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33/50

33,浴衣を着る、彼女を知る

 浴衣を着ることを、着つけというらしい。隣国ならではの衣装と単語に戸惑いつつ、仕込みの合間に二階に来てくれた義父ちちに着つけてもらった。義父の母が隣国の出身者で、義父はその母から手ほどきを受けたと聞かせてくれた。

 親切な義父ちちが昔着ていた衣装だと言う。浴衣は紺色の無地。帯という、腰回りを閉める細長い布は、グレーに黒の横線が走っている。帯で締められた、腹回りはなかなかきつい。


(不思議な衣装だ)


 黒髪なので、この衣装の色合いにはなじむ。髪色や瞳の色によっては、色を選ぶ衣装かもしれない。袖が長いのが特徴的だが、こういうものなのだろうな。


 窓の外を見れば、すでに薄暮の時間帯。夜がだんだんと近づいてきていた。


 先に着替えを終えた私は、テーブル席で待っている。


 シェスティンは小部屋で、着替えて出てきた。異国の衣装でも一人で着れるとは、さすがである。


 私の浴衣より淡い瑠璃色に、白い花模様が散りばめられている。帯は赤。結いあげてた髪には、箸のような棒、かんざしという隣国特有の髪飾りをつけている。さっきは木の棒だったが、今は艶やかな黒塗りの端に赤い飾りが垂れている。


 異国の雰囲気が薫り、生唾を飲み込んだ。


「お待たせ」

「いや……」


 いつもなら、お似合いですねや素敵な髪飾りですね、と言えるのに、言葉がでない。なんで肝心な時に喉がつまったように声が出ないのだ。


「ベン、似合っているね」


 ベン、と呼ばれたことに衝撃を受ける。ここにいるのは、ベルンハルドではないと思うと、胸が苦しくなる。


「……そうかな」


 同意してても、顔が引きつるようだ。変な顔になっていないか、心配になる。


「うん、とっても似合っている。かっこいいよ」


 ベルンハルドには向けてくれたことがないような笑顔。シェスティンの気持ちがベルンハルドから遠のき、ベンに傾いている。

 むくむくと、黒々しい感情が湧いてきそうになる。


 ベルンハルドという婚約者がいながら、見知らぬ貴族令息のベンと仲良くするのかと責めたくなる。


 しかし、市民の娘なら、このぐらい愛想が良くて普通なのかもしれない。私の方が過敏になっているのだろうか。

 分からない。


 貴族や王族として生きてきた常識と、ここで見てきた世界が違いすぎる。

 シェスティンも貴族のなかで生きていた時と比べて、とても明るく、生き生きしている。


 生き生きしている?

 

 私はまじまじとシェスティンを見た。

 見上げる彼女ははにかみ、恥じらっているように見えた。初々しい愛らしさを感じて、胸がきゅっと締まる。


 シェスティンが、茶会に現れたのは数年前。王妃主催の茶会に初めて、公爵家の夫人に連れられてきた時だ。その頃から、毛色が違う子ではあった。


 初めての茶会で緊張した彼女と今の私はきっと似ている。


 そして、今、目の前にいる、この子が、本当のシェスティン。料理屋をしている夫婦の間に生まれた娘。途中で、祖父母に引き取られ、彼らを養父母として生きてきたわけだ。


 茶会や夜会でも、シェスティンは、養父母のことを、「お父様」「お母様」と呼ぶ。養父母とはすなわち、彼女にとっての祖父母。本来なら、「おじい様」「おばあ様」と呼ぶところを、貴族社会に合わせてきたわけだ。


 公爵家の次女、つまり、実母の妹、という、捻じれた関係を受けいれていたのか。


「……」


 ベルンハルドに、心を開かないわけだ。


 彼女が見据えているのは、公爵家、父母、育った街、自領とこの街の関係性。この街の歴史さえ、実際を伴い、とても詳しかった。もしかしたら貴族として学園で学ぶのも、彼女なりに将来を見据えてのことなのかもしれない。

 

 シェスティンの見ている世界、生きている世界を何も知らなかった。

 平民であるシエルを知らずして、彼女の何を知っているといえようか。


「シエル……」

「どうしたの」

「いや……」

「行こうか」

「行こう。一緒に……」


 シエルとしての彼女を知らずしては、きっとなにも始まらなかったのだ。

 

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