おかいもの
まだセラス視点です。
……すごく視線を感じる。
「セラスちゃんと居るといつもより見られる気がするわねぇ」
隣を歩く母さんが呑気にそんなことを言っているけど、明らかに周囲の視線が僕ら…というか僕の方に向いていた。
「気がするって言うか見られてるね」
「あらそう?私も現場を離れてしばらく経つし、感覚が鈍ってるのかしら?」
…そういえばこの人も対仮想でトップクラスの実力者だったんだっけ。葵が産まれてからは現場を離れてずっと家に居るから忘れかけていた。
まぁ…ごくごく稀に怒った時の迫力はかなりのものだけど。父さんが昔「久々に命の危険を感じた…」なんて言っていた時は葵の中で爆笑したものだ。
「でもやっぱり、セラスちゃんが綺麗だからみんな見ちゃうのね」
「……」
そう…なんだよなぁ。自意識過剰でも何でもなく、僕の容姿は神が自らの手で作り上げている。そりゃあ普通の世界の中に居れば目立つに決まっているし、目を奪われた人同士がぶつかったりしている現状も全く不自然じゃあない。
ただ、1つ問題なのは…
「やっぱり買ったお洋服を着て正解だったでしょう?」
「ソウダネ」
…僕が女物の服を着ているという事だ。
いや、もうさ?体が女なのはさ?50億年もこの体と付き合ってれば慣れる訳ですよ。ただ、この容姿に過剰に反応するような存在は天界には居なかったし…まともな女物の服を着て歩くのはこれが初めてだし。
こうも視界に映る人間全員に「凄く綺麗な女性を見た」反応をされるのはすごく居たたまれない。
そしてこれだけ目立っていれば当然お近付きになろうと考える者は出てくる訳で…。
「あの…!お姉さん達今ひ…う?!」
「あらぁ?あのお兄さんどうしたのかしら?」
声を掛けてきた者は全員こうしてまともにセリフを発する前に何処かに走り去っていた。
「さぁ?トイレじゃない?」
僕のこの言葉は別に嘘では無い。近づいてきた奴らは全員ちょちょいと全力で尿意を刺激してあげているから、全員必死でトイレに駆け込んでいる事だろう。
…僕も元男だからさぁ、気持ちは分からなくは無いけど普通に気持ち悪いわ。例え顔が良かろうが何だろうが、同性(僕視点)の奴らが下心剥き出しで近寄ってくるのなんて耐えられない。
「それより、次は何買うの?」
「そうねぇ…次はどうしましょうか?ごはんやお風呂は必要ないのよね?」
「うん。そういうのは葵がメインだからね」
「ケア要らずでその髪と肌なのは羨ましいわ…」
まぁ、熾天使なので。葵に合わせて成長はしてるけど、劣化とかそういう概念無いから。天使は基本そうだけど、人間や普通の生物と違って存在するために自分以外の何かを必要とすることは無い。
「お洋服以外で何か欲しいものはある?…あっ!お化粧「いらない」…そう?」
「いらない。必要ない」
「確かにお化粧するのがもったいないぐらいに綺麗だけど…」
母さんは露骨に悲しそうな雰囲気を出してくるけど、これ以上は僕も譲るつもりはないぞ?お?なんだ?神が作った容姿にケチつけんのか?ええんか?
母さんも僕が断固として化粧はしない姿勢でいると、流石に諦めたようだった。
「それじゃあこれからどうしましょうか…?」
僕自身こんなに物が要らないとは思っていなかった。母さんが初めての娘とのショッピングと楽しみにしていた分、洋服だけ買って終了というのも少し可哀想な気がしてくる。
「…本見ていっても良い?」
「…!ええもちろん!それじゃあ行きましょうか?」
「うん、案内お願い」
それから本屋に向かう途中でも、気になった雑貨屋に入ったりスイーツの店に入ったりと何だかんだで一通り満足するまで周り、日が暮れる頃に僕らの両手はまた荷物でふさがれていたのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「「ただいま〜」」
「あぁ、おかえ…り……」「バゥ…」
帰ってきた僕らを父さんと蒼が迎えてくれる。まぁ一目見て僕らの両手いっぱいの荷物に驚いていたけど。
「随分買ったんだな…」
「えぇ、セラスちゃんと色々見ているうちについ買いすぎちゃいまして」
母さんが少し申し訳なさそうにしながらも今日の戦利品を玄関に置いていく。
…蒼?君なんか呆れてない?僕がショッピング楽しんだら悪いか?
「クゥン…」
「む?どうした蒼、眠いのか?」
「それなら今日は僕の部屋で一緒に寝ようか?…ね、蒼もそれがいいよね?」
「……バウ」
僕の言葉に、蒼は僕の部屋の方に行く廊下の前で静かにお座りをした。
やっぱり蒼はいい子でかわいいなぁ。ゆずちゃんみたいに生意気なのも可愛いけど、これぐらい素直なのもやっぱり良いよね!
「それじゃあセラスちゃんも疲れただろうし、今日はもう寝ましょうか」
「そうだな、それがいいだろう。荷物は私が運んでおく」
「え、あぁ…ありがとう?」
父さんと母さんの慣れない言葉をかけられて少し困惑してしまう。「疲れただろう」?休むのを勧められている…?そんなこと言われるの何年ぶりだ…?
僕がそうして困惑しているのも知らず、両親は揃って優しい表情で口を開く。
「それじゃ、おやすみなさい」「おやすみ」
「…うん、おやすみ」
長い間入れ替わっていたからなのか、両親にそう言った辺りから僕の体は数十億年ぶりに眠気に包まれていた。
蒼と一緒にいつも葵が寝ているベッドに入り、体がどこまでも沈みこんでいくような感覚に身を包まれながらなんとか一言だけ口にする。
「…蒼も、おやすみ」
「ワゥ」
……もふもふだぁ
因みにセラスは常にほぼ無意識で体に着いた汚れは落としているので、葵に変わった時に不快感があるとかは一切ないです。




