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35/50

35,屋台と馬車、再び遭遇した暴漢と

 花火は、間を開けて数発あがる。

 おおよその時間は定まっていても、いつあがると決まっていない。不定期で、時刻の定めのないイベントだ。少し早めに店を出て良かった。


 夜空に放たれる白い菊の花。花弁が落ちてキラキラと海を照らす。


 打ち上げる船の影が浮かび、もう一度、花火はあがる。


「これはすごいな」


 ベルンハルドが感嘆する。私は頷き、彼の隣で打ちあがる花火を見つめた。

 

 入れ替わりあがる花火がすべて落ち切るまで、私たちは空を眺めていた。


 十発ほどの花火が終わる。あたりはしんと静まり、程なくして、ざわめき始める。


 私はちらっとベルンハルドを見た。


 彼はまだ空を見ており、月明かりに照らされた横顔は好奇心できらきらと輝いていた。


 ふっと横を向く。私を見て、満面の笑みを浮かべた。


 私の心臓が花火のように打ちあがる。思わず胸に寄せた手を握った。


(びっ、びっくりした)


「すごかったね」

「うっ、うん。すごかったでしょ」

「シエルも花火は初めてなの?」

「あっ、うん、そう。初めて」


 本当は一度馬車に乗って覗きに来たことがあるけど、秘密。

 私がシェスティンだとばれてしまうもの。

 

 誤魔化すように周囲を見ると、馬車がちらほらとまっている。前より増えているようだ。


「ほら、見て。私たちのような一般人だけでなく、馬車もとまっているでしょ。貴族の方が見に来られているのよ」


 道の奥にとまっている馬車は軒並み小窓が空いている。その他にも、以前は見られなかった屋台が出ていた。明かりが灯され、家路につく人々が誘われるように、なにかを購入している。

 

 馬車のランタン。

 屋台の提灯。

 違う文化が放つ光が混ざりあう。

 ここはそういう場所だ。異なるものが互いに折り合って、重なって、溶けて、生まれる。


「夜の港は人が寄らない代名詞だったけど。花火一つで変わるものね」

 

「どうしたの。なにか、言った、シエル」


「ううん、なんでもない。ねえ、屋台寄ってみる」

「屋台?」

「あそこにある、荷車の店よ。簡易の店だから、どこでも移動して売り歩けるのよ」

「あんな小さな店があるのか。世の中には私の知らないことがたくさんあるな」

「私も夜の港で出るなんて思っていなかったわ。人が集まり出したから、商売を始める人が出てきたのね」

「人が集まるから店を出すのか。一般市民というものはたくましいな」

「そう? そんなものじゃない? なにか食べ物を売っていると思うの、食べてみる」

「うん」


 私とベルンハルドは店に向かって歩く。屋台の前にきて、足を止めた。ほわんと丸みを帯びた甘い香りが漂ってくる。

 寸胴型の木枠で作られた蒸し器からもくもくと白い煙が昇っていた。


「小麦で作った皮に、肉の具を詰めて蒸かしたやつだ」

「美味しいの?」

「うん。お祭りでも人気だもの。買ってくるからちょっと待ってて」


 ベルンハルドを残して、私は店に駆け寄った。店主のおじさんに、品を二つ注文すると、四角い紙に包んでくれた。袖から出した、軽い財嚢から、硬貨を出し、品と交換する。


 あったかくて、甘い香り。食べたら肉のうま味が馴染んだシャキシャキした野菜が包まれているのだ。お祭りの時だけの食べ物が、食べられるなんてちょっと嬉しい。

 ベルンハルドも気に入ってくれたらいいけど……。


 振り向くと、ベルンハルドが立っていた。

 その後ろに、昼間、彼にからんだ男たちが立っている。


(なんで、こんなところで出くわすの! しかも夜の港で絡まれるなんて最悪!!)


 私はさっと青ざめた。人気があっても、夜である。ましてや、不慣れな浴衣をきているベルンハルドに何かあっては由々しきことだ。


(逃げて! 逃げなきゃ!!)


「昼間はよくふっ飛ばしてくれたな」

「いや、あれぐらい。訓練したら誰でもできるよ」

「あれが誰でもできるって!」

「私はまだまだ師より、動きの甘さを指摘されている。私は動くのは得意な方ではないんだ」

「あれだけやっといてかよ」

「君たちの方が、体力がありそうだからね。師のような人に習えば、私より強くなれそうだよ」

「そんなおべっか言ったってなあ」

「おべっかではないよ。私は、あまりああいうのは向かないんだ」

「本当に、俺たち、あんな風になれるのか」

「そうだね。ちゃんとした師について、心技ともに学べば身につくよ。あれは剣を持った手合いでも相手にできる」

「剣を持った相手でも退けれるのか」

「もちろん。そのための護身術として私は習っているのだ……」


 近づくごとに聞こえてくる会話が、どんどん馴染んでゆく。急いでいた私の歩調がゆっくりになる。ベルンハルドまであと数歩ということろまで来たら、いつの間にか意気投合してる風に話が落ち着きつつあった。


 なんで、そうなるの?


 呆気にとられて、見ている私にベルンハルドが気づく。


「あっ、シエル。どうしたの、目がまんまるだよ」

「えっ、いや。べっ、ベン。買ってきたわよ」


 ベルンハルドが私を見たせいで、彼を取り囲んでいる男たちの一斉にこちらを向く。


「姉さん、おす!」


 だれが、姉さんだ! こんな図体でかい弟をもったおぼえはないわ!!


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