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熾天使さんは傍観者  作者: 位名月
ふたりの異能
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幕間:少女達の苦悩

ちょっとした箸休めのような何かです。

 とある一般家庭で、少女は湯船に浸かりながら悶々としていた。


 「葵くん…大丈夫かなぁ?」


 誰に言うでもなくそう呟いたのは、西園流奈。自分が口を開いていたことにも気付かないほどに考え込んでいたのは、幼稚園からの幼馴染で、現在のクラスメイトでもある双葉葵のことだった。


 その日の朝、いつもなら余裕を持った時間に登校してくる彼がホームルームのために先生が来ても姿を見せず、真面目な彼を知るクラスメイト達は言葉にせずとも心配していたのだが…先生の言葉で教室に姿を見せた彼は、教室を混沌とさせた。


 いくら元から中性的とはいえ、教室に入ってきた彼の姿は明らかに女性のものだったからだ。それに加えて、元々整った容姿はしていたが女性に代わってしまったという彼の姿は、一種の芸術といっても差し支えないほどに美しいものだったのだから。…それこそ、クラスメイト達の一部は、その女性が元男のクラスメイトだと教えられても頬を赤く染めていたほどに。


 そんな朝の一幕を思い出しながら、浴槽に浸かりながら天井を見つめる彼女は彼について考える。


 彼女の知る彼は、昔から他人に優しく真面目で、彼女の憧れでもあった。誰よりも彼を見つめてきた彼女は知っている。彼が優しすぎるが故に、自分を他人より優先できないことを。彼女は知っている。彼の心が強い故に人に弱みを見せられないことを。彼女は知っている。そんな彼が自分のことを顧みずに必死に何処かを目指していることを。


 「葵くん…」


 今までを知る彼女だからこそ、今日の彼の様子は衝撃だった。


 人に踏み込まず、人に踏み込ませず。弱みを見せず、強みをひけらかさない。そんな彼が余裕のない様子で、心ここに在らずといった様子で過ごしていたのが。


 彼は自分の姿が変わってしまった理由について、「異能が原因」のようなことは言っていたものの、詳しい事情は話さなかった。…彼と親しくしている、自分とよく喧嘩する彼…桂健汰なら何か詳しい話を教えられたのかもしれないが、そのことについて考え出すと不思議とささくれだす心に蓋をするように頭を振って考えを打ち切る。


 「あんな顔、初めて見た…」


 強い彼だからこそ、滅多なことでは弱みを見せない彼だからこそ、きっと彼にしかわからない苦悩があるんだろう。だからこそ、彼が見せた憂い顔が頭の中から離れない。


 「あんな顔…顔…」


 彼女の脳内に鮮明に浮かび上がる女性になった美しい表情が、いつの間にか彼女の顔に血液を集める。


 「…綺麗だったなぁ。はっ?!」


 今度は口からこぼれ出た言葉に気がついたようで、その言葉を必死に否定するように頭をブンブンとふり始める。


 「違う違う…!私は女の子が好きなんじゃなくて葵くんが…って何言ってるの私?!」


 そうして1人で元気に頭を振る彼女の顔は、本人は気づいていないが茹で上がったタコのような色になっていた。


 彼女の思考は、混乱によってか浴槽から立ち上る湯気によってかショートしたように打ち切られ、数分後に母親に発見されて救助されることとなったのだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 場所は変わってとある豪華な邸宅の離れにある道場。そこでは丁度稽古終わりと言った様子で道着を着替えている少女の姿があった。


 「ふぅ…せっかく守宮様に来て頂いたのに、私としたことが…」


 少々落ち込んだ様子の彼女は、一条由奈。暁でも随一の名家の長女である彼女は、幼少の頃から様々な教育を施されてきた。その日は武芸の稽古として、彼女の護衛を務めることもある守宮蓮香という女性に稽古をつけてもらっていたのだが…。


 「『恐れが剣に見える』ですか…」


 守宮蓮香という女性は武において一切の手を抜かない。だからこそ護衛の時のような丁寧な口調は崩さないものの、雇い主の子供であろうがはっきりとした物言いで指導をつける。そのまっすぐな言葉が、彼女の心に深く突き刺さる。


 「葵さん…」


 彼女が思い浮かべるのは、1人の同い年の少年の姿。幼い頃、護衛として出会った少女と見間違うほどの綺麗な少年は、恐怖に震える自分をその身を挺して守ってくれた。


 あの出来事があるまで彼女にとって武芸の稽古というのは、ただ痛い思いをするだけの恐ろしいものという認識だった。だが、あの出来事が…彼の言葉が彼女の認識を変えた。


 『守れないことの方が怖い』


 思い出すのは、彼が照れたように…それでも真剣に心から言った言葉。あの事件から、彼女は武芸の稽古にも積極的に取り組むようになっていた。彼女の年齢からすれば十分な練度に達していると言ってもいいが、それでも心は年相応の少女のままだ。


 またあんなことがあった時、自分は戦えるんだろうか?また守られるだけなんだろうか?


 鍛錬を積むほどに、そんな不安が彼女の心にまとわりつく。彼女自身わかっているのだ。彼女が恐れているのは戦うことではなく、自身の弱さだということを。


 同い年の、仕事でも義務でもなくても命をかけて自分を守ってくれた彼。ただ腰を抜かして彼を危険に晒した自分。消したくても消せない無力感が彼女の心を縛り付ける。


 「どうすれば、あなたのように強くなれるのでしょうか…?」


 そんな呟きが道場の更衣室に虚しく響いて消えていった時、メッセージアプリの通知音が鳴る。表示された名前は『葵さん』。意味もなく慌てた様子でその通知を開く彼女は、表示された文面に顔に喜色を滲ませる。


 『今度の休みに修学旅行のお土産を渡しに行ってもいいですか?』


 少女は少しの間頭を悩ませた後に、意を決したように入力したメッセージを送信する。


 …すぐに帰ってくるメッセージと少しの間やり取りを交わした少女は、先ほどまでの暗い表情からは考えられない軽い足取りで自室へと戻っていくのだった。


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