7,王太子殿下の伝わらない本心
私はベルンハルド・リンドグレーン。
この国の第一王子であり、王太子である。
公爵令嬢シェスティン・エールソンと婚約をしているのは周知の事実。
正真正銘、私と彼女は婚約している。たとえ、彼女が素っ気なくとも!
すでに両家により婚約が発表され何年も経ている。
王妃が開く茶会。夜の舞踏会。昼の園遊会。
どんな場面でも、私の隣には彼女が立っている。
にもかかわらず、どこかかみ合わない。
婚約者として初顔合わせの時から、あの生真面目な顔が崩れることがない。
笑いかけているつもりだったし、ちゃんと丁寧に扱っているつもりだった。
でもうまくいかない。
とにかく、理由が分からない。
長年、私はもやもやとしていた。
私は、シェスティンが好きだ。大事にしたいと思っている。
初顔合わせの時に、私に媚びへつらわない、凛と前を向く瞳の輝きに一目ぼれしたのだ。
あの強い意志を称える瞳は国母となるにふさわしい。あの奥深い魂を宿すような瞳に高鳴った気持ちはいまだ衰えない。
立場上、さまざまな女性と会うが、あのような射貫く目で挨拶してきた女性は、彼女だけだ。
『初めまして、王太子殿下』
張りのある声で呼ばれて、顔をあげた時の彼女の瞳は、私の太陽になった。
私が王となった時に、隣にいるのは彼女しかいないと確信した。
今までは、女性と言えば、向こうから愛想を振りまいてくれる者が多かった。彼女のように芯のある女性をどのように誘えばいいのか、どのようなことをすれば喜んでくれるのか、迷っているうちに時間だけが過ぎてしまった。
見かねた護衛騎士が、自身の婚約者を相談相手に紹介してくれた。
それが、伯爵令嬢メルタ・サンドベリ嬢だ。
相談相手ができたことはありがたかった。なにせ私も立場があるので、女心を理解したからといって下手な女性には相談ができない。
婚約者のいない女性はもちろん。婚約者がいる女性でも、相手がここにいないなら誤解されるかもしれない。
相談する相手もきちんと選んだつもりなのだ。
いつも傍にいる護衛騎士の婚約者なら、誰がどう見ても誤解される要素がない。一番、安全な相手を相談相手にしているはずなのだ。
にもかかわらず、メルタ嬢と会うようになってから、シェスティンと会える機会がめっきり減った。
彼女はいつも昼時は中庭かカフェテリアにいたはずがいない。
夕刻に図書室で勉強していることもあるのにいない。
朝方、図書室に行っても、見かけないことが増えた。
なぜだ。突然、彼女の行動パターンが変わり私は困惑してしまった。
今朝やっと、シェスティンを見つけて、声をかけることができたと思えば、あの失態。
私はこと、婚約者の公爵令嬢シェスティン・エールソンについては情けない面ばかりが出てしまう。
ため息が漏れる。
「殿下、殿下。ご気分がすぐれませんか」
心配そうな護衛に私は頭を左右に振ってみせた。
「カール……、すまない。不甲斐ない私のせいで……」
「いえ、私の婚約者も、ずばずば言う性格で申し訳ございません」
「いいんだ。あれぐらい、はっきり言ってくれる女性でありがたいよ」
中庭で受けたメルタ嬢のアドバイスはこうだ。
『一度、ちゃんとデートに誘いましょう』
『デート? いつも、茶会では会っているのに、いまさら』
『いまさら。なにがいまさらでございますか、殿下。ちゃんと二人きりで会って、お話もしていないから、時間を経てもこんなに距離があるのではないですか』
『うっ……』
『時間をどんなにかけても、物理的な距離を縮める努力をしていないうちは、なにもしていないのと一緒でございます』
『しょ、精進しよう』
『精進? 精進なんかしてたら、頭がはげる程時間が経ってしまいますわ。本当にダメなら、突撃しますわよ』
『とっ……突撃!』