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48,和平の調停

 父さんと母さんは、ゆっくりと前に歩み出る。

 宰相も歩調を合わせてゆっくりと進む。


 楽団の音楽が静かで涼やかな曲に変わった。音量もぐっと下がる。


 王弟殿下が中央で立ち止まる。両手を広げ、左右へゆっくりと顔を向ける。王弟殿下の手に重なるように、宰相が立ち、向かい合うように父が立つ。母は父の隣に立った。


 バトラーに扮した文官達が二人の間に机を用意する。机の上に書類が載せられ、筆記の道具も用意された。

 文官の一人が父さんへ恭しく何かを差し出した。それを手にして、机へと向かう。父さんの隣に宰相が立った。


「これより、隣国における和平調停の調印式を執り行う」

 

 王弟殿下が両手を広げたまま、厳かに宣言した。


(なに? これは……いったいどういうこと。和平の調印って……)


 私だけでない、周囲がざわついている。

 いや、顔色を変えない人々もちらほらいる。祖母と、隣にいる公爵夫人たち。顔ぶれを見れば分かる王妃様の茶会に出席していた面々だ。それ以外は、これはなんだと訝っている。


「その昔、海を挟んだ隣の大陸で、小国と大国の争いがあった」


 王弟殿下が張りのある声で高らかと語り始めた。


「ことの発端は、小国の王太子が、大国の要人を切りつけたという事件である。皆が知るように、小国はこれにより、大国により滅ぼされた」


(そう、そうよ。小国は一度滅んだ。でも、なんで、なんで、こそこに父さんがいるの)


 私は見開いた目を瞬くこともできず、ぽかんと眺める。祖母の『静かに、観覧するように』と言った言葉の意味を飲み下した。


 厳かの母の横顔。真顔の父の横顔。威厳ある王弟殿下。

 見知った人なのに、まるで別人のようだわ。

 

「小国を滅ぼした一派は大国を治めた。彼らは小国だけでなく、大国内部の一派に与しない者たちをも粛清し、戦乱の火種をばらまき続けた。

 そんな彼らは長くは政権にとどまることはできなかった。


 さらに、小国を亡ぼすに至った事件は、政権を狙った一派が画策した偽りの事件であったのだ!

 偽りで政権をとった一派は長く中央にとどまることは許されない。大国内部にて反発の輪が広がり、政権の転覆が成し遂げらる。小国を滅ぼした一派は断罪された。

 こうして大国は残った小国民へ土地を返還し、彼らの自治を認め、今に至る」


 王弟殿下が言葉を区切る。広げていた腕を下げて、左右をゆっくり見た。


「ここにいるのは、大国の代表たる宰相閣下」


 そして、父を見た。


「ここにいるのは、滅びの前夜に小国から逃れた側妃の子息。小国最後の王族」


(父さんが!? 父さんが、あの……行方不明と言われた。あの側妃が連れ出した、赤子……)


 私の膝が震えはじめた。


 王弟殿下は語り続け、促されるように、宰相閣下と父が書類に調印する。


 音楽も、言葉も、色々な音が響いているのに、私は無音に包まれた。ここで起こっていることが、絵空事のように感じた。震えた足が崩れそうになる。


(もう少し、もう少し。もう少しで、終るから……)


 腕まで震えてきて、片手でそっと二の腕を撫でた。鳥肌が立ち、震えているのが手を通しても伝わる。


 調印式は無事に終わった。

 

 王弟殿下が、調印された書類を高らかと掲げ、その目の前で、宰相閣下と父が握手をする。


 王が祝辞を述べ、乾杯と叫べば、貴族たちはそれに続く。高らかと手にしたグラスを掲げ、歓声が上がった。

 震える私は、さする腕側の手に握られたグラスをあげることも、飲むこともできなかった。


 音楽が鳴り響く。ダンスホールと化した会場に静かな曲が流れ始めた。踊り始める人々。私は一人ふらりと壁側へと進む。出来ることなら、この場から離れたい。


「シェスティン」

 

 横から声がかかる。横を向くとベルンハルド王太子殿下がいた。


「……殿下」

「おいで、休もう。驚いたのも無理はない」

「知っていたの」

「叔父上に最近教えていただいた。義父ちち義母ははが控えている部屋へ案内するよ」


 私の背をそって押す、ベルンハルドが私をゆっくりと会場を後にした。


 案内された別室には、中央の大きな一人掛けの椅子に、くたびれた格好の父がだらしない恰好で座っていた。その父を囲むように、着飾ったシーグルおじさんと母が立っている。


 三人の姿を見た時、私は床にへなへなと座り込んでしまった。


  




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