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49,父の秘密

 座り込んだ私にベルンハルドが名を呼びかけ、三人の大人が私の存在に気づく。


「シエル。あなた、大丈夫」


 母が駆け寄ってきて、私の横にしゃがみ込み、背を撫でてくれた。

 父がちょっと顔をあげて、私を見て、目を剥いた。

 

「母さん、父さん……。これは一体どういうこと、なの」

「驚いちゃうわよね」

「驚くなんてものじゃないわ!」


 声を張り上げた私に、母は苦笑し、立つように促す。父が座りこんでいる椅子の横に、ベルンハルドとシーグルおじさんが長椅子を運んできた。

 母に握られた手を支えに、私はふらふらと長椅子に座らされる。母が横にぴたりと座り、震える私の手を握る。


「ヤン。お前話せるか?」

「俺が、そうだな。俺から話さないといけないよな」

 

 よっこいしょと父が椅子に座りなおす。


「シエル、驚いたか」

「もちろんだよ、父さん。なにがなんだか分からないよ」


「シエルは歴史は覚えているか。

 小国と大国がぶつかる直前に、赤子を連れて出奔した側妃のことを」


「……覚えているわ」

「それが俺だ。戦乱直前に側妃によって連れ出された赤子。繰り返す、それが俺なんだよ」


 私は呆気にとられ、父と母の顔を交互に見つめる。


「順を追って説明しないと分かりにくいぞ」

「分かっているよ、シーグル」


 父がひらひらと手を振った。


「さっき会場でシーグルが説明したことはきいているな」

 

 うんうんと私は頷く。


「大国と小国の戦乱の発端は大国の内政に小国の王太子、つまりは俺の兄が巻き込まれたことによる。


 俺は末子で、側妃も若かったから、知らせを聞いて、すぐに逃された。その際に、俺ら母子を匿ってくれたのが、公爵家。つまりは、シエルの母方の曾祖父だったってわけだ。


 俺は幼児だったから、母や母の護衛からのまた聞きの話が多いが、俺たちは住み込みの使用人として公爵家に匿われた。


 シエルも知るように、当時、俺たちが小料理屋を営んでいるあの地域は荒れていた。使用人をしていた側妃やその護衛は、苦しむ同郷の者、海を挟んだ隣国の争いに巻き込まれたしがない港町の人々に心を痛め、公爵家とともに彼らを助けることにした。

 

 公爵家が今の地に屋敷を構えたのもその頃だ。


 俺がいたことも良かったんだよ。唯一の王族の血を引く子どもを中心に大人は結束し、小競り合いと話し合いと分かち合いを経て、なんとかまとまっていったんだ」

 

 父はその手に握る子どものこぶし大の置物を、私に見せるように差し出した。


「これは、王家の証。俺が、王、つまり顔も知らない父親から預けられた唯一の品。こういう調印式にサインと共に押す印だ。これが唯一、俺が王家の子である証明だ。何のための道具なのかと、長年、保管していたが……、今日という日のために、あったんだな。

 俺は、すべてを清算する役どころを背負った。最後の王族だ。

 しかも、王族としての生きるのは、人生でたった一日。今日だけってやつだな」


 そこまで言うと、父は深く息を吐いた。その顔は気疲れで、憔悴しているようにも見える。


「ねえ……、じゃあ、母さんと父さんは、小さい頃から、知っていたの?」

「そうね。父さんが使用人の子どもの一人ということで見知っていたわ」

「じゃあ、その頃から……」

「違うのよ。それは違うの」

「母さんと、父さんは……」


「父さんと仲良くなったのは、一旦父さんが港側に移り住んだ後よ。私の祖父が、王族たるもの最低限の教育は必要だと、公爵家の屋敷に父さんを呼び寄せたの。そうして、父さんは教育を受けるため、屋敷に住んでいた時期があったのよ。

 当時、私は第二王子のシーグルとの婚約してたんだけど、どうしても父さんを選びたくて、教育期間を終えて港へ戻る時に、母さんが父さんを追いかけて、出奔したというのが本当の話なのよ」


「俺という婚約者がいながら、しかも、つぶされた小国の王子様のところに転がり込んだんだよな」


 呆れた顔で、シーグルおじさんは天井を見上げる。


「そうそう。その後、ちょっと、すったもんだしたのよね」

「ちょっと、どころじゃないだろ。本当に、俺はヤンとマルグレットには振り回されてばっかりだ」

「ごめんなさいね。今回の調印式を執り行うまでも、含めて」

「まったくだよ」


 そこで私ははっと気づく。

 いつも店に来ていたシーグルおじさんなら、夜会にいても気づくはずだ。でも私は夜会で見かけたことはない。


「シーグルおじさんが、王弟殿下だったなんて気づかなかった。私、夜会には何度か顔出していたのに、なんで、なんで、いなかったの」

「それは、俺が忙しかったからだよ。今回の和平で奔走してたの俺だから、夜会に顔出している余裕もなかったんだ。シエルが夜会に出るようになる少し前ぐらいから、本当に、こいつのせいで、忙しかったんだよ」


 そういうとシーグルおじさんが、父さんの頭を大きな手のひらで押しつぶした。


「てっ、やめろよ」

「うるせ! 俺を下働きに使ってんだ、これぐらい我慢しろ」


 やっぱり、いつものシーグルおじさんと父さんである。


「シエル」

「母さん……」

「これで分かったでしょう。あなたが、ベルンハルド王太子殿下の婚約者に選ばれた理由もね」



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