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46,もだえる私

「私は、あなたのすべてが愛おしいです」


 殿下、ことベンがそう告げた時、かちゃりと扉が開く音がした。同時に、こっそり身を寄せ合っている現状に(しまった)と青ざめ、飛び上がるように私たちは離れた。


 足を閉じてきちんと座りなおす。床に落とした視線をゆっくりともたげ上げた。


 ベンは上を向いていた。

 首筋に手を寄せている。

 ちょっと赤らんでいるように見えた。

 

 天井を見上げたまま、視線だけ私の方へ向く。顔がこちらを向いて、ベンは照れたように笑った。


(ああ、この人は、同じ人だ。私と花火を見に行った人と同じ人……)


 じわっとあったかい気持ちが泉のようにわいてきて、ほんのりと嬉しくなる。


 開かれた扉から入ってきた女官が、私たちのために紅茶と茶うけの菓子を並べて、去って行った。


 飛び上がって離れてしまった距離はそのままに、一緒に並んでお茶をして、他愛無い話をした。実家の二階で、プレート一つにおかずを乗せた食事の時より、ちょっとだけ緊張して、今更だけど、ちょっとだけ格好つけながら、気恥ずかしさに照れて話す。

 

 人がたくさん集まっているのに、二人だけ離れて過ごす。それだけで、特別な気がした。






 祖母と屋敷に帰ってきた私は、夕食を食べ終え、湯を浴び寝衣に着替えた。今はベッドに転がっている。


 殿下こと、ベンが告げた。『私は、あなたのすべてが愛おしいです』。その言葉がいつまでも響いている。

 頬に手を寄せる。口元が緩みそうになって、目頭が熱くなってきた。


(違う、違う、違う)


 両手で顔を覆い、ごろんごろんと左右に揺れる。


(どうしよう……、なんか変だ)


 変な理由なんて、とっくに分かっているんだ。

 

 身体が固まって、緊張する。 


 手をすっと下げて、目だけ露にする。頬が熱くて、緩みそうで、頬から手が離せない。天井を凝視し、またきゅっと目を瞑った。


(ベンは私を受けれてくれた)


 ご令嬢でも何でもない、しがない、小料理屋の娘をだ。

 素の私を見て、本当の父と母を受け入れてくれた。


(誰にでも優しい人なんだから、誤解しちゃダメだって、ずっと思ってたのに!)


 分不相応。

 それぐらい分かっていた。


 祖父母を養父母とし、表向きは、お母様、お父様と呼ぶ、公爵家の次女。

 祖父母の長女が、私の実母。

 

 しかもその実母は、実父と平民に紛れて、小料理屋で働いている。

 

 即席で作られた侯爵令嬢の私は張りぼてだ。

 ただ表面だけ飾られた、紛い物だ。


 素の私は、父や母と一緒に、店にいる。

 昼の店を手伝い、買い出しを手伝って、疲れて、二階の狭い布団二枚敷けばいっぱいの部屋で、ころんと転がって本を読む。


 それが私だ。

 

 貴族が見向きもしない一般市民。殿下に釣り合う訳もない。


 私が選ばれるいわれはない。


 かりそめの私を見てもらっても、それは私じゃないと叫びたい。


(殿下は、私が良いと言った。信じられない。それこそ、現実なのと疑いたくなる)


 迎えにきたシーグルおじさんと帰っていくベンに、両親は『また来てね』と見送っている。

 ベンは、普通に『また伺います』と別れた。


(嫌な顔ひとつしなかった。嫌悪一つ見せなかった)


 じわっと涙があふれてきた。


(あんな光景、見ることなんて、絶対にないと思っていたわ)


  

 

 

 それから、穏やかな日々が続いている。


 メルタ嬢との関係も聞くことができ、まったく私の思い違いであったことが判明した。恥ずかしさしか露見しないノートは焼却炉で燃やす予定だ。


 私が実家に帰った時に、シーグルおじさんとベンを名乗る殿下がひょっこり顔を出す。父と三人で話す姿が馴染んでしまった。母と私はそんな彼らを苦笑交じりに眺めている。

 

 花火で意気投合した男たちは働きはじめ、まるでベンの子分のようになった。

 あの花火を見た夜、私たちが立ち去ってから、がたいのいい男に私のことを聞かれたそうだ。例の侯爵令嬢はそこから情報を得たのねと納得できた。脅されたわけではなく、知り合いに似ているということでいくつか質問されているうちに答えていた様子が伺えた。

 殿下は、半年働けたら、師を紹介しようと彼らと約束していた。



 そうして、婚約破棄どころか、婚約解消さえ立ち消えた、なんの変哲もないはずの夜会を迎えた。


 他国の賓客を迎えての大事な行事の一環で行われる晩餐と舞踏会に私はこの国の王太子の婚約者として招かれたのだった。


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