43,暗躍する泥棒猫
「ねえ、カール。私が王妃様の茶会に紛れ込むことは可能かしら」
「メルタ? 突然何を……」
殿下からの伝言をもって屋敷まで会いに来てくれたカールに、ずいっと私は身を乗り出して要求した。人払いはすでにしており、部屋には私とカール二人きりである。
「殿下は、『シェスティン様と両思いだから、もう問題ない。今まで相談にのってくれてありがとう』。そう伝えてほしいと言っていたのですよね」
「ああ、そうだが、なにか?」
「カールが話してくれたように、公爵家に突撃するより大きな進展があったという点は理解できたわ。でもね、殿下の大丈夫は、どうしても信じられないのよ」
「というと……」
「まず、殿下は鈍いわ」
「鈍いって……」
「鈍いだけじゃなくて、奥手よ」
「いや、まあ。そうだね」
「愛想もいい、人当たりもいい。でも、絶対、色恋ではどこかずれているわ」
「……いや、確かに」
「今まで、突撃経験なし。久しぶりに会って、数か月後の夜会の話から切り出す、とんちんかんよ」
「そこまで、言う……」
「否定できないはずよ、カール」
カールは口元に拳を寄せて、目を閉じた。私は気にせず話を続ける。
「あとは、ノート。そこに中庭と図書室について書かれていたとしたら、その場面は私たち三人が一緒の時とも重なるわ」
「うーん、そうかもしれない」
「知っていて、カール。実はシェスティン様は、ちゃんとした本も読まれるけど、意外と俗っぽい本もお読みになるのよ」
「俗っぽいというと……」
「男性が読まないタイプの本。あと、真面目な学園生もちょっと嫌煙する本ね。身分が高い方もはばかって、読んでいたとしても、図書室では借りないわ」
「そんな本があるの」
「ええ、女性向けのロマンス小説です」
「それは、シェスティン様も女性だからね。って、メルタ。よくそこまで知っているね」
「図書カードを調べましたわ」
「すごいリサーチしているんだね。メルタ」
「もちろんよ。殿下のお願いだけじゃなくて、私は王太子妃様の直属の女官という地位を視野に入れているのですから。真の攻略対象をリサーチしないわけなくってよ」
「野心を隠さないところは、本当に君の長所だよね」
カールは苦笑いを浮かべる。
いたって真面目な話よと私はカールに目で訴える。
「そんな私は、殿下のお味方であるより、未来の王太子妃の味方に立つ方が大事なのよ。おそらく、シェスティン様は、殿下の気持ちが私に傾いている可能性を考えているわ」
「まさか! そうならないために、君を選んで殿下も相談しているんだよ」
「分かっていないわね、カール。シェスティン様は、殿下はもとより、貴族男性一般すべて、ご興味がないのよ」
「えっ? まさか……」
「夢物語を楽しむことと、現実の興味関心とは別なのよ」
「なるほど……」
「シェスティン様のご興味が何に傾いているのか。そこまでは分からないわ。でもね、あの王太子殿下よ。肝心な時に、素っ転びそうではないかしら。私のフォローをはずすのはまだ早いと思わない、カール」
「そうかもね」
「なにより、私はまだ、お目当てのシェスティン様との交流がとれていないのよ。その点も踏まえて、協力してちょうだい、カール」
そんなこんなでカールの助言もあって、私は王妃主催の茶会に潜入できた。衣装はちょっとお高くついたけど、これも投資! 投資と行動力無くして、欲しいものなど手に入らないわ。
あたりに目配せしながら、私はじっと誰かの声掛けを待っている令嬢のふりをする。
身分が低い私が、声をかけることをはばかるのは、当然。こちらから声掛けするのは失礼に値するという慣例を逆手に取るのよ。
周囲を監視し、殿下とシェスティン様のお役に立つチャンスがあればそれをものにし、未来の王太子妃様と親しくなる。目ざせ、女の立身出世。好機の神様は前髪しかお持ちにならないのよ。
燃える私の瞳に、シェスティン様に近づく、侯爵令嬢が映った。扇を口元に寄せている。
(なにか聞かれてはならないことでも話そうとしているのかしら、先ほどからシェスティン様も顔色がよろしくないようだし……)
令嬢と会話を続ける。表情が今までにないほど、さっと曇った。私はその変化を見逃さない。
「カール。殿下に、シェスティン様が体調が芳しくないようだと伝えてほしいの」
「それだけでいいの。俺が殿下の視界に入ったら、殿下から話しかけるよう示し合わせているから、お安い御用だよ。行ってくる」
「シェスティン様、あのご令嬢に話しかけられてから、表情が曇り、動揺されているように見えるの。殿下が手を差し伸べるように申し伝えて!」
真顔でうなずいたカールが、殿下の視界に入る位置まで早足で進む。
(やっと、シェスティン様と殿下の接点を手助けできそうね。まずは挨拶。顔を覚えてもらうことからスタートよ)