47,舞踏会の前に、現れたのは
公爵家の次女として、表向きはお母様と呼ぶ祖母と一緒に王家主催の夜会会場へと足を踏み入れた。
公爵家当主である祖父は先に会場入りしている。
本日は隣国の賓客を招いての会でもある。祖父は賓客との会談など、私には計り知れない用があるのだ。
会場は煌びやかだ。高い天井、壁一面から柱、窓、あらゆる細部に装飾がほどこされている。参加者の衣装も色とりどりであり、華やか。
ダンスホールにもなる会場に集った人々が小集団をそこここに作り、談笑する。その間を、ホール係が渡り歩き、飲み物が入ったグラスを配っていた。
王と王妃が現れ、一言挨拶をし、乾杯をしてから、ダンスが始まるのが一般的だけど。今回は、どことなくいつもと違う。招待状の予定表を見ると、ダンスの時間は短くされ、隣国からの賓客を紹介する時間が長くとられていた。
(社交の場というより、外交の要素が強い夜会かしら。珍しいわね)
ホール係から、白ワインが注がれたグラスを受け取った。
「シェスティン」
「はい、なんでしょうか。お母様」
祖母がひそっと私に話しかけた。
「今日はこれから、隣国の賓客、隣国の宰相を招いての式典が行われます。驚かず、静かに、観覧するように」
「はい、分かりました」
(黙っていればいいだけなのに、大仰ね)
デビュタントも終え、何度か祖母に連れられ、夜会も慣れてきている。祖父母も厳しく、粗相はしたことはないのだけど。今さら何を驚くのだろう。
不思議に思う間もなく、祖母は私を引き連れ、顔見知りの侯爵や伯爵と挨拶をする。私は黙って祖母の挨拶を横で伺いながら、そつない挨拶を繰り返した。
こうして夜会に出るようになったのは、学園に入学後のことだ。祖母は公式の場に私を連れて行くことは慎重であったことを思い出す。
(庶民出の私も成長したものだわ)
ホール係が会場から消えた。人々の手にグラスがいきわたったのだろう。人々の間を抜けるように、バトラーに扮した文官が腰を低くして歩き回る。彼らは、貴族の上下関係を熟知し、人々をそれぞれの立ち位置に振り分けていく。
背後の出入り口が閉められた。前方にあるホールより階段二段分ほど高くなっている広い台の端に楽団がわらわらと準備し始める。
人々がそれぞれの立ち位置へ移動し始めた。
私と祖母は前方へと案内される。公爵家同士でも上下関係があるため、立ち位置は少し気を使う。
位置が決まったら、祖母を前に私は後ろに控えて立つ。
楽団が楽器の調整を始めた。順番を配慮し合いながら、有力貴族の当主たちが上段に並び立つ。
(いつもより、物々しい雰囲気だわ)
楽団の音の調整が終わった。しんと会場が静まり返る。無音は何かが始まる前兆。
壇上に立つ当主たちのうち、最有力貴族の当主が片手をあげた。
楽団の指揮者が音楽を流し始める。
王と王妃が入場する。王太子のベルンハルドも一緒だ。ちらっと私を見てくれた。へへっと笑いそうになるのをこらえる。
いつもなら、中央に立つ王家が奥の楽団側に立った。
(賓客を招くための立ち位置をとっているのね)
記憶する招待状には賓客の紹介から始めるとあった。なにせ、隣国の宰相。国賓として迎え入れているのだろう。
楽団が流す音楽が小さくなる。
王がホール側へと一歩歩み出た。
「今宵は隣国の宰相を招いての夜会によくぞ集ってくれた。
我々は、今夜、歴史の目撃者となる。
まずは海を挟む隣の大地を統べる大国の宰相を紹介したい」
音楽がかき鳴らされる。聞きなれない曲調は、隣国の国歌だ。
大国の民族衣装を纏う宰相が、同じ民族衣装を着た数人を引き連れて歩いてきた。
王族が楽団側に寄せて立ったのは、彼らを招くためだ。王は一歩進み出て、大国の宰相と向き合い、礼を交わす。
王と宰相が一斉にホール側を向く。
楽団のかき鳴らす音量が下がり、聞いたことがない調べに変わる。
「シェスティン」
祖母が話しかけてきた。こんなことは初めてだ。私はちょっと驚く。
「この曲は、昔、大国に滅ぼされた小国の国歌です」
(なぜ、それを、今私に?)
後方の扉が開かれた。
大きく開かれた中央に人が立っている。
(シーグルおじさん!)
いつもカウンターで父さんの料理を食べている、もさっとしたおじさんが、ものすごくぴちっと着飾って現れた。
おじさんが、いや王弟殿下が中央に進む。そういえば、このような公式な場でおじさんを見るのは初めてだ。
合わせて、前方に立っていた、大国の宰相も前に進み始める。
そんなことより、シーグルおじさんの背後から現れた、着飾った男女に目を剥いた!
(なんで! なんで、ここに父さんと母さんが出てくるの!?)