36,花火からの帰り道
ベルンハルドに品を渡すと、もぐもぐたべながら、しゃがみ込んで男たちと輪を囲む。真面目に話に耳を傾ける王太子殿下と、男たちはどんどんと親しくなっていく。
(なんなの、これ……)
私は半歩引いて、立ったまま彼らを見下ろし食べている。
彼らの境遇を聞きながらも、働くことをベルンハルドは勧める。師を紹介してもいいが、相手がきちんとした人間でなければ、紹介できないと念を押す。仕事をして、収入を得て、それをもって、師に教えを乞うぐらいでなければ、きっと続かない。そのためにも、地道になにかを続けられるということを示すのには働くことがいいのではないか、と説いている。
話をよくよく聞いたベルンハルドによる控えめな提案を、男たちは頷きながら受け入れていた。
(ベルンハルド王太子殿下が、こんなにも柔軟な方だとは思わなかったわ)
もっと、ただ優しい、丁寧なだけの人だと思っていた。嫌われないタイプであり、女性にも優しいから評判もいい。
誰にでも優しいのは私にも変わらない。その変わらない優しさが示すのは、私自身さえも、その他大勢と同じと受け止めていた。
本当に、そうなのだろうか。私は、彼を、どこまで知っている? 逃げているばかりで、こんな人だと決めつけて、彼を見ていないのは、私も一緒だ。
私を見てと思う前に、私自身も彼を見ていない。
逃げているのは私の方だ。逃げて、こんな人だと決めつけていた。
私の想像する、殿下だったら、まずこんな飲食街には来ない。あんなに小さくなって食事をしない。私と一緒に市場にもいかない。肉屋なんか見て、それが不快なら、排斥しようとしてもおかしくない。下層の男たちの話に耳を傾けない。一般市民の、しかも小料理屋の娘と、一般市民の娯楽につきあったりしない。
この人は誰?
違う。
これが、ベルンハルドなんだ。私がちゃんと見ていなかった、彼なんだ。
「ねえ……」
私が上から声をかけると、ベルンハルドと男たちがばっと顔をあげた。
気後れし、たじろぎそうになる。唇を引き結んで、大きく息を吸った。
「仕事を探すなら、うちの父が顔広いわよ。でも、最低三年は働いてくれないと、父の顔に泥を塗ることになる。ちゃんとしてくれるなら、私の父を頼ればいいわ」
「いいのか、シエル」
「仕方ないわよ。乗り掛かった舟だもの。ベンも、ここで別れたら、彼らにあなたの師を紹介する繋がりを維持できないでしょ。
私の父と繋がっておけば、おじさんにも伝わるし、あなたの耳にも入るでしょ」
「うん。そうだね。とても、ありがたいよ」
「だから、乗り掛かった舟なの。父さんの審査も厳しいわよ。私やベンの紹介だからって、そう簡単に紹介してくれないかもしれないし、下手なことしたら、ベンよりこっぴどくやられちゃうから、そこんとこ、忘れないでね。
メイン通りの飲食街すぐ横にある、紺の暖簾に『麺』という漢字が書かれた店よ。シエルとベンの紹介と言えば、分かるわ」
ふんと顔を背けて目を閉じた。
周囲から、ありがたいだの、なんだの、褒められても嬉しくない。
結局、自分が努力しなくちゃ、前に進めないのよ。私やベルンハルドができることなんて、ほとんどないんだから。
話が一段落し、立ち上がったベルンハルドに帰ろうと促される。
男たちが、ちょっとにやっとして送りだそうとしていた。
「自分で頑張らないやつは、絶対に報われないんだからね」
今度は、私が捨て台詞を吐いて、彼らの前を去った。無様な照れ隠しだわ。
帰路につきながら、ベルンハルドが言った。
「ありがとう、シエル。私一人じゃ、彼らのフォローを最後までできなかっただろう。シエルの提案があって、うまくまとまった」
「だから、乗り掛かった舟なのよ、仕方ないじゃない。あのまま捨てていたら、ベンが嘘つきになっちゃうでしょ。なにより、彼らが裏切られたって感じたら、裏目になるって分かってるもの」
「うん。ありがとう。そこまで察して、手を差し伸べてくれて、本当にありがとう」