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42/50

42,思わぬ指摘

 いつも通り殿下の周囲には人が集まってくる。話が弾みだした頃合いを見計らい、私はゆっくりと輪から引いてゆく。いつもと同じなのに、気が重い。

 テーブルの端に陣取り、椅子に座る。

 姿勢を正し、紅茶を嗜んでいるふりをする。


 屋敷に近い大きなテーブル席に王妃を囲み、女主人たちが話し合いをしている。


 いつものことだ。後宮の裏側はこうやって、遊びのような、繋がりのなかでバランスがとられている。祖母がいつも私を連れてきてくれるのも、いずれはあなたがこういう会をしきるのよ、と示している可能性もある。言わないだけで。

 それもどこか気が重い。


(いつもなら気にならないのに……)


 例の中庭などで一緒にいた令嬢も視界の端に佇んでいる。初めてきた雰囲気の彼女は、殿下の護衛騎士と二人で、誰かと話すわけでもなく、周囲を伺っているだけだ。

 彼女が行動を起こす予兆は見えない。そもそも、行動を起こすなら、私の視界には入らないようにするだろう。

 殿下も殿下で、いつもと変わらなさすぎる。彼女を引き連れ何かをしでかすような気配もない。


(なにも起こらなさそう……)


 あの殿下である。本に出てくるような婚約破棄を言い出すタイプではない。それは重々分かっている。


(時間、早くすぎないかな)


 気弱になっている私は、テーブルにカップを置いた。上手に仮面を被れていない自覚はある。


(こういう貴族界隈にいる時に、弱っているからってそれを見せちゃダメなのよね)


 せめて背筋を伸ばして、凛としていないと。私は、気を奮い起こし、周囲を見回す。数人の令息と立ち話をしている殿下がいた。


(こっち、向かないかな……)


 はっとして、目が丸くなる。


(なにを思った。私、今、何を思った!)


 さっと青ざめて、私は大きく息を吸った。胸に手を当てて、いつもより早い心音を撫でる。


(落ち着け、落ち着け。さっき殿下の横で、ちゃんと周囲の人と挨拶をしたもの。いつもなら、それで十分なんだから)

 

 さっと影が落ちた。

 横を向くとご令嬢が立っていた。どこかで見た顔だ。


「シェスティン様」


 声を聞いて思い出す。図書室に行く途中に学園の廊下で絡んできた子だ。


(そっか。侯爵家あたりなら、ここに顔を出してもおかしくないか……)


「ごきげんよう、シェスティン様」

「ごきげんよう」


 挑むように睨まれている気がした。口元に扇を添えて、立ったまま彼女は続ける。


「つかぬことをお伺いします。シェスティン様、私、先日、ちょっと毛色が違う場で、お見掛けしましたの。公爵家のご令嬢という方が、いらっしゃるような場ではないところです」

「それは、どちらでしょうか」


 一般市民が暮らす地域に実家があり、定期的に出入りしている私には思い当たる場所は多い。

 そのような場では、髪をまとめていたり、度が入っていないメガネをかけるなど見つかりにくい姿は心がけていた。貴族が出入りしない地域なだけに、そもそもどうやって見つけるのか、見当がつかない。


 これは言葉を選ばないといけないわね。私は口を引き結んだ。


「異国の文化を楽しめる地域が、この国にあることはご存知でして」

「……存じております」

「訊くに及ばずですわね。なにせ、公爵家の邸宅はあちらにほど近かったはずですわ」

「よくご存じで。曾祖父の代で移ってきておりますので、長く住んでおりますね」


 侯爵家のご令嬢は目を細める。融和的な笑顔とは捉えられない。彼女は口元に寄せていた扇を降ろして、両手で握った。


「隣国の文化で、花火、という夜空にあげる、美しい火薬の花はご存知でして」

「ええ……、存じております」

「最近、貴族の間で、隣国の花火なる文化が見られると噂がながれております港がありますの」


 私は言葉を介せず、ご令嬢のつぎの言葉を待つ。あの時、貴族の馬車は何台か見かけている。あの馬車の一つに彼女が乗っていたということだろうか。


「貴族ならば、行くとしましても馬車。けっして徒歩で行く場ではございませんわね」


 ご令嬢の意図がつかめない。推測や憶測で、口を挟んで墓穴はほりたくない。貴族らしい遠回しの話し方にどう相槌をうてばいいか、私は惑う。


「シェスティン様の髪色は夜の闇にとても目立つ色をされてますわね。夜に輝く店の灯りにも、その髪色は見栄えしますわ」


(殿下と一緒に、花火を見た時ね。令嬢として馬車で一回見に行ったことはある。徒歩で行ったのは、殿下と一緒に歩いた時だけ。あの時の様子を見られていたのね)


「ちょっと気になりまして、私。その時、ちょっと強面の御者を連れておりましたの。その者に、一緒にいらっしゃった方々に聞いてきてもらったのです。あの金色の髪の女性はどこの方かと……」

 

 私は血の気が引いた。見られていただけでない。私はあの時、彼らのため父の存在を明かしている。


「すると、興味深いことに……」


 令嬢の言葉が止まった。彼女はさっと口元へ扇を寄せて、しゃべるのを辞めた。


 背後に人の気配がしたと思うと、肩に手を添えられた。


「シェスティン、疲れているようだよ。なかで休んだ方がいい」


 添えられた手を辿るように見上げると、そこに殿下が立っていた。

 






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