40,何気ない私の日常に花が咲く
「カール、聞いてほしい」
開店に前に迎えに来た叔父上と共に戻った私は、今自室にてカールと共に居る。平民に紛れて一夜を過ごしたことを心配して、休日にもかかわらず訪ねてきてくれたのだ。
礼を伝え、私はカールとソファー席で向き合っている。お茶を用意してくれた女官を下がらせ、ひっそりと話しかけた。
「なんでしょう、殿下」
「シェスティンは、私のことを……」
「殿下のことを?」
カールも身を乗り出してくる。
私も身を乗り出し、ローテーブルの上で、顔を突き合わせた。
「好いていてくれていた」
「……」
カールの表情は変わらない。気にせず、私はひそひそと話し続けた。
「ひょんなとこから、彼女の日記のようなノートを見てしまった」
「殿下、のぞき見は……」
「違うのだ。これは偶然、事故だ。たまたま落ちていたノートを拾ったに過ぎない」
「しかし、開いてみるのは……」
「開いてもいない。落ちた時に、すでに開いていたのだ」
「それはそれは……」
「そこに日が差して、私の名前が記されていた。彼女の筆跡で書かれた、自分の名前だ。これは、気にせずにはいられないだろう」
「確かに……」
「そこには記されていたのだ。図書館で会った私。中庭のベンチの私。私の様子が記されていたのだ」
「……殿下の観察日誌ですか」
「分からない。ただの日記かもしれない。私は一瞬一ページを見たに過ぎない。彼女の日常を記す日記の一部だろう。だが、少なくとも、そこに私の名があった。これは、やはり、彼女なりに私を気にしてくれていたということではないかと思うのだ」
真剣な私のささやきをカールは黙って耳を傾ける。
「そして、これから、話すことは、他言無用で頼む」
カールは無言でうなずく。
「叔父上と行った店は、シェスティンの両親が営む店であった」
「……えっ!?」
「昔、叔父上と婚約解消された元公爵令嬢が女将をされており、店主はシェスティンの父であった」
絶句するカールに私は頷いて見せた。
カールと私はさらに額を付け合わせて、声を小さくする。
「では、殿下はシェスティン様の実のご両親と対面をされたのですか」
「そうだ。ご両親は親切で、悪い反応ではなかった。悪感情は持たれていないと思う」
「それは、ようございました」
んっ……、とカールが気づく。
「もしかしますと、その店に、シェスティン様がいらっしゃったのですか? そうですね。そうでなければ、シェスティン様の日記を偶然見てしまうなど……」
「その通りだ。彼女はシエルと名を変えていた。さすがの私もベルンハルドとは名乗れない。ベンという偽名を使い、彼女と一緒に……」
「一緒に……」
「買い物に行った」
「……」
「それだけではないぞ。義父の手料理を食べた。花火という異国の文化を見に行き、一緒に食事をしながら会話をし……」
私は大きく息を吸って、吐いた。
「布団という異国の寝具で、隣り合って……、寝たのだ」
「……さようでございますか」
横で寝ているシェスティンの寝顔を思い出す。
ちょっと言いたくなったが、もったいなさ過ぎて、語るに至らなかった。本当に大切なことは、そっと胸に納めておきたい。
小さな寝息。前髪をあげた時に見えた、長いまつげ。淡い唇。
思い出しぞわっと痺れ、生唾を飲み込んだ。
「メルタ嬢の突撃を越える出来事だった。カール、私はもう大丈夫だ。私たちは偽名で呼び合っても、互いに互いであることを察していたはずだ。
親し気な彼女の話しぶり。
自らの生い立ちを含む、育ちを私に見せてくれた勇気。
秘密のノート。
これらを繋ぎ合わせれば……」
「……」
「彼女と私は両思いだ」
私はぐっと両手に拳を握りしめた。
「メルタ嬢には、心より感謝している。これから先は、きっと私一人でも大丈夫だ。シェスティンと私は、表面はどうあれ、互いに分かりあっている」