37,文化が混ざり合うことで
二人で戻ってきたら、店の席は埋まっていた。
私がベンを連れて入ってくると、お客さんが一斉に私たちを見て、びっくりする。「シエルちゃんが、男を連れている」と、昼間も来るようなお客さん方にからかわれたわけだ。
ちょっと愛想を振りまいて、そそくさと二人で二階にあがった。
テーブルの上には、置手紙があり、ベルンハルドの寝間着と私たちの夕食が用意されていた。これを食べて、寝なさい、とまあ、そういうわけだ。
お腹が空いていたので、先に食べる。ふたりで無言で食べ終えて、私は寝床を整えに部屋にこもった。ベルンハルドには、その間に寝間着に着替えておいてと伝えた。
いつも私が寝ている部屋は、私が戻ってきた時に寝る部屋、兼、客間、兼、物置である。部屋の片面がものをしまえる仕様になっている。これは隣国では、押し入れと言う。
クローゼットみたいに、服だけを入れるようなものではなく、家にある物品は、そこにだいたいしまうことができる。
隣国の寝具を引っ張り出す。布団と言い、床に直に寝るのだ。ベッドのような大型家具を入れてしまうと足場が無くなる狭小住宅にはもってこいだ。
布団を敷き終えてから、窓辺に置いてあった旅行鞄を押し入れの奥に隠した。
その鞄はさすがに、このような市民が持つ品ではない。何より、見られてはいけないノートも入っている。
鞄を隠して、押し入れの扉を閉めた。
(公爵家から持ってきた物は見つからないようにしないとね)
「お待たせ、布団を敷いたの。寝るのは、この部屋よ」
部屋を出て、ベルンハルドを手招きする。
ベルンハルドが、部屋の前で足踏みして、一向に入室しない。
「どうしたの?」
「いや、ここで、どうやって、寝るのかなって……」
「隣国の寝具なの。珍しいわよね」
初めてなら勝手が分からなくて当然ね。
「これね、布団というの。床に直に寝るから、この国では珍しいでしょ」
「……うん。珍しいね。私はどこで寝るの、かな?」
私は自分が寝る方の布団に座って、隣を指さした。
「ベンはこっちで寝て」
突如、ベルンハルドが、扉の縁に額をぶつけた。盛大な音に、私の方がびっくりしてしまう。
「どうしたの、ベン。疲れて、眩暈でもした」
「いや……。そういうわけじゃないんだ」
「でも、今日一日、貴族の方には大変だったのじゃない。重い荷物も持たせているし、結構な距離歩いたでしょ。知らない環境って気疲れするもの。早く寝た方がいいよ」
私は身振り手振りで、ベルンハルドを隣に来るように促す。
「すまない、なにか、ちょっとでいい。一人にしてもらえないだろうか。本当に、ちょっとの間でいい。気持ちの整理をさせてもらえないだろうか」
「あっ、うん、分かったよ。私、ちょっと髪を洗ってくるから、ベンは休んでて。あの、うち、お風呂とかないんだ。だから、桶にお湯か水をはってすすぐしかないんだけど、洗う?」
「いや……。一日ぐらい、気にしないので、お構いなく」
私は立ち上がり、ベンと入れ替わり、部屋を出た。
部屋を出る間際、ちらっとベンを見ると、ぐったりと布団の上に俯いて座り込み、頭部を抱え込んでいた。
(気の毒になるほど、疲れてしまっているみたいね)
私は、小さな台所で、水を張った桶で、最初にかるく顔を洗い、その後、髪を濯いだ。明日には屋敷に戻りお風呂に入るので、簡易で汚れを落とすだけ。髪から水を切り、タオルできれいにふきあげた。
部屋に戻ると、ベルンハルドは落ち着いていた。布団が興味深いらしく、開いたり、閉じたりを繰り返していた。
「どうしたの?」
「どうやって、寝るのだろう。二枚重なっているので、この間に入るのが正解なのかな」
「うん、そうそう。下と上の間に入って寝るのよ」
するとベルンハルドが、もぞもぞと布団の中に入り込んだ。
「なるほど。まるで貝か亀になった気分だな」
「なにそれ」
ベッドに寝たって、掛布をかけるのだから、同じことなのに、床に寝ると言うだけで、変な感想が出ることがおかしかった。
ベルンハルドが、枕を抱きかかえて、うつぶせる。
私は彼の横の布団に座った。
「ここは本当に珍しいものに囲まれているな。隣国の庶民の暮らしに紛れ込んだみたいで面白かった」
「そうね、ここは隣国の文化と融合することで発展できたようなものだもの」
「そうなのか、私はそんなことも知らないのか」
「当然よ。庶民の暮らしだもの。貴族みたいな、お偉い方には届かない話よ」
布団に私ももぐりこんだ。
「例えば、この国の家具だとどうしても広い家が必要でしょ。ベッドにしろ、家具にしろ、とても広い空間を必要とするの。
片や隣国の文化は、この布団や箸の様にコンパクト。片づけると小さくなって、そこの物置にしまえちゃうのよ。すると、昼は食事や家族の団らん、夜は寝る場所など、時間によって空間を自在に使えるでしょ。それで、狭い空間でも暮らせるようになったのよ」
「そのメリットはなに?」
「今まで、住宅を持たない人々にも家がいきわたったのよ。こういう異文化の良いところが混ぜ合わされて、仕事が増え、家を得て、食べることができて、家族を得て、人々は落ち着いていったの。
雨風がしのげるって、とても、大事なことでしょう」
ふわっと私はあくびをして、目を閉じた。
途端に眠気が襲ってきて、そのままこくんと寝てしまった。
ベルンハルドと一緒に行動して、疲れていたのは私の方だった。