止められる。
『葵君?どこにいくのかな?』
『…?私は師匠と同乗の予定でしたので、そちらに移動を…』
『何を言っているんだ、君には娘といてもらいたいと言ったじゃないか。君はこっちだよ、葵君』
『…ぇ?』
にこやかな表情でそう告げる御当主に葵が困惑しきって返答に困っていると、師匠がそっと耳元に顔を近づけて淡々と告げる。
『御当主直々のご指名だ。行ってこい』
『はいっ!』
師匠は返事をした葵の背中を押し出して一条家の方々と少数の護衛が乗る予定のリムジンへ向かわせる。元から乗る予定だった護衛の方について行こうとすると、また御当主に肩を掴まれてお嬢様の隣へ連行される。
『あの…道也様?』
『さ、あとは若い二人で仲良くしていてよ』
『お父様?!』
困惑する葵とお嬢様をおいてささっと少し離れた所に奥様と座って談笑しだす御当主に呆気に取られていると、お嬢様の方から申し訳なさそうに声がかかる。
『あの…お父様がごめんなさい』
『えっ?…いえ、大丈夫ですよ。護衛ですので近くにいさせていただく方がいざという時に動きやすいですし』
『そうですか?…私と同じ歳なのにすごいですね』
『いえ、好きでやっていることなので』
そうしてやりとりしていくうちになんだかんだで話が弾んでいき、お嬢様の興味はなぜ葵が護衛をしているのかと言うことに向いていた。
『あの…双葉さんはどうして護衛を?』
『葵でいいですよ?護衛に来た理由なら、師匠の仕事を見て学ぶためですね。少し前に師匠から仕事について来ないかと誘われまして』
『じゃあ…葵さん、師匠と言うのはあの守宮さん?』
『はい、私に戦い方を教えてくれている師匠です。数年前に弟子入りして以来時間のある時に見てもらっています』
答えていくたびに葵に憧れのようなものがこもった目線を向けてくるお嬢様に、葵は少し恥ずかしそうにしながら答えていく。
『すごいですね…怖くないんですか?』
『怖い…ですか?』
そこでお嬢様の表情に少し翳りがさす。聞き返した葵にお嬢様はぽつりぽつりと話し始める。
『私も最近武芸のお稽古があるんですけど…どうしても怖くて、頭の中が真っ白になって動けなくなってしまうんです』
『葵さんは私と歳も変わらないのに、怖くないんですか…?』
お嬢様の疑問に、葵は少し考える素振りをして言葉を整理して答える。
『私も、戦うのは怖い…とは思います』
『そうなんですか?』
『はい…ただ、戦うことよりも、何かあった時に大事な人を守れないことの方が怖いんです。お嬢様にもいなくなってほしくない大事な人がいませんか?』
『…います』
何かを思い浮かべながらそう答えたお嬢様に、葵は優しく笑いかけながら続ける。
『私は、そんな人たちを守れるように少しでも強くなりたいんです』
『守れるように…』
そう呟いて考え込むようにして黙るお嬢様を、葵はちゃんと答えられたかと不安そうにしながら笑って続ける。
『とは言っても、私もまだ本当に危ない人と戦ったことはないのでちゃんと動けるかはわからないんですけど』
『…ふふっ、そうなんですね』
『はい、でも何かあったらみなさんを守れるようにがんばりますね』
『はい、お願いします』
そうして話題はお互いの家族の話になっていき、お嬢様の肩の力も抜けてきて楽しく話せるようになっていた。そんな二人を一条夫妻は微笑みながら見守っていた。
お嬢様がやっている武芸の稽古は薙刀です。
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作者プロフィールにあるTwitterから次話投稿したタイミングでツイートしているので気が向いたらどうぞ…




