9、異国の料理
公爵家の屋敷に戻り、ノートに図書室の出来事を記した。
今日は一人で夕食を食べる。書き終えた頃に、メイドが料理を運んでくれた。
窓際に置かれたスモールテーブルに並べると、メイドは後ほど片づけにまいりますと出て行った。
私は席につき、今日の夕食を眺める。
白磁のカップに入った澄んだ野菜スープ。煮詰めた時に腸詰めされたソーセージの表面が裂き割れて、漏れた肉汁が浮いている。メインの平皿には彩りのいい野菜と衣をつけて揚げた肉をさっと炒めてから、トロっとした酢のきいた甘じょっぱい混濁したソースがかけられている。小麦で作った薄い皮で具を包み揚げた一品と一緒に、蒸した柔らかいパンと果物がもう一つの平皿にまとめてのせられていた。ピッチャーに冷えたハーブティーが用意されている。
公爵家の料理には、ひっそりと隣国の文化が滲む。
私はスープから口をつける。肉と野菜のうまみが染みて、熱すぎない温度が胃に沁みる。地味深い味わい。
医食同源。隣国の文化である。食べることと健康がつながり、色んな食べ物を彩りよく食べることを推奨する。その文化圏からやってきた料理人を雇い入れてからというもの、我が家では隣国の調理が日常食でも生かされるようになった。
家族三人で食べるフルコースは自国の料理が優先されても、一人で食べる時は異国の雰囲気が強くなる。
私は、一人で食べるこの料理が好き。
この味は、父と母が作る料理ともよく似ている。料理人である父。この屋敷でこのような料理を食べて育ってきた母。
母と父、祖母と祖父。
こうやって一人で食べても、同じ文化を共有し、それを悦んでいる。
離れていても、家族なんだって実感する。食事は、違う人生を生きている私たちを繋ぐ糸。受け継がれている味は家族の絆。
週末の夕食を、こうやって一人で食べるのも訳がある。
少なくとも月に一度、祖父母は領地に戻る。多くは休日を挟んで戻る。
今日も、私が学園に出てすぐに屋敷を出て、すぐ領地に向かっているはずだ。
この時、使用人にも休みを与える。早いものは今日の昼よりお休み。家族サービスで旅行に行く者もいれば、実家がある自領に戻るものもいる。
折角祖父母がいないなかで、私が屋敷にいては、使用人の誰かが家にいなくてはいけない。住み込みの使用人だって、自由な時間が必要だ。
そういう訳で、祖父母が領地に戻る時に私は実家に帰っている。
これが私が父と母と縁が切れずにいる理由。
食事が終ってから、戻ってきたメイドが空いた食器を片づけてくれた。
一人になった私は小さな旅行鞄に必要な物をつめた。両親に会う準備作業はとても楽しい。
秘密のノートは持ってゆく。誰かに見られたくないし、見直して、要点の確認ぐらいしたい。状況を色々考えておかないと、急な事態に対応できないもの。
明日を楽しみに、寝間着に着替えた私は眠りについた。わくわくした気持ちが抑えられない。