ポーカーフェイス銀行
「ごめんね。浮気なんて疑って」
「不安にさせた俺が悪い」
「コウ大好き」
「愛してるよ」
俺はリナの額に愛情の証拠を落とす。
「またな」
車に乗り込み次の目的地へ向かう。
夜景の見える公園のベンチで待ち合わせだ。
「レイお待たせ」
「シュン! お仕事お疲れさま」
「ちょっとトラブっちゃって。癒して?」
「待ってて、あったかい飲み物買ってくる!」
楽しい夜だ。
ベンチに腰掛けると、背後から拍手が聞こえてきた。
「お見事」
暗闇の中の人影は、どうしてだか灰色のロングコート以外印象に残らない。
「私ポーカーフェイス銀行渉外員のジェスターと申します」
「は?」
「貴方様に提案がございます。そのポーカーフェイスを我々の銀行に預けていただけないでしょうか?」
無視だ。
「預けていただければお利息をつけてお返しできます。口座開設は無料です。お預かりも、もしものときのご融資も自動ですのでお手間はかかりません」
「帰れ」
「私だって忙しいのです。能無しには話しかけません。でも貴方様は違うでしょう? 選ばれた御人だ」
そのとき、強く風が吹いた。
「ちょっと」
帰ってきたレイと目が合う。
さっきのヤツは消えていた。
「ありがと」
飲み物をもらおうとした俺の手が勢いよく払われる。
「何よこの写真!!」
「え」
レイはリナがSNSにあげた写真を俺に突き付ける。
まずい。
『ご融資しましょうか』
意識が朦朧としてさっき聞いた声が頭に響く。
「あ、ああ」
『契約成立です』
風で木が揺れた。
直後、俺はポーカーフェイスを取り戻した。
「それ、いとこのねーちゃん」
「へ?」
「親同士仲良くてさ。撮れ撮れうるさくて」
「ごめん、お詫びに今度ご馳走させて?」
「誤解が解けたならそれでいいよ」
「大好き」
すげ。効果絶大。
腹の中で大笑いしても全然表情に出ない。
この能力があれば浮気も詐欺も思いのまま。
俺はもっと上にいける。
◆
男はヤクザの若頭まで上り詰めた。
組長の娘との結婚式当日。
組長は男に写真を見せた。
敵対している組の女と、男が腕を組んで歩いている写真だ。
「これは違っ」
「図星だな」
「なんで」
男は叫ぶ。
「ジェスター! どうなってんだ!!」
『湯水の如く使ってきたツケです。返済に首が回らなくなった貴方に貸せるポーカーフェイスはもうありません』
崩れゆく男の顔。
「ああああああ」
響き渡る悲鳴。
『アハハ、と。久しぶりに私も貯めているポーカーフェイスを使いましょう。こんな楽しいこと人間に気づかれては勿体無いですから』
お読みいただきありがとうございました。
ご利用は計画的に。
小説はすべてフィクションです。
実在の人物・団体等とは一切関係ございません。